第172話 アホの子は成長してもアホ
月夜同盟。
そう書かれたプレートの張られた部屋の中には黒塗りのソファが幾つも置かれており、その中央には円卓と簡単な焼き菓子に紅茶が人数分並べられていた。
壁紙に張られた手配書など、部屋のインテリアはどこのマフィアのアジトだと言いたくなるようなものだったがその住人はいたって気の良い友人たちだ。
「いやー、しっかし白い子もこの学園に来てたとはなあ! これが運命ってやつか? 俺は今日の興奮を死ぬまで忘れられそうにねえぜ!」
私を部屋の再奥にある、一際大きなソファの中央に座らせたイーサンは遠慮のない手つきで私の肩に手を回すと、ドリンクの入ったグラスを傾けた。
「俺たちの再会に、かんぱーいっ!」
すでに何度目とも知れない乾杯の音頭。
いつまで経っても変わらないガキっぽいその態度に私は一度だけため息をつき……
「かんぱーいっっ!! いえぇぇぇぇぇえええええいいっ!!」
割れるんじゃないかという勢いでイーサンのグラスへと自分のグラスを叩きつけた。その時に中身が少しこぼれたが、気にする人間なんてこの場にはいなかった。
「ああっ、麗しのお姉様っ! アンナはまた会えて嬉しいですぅ!」
「おうおう、苦しゅうない! もっと近うよれ!」
「はいぃぃっ❤」
右にイーサン、左にアンナを連れて私達は肩を組んで踊った。
ちなみに全員飲酒はしていない。完全な素面だ。
「ああっ! 最高の気分だっ! 今なら熊にでも素手で勝てる気がするぜ!」
「よっ! 流石イーサン! 口だけは一流だねえ!」
「お姉様ぁ、アンナのことも褒めてくださいっ」
もう一度言おう。全員、素面だ。
私のために部屋の備え付け器具で料理をしてくれているデヴィットと、グラスを片手に近くのソファに腰掛け優しげな笑みを浮かべているニコラも含めて。
全員が昔とは違う。成長して、背が伸びて声音も若干変わっている。だけど、かつて交わした魂の絆に何の違いもなかったことが私は純粋に嬉しかった。あの日、別れた日から何も変わらないこの仲間たちともう一度騒げることが本当に嬉しかったのだ。
まるで、あの日から一日も経っていないかのように私達は再会の言葉もそこそこに飲み交わした。月夜同盟を発足した、あの夜のように。
「おらっ、ニコラも飲め! 吐くまで飲めっ!」
「もう十分飲んでるって。それより僕はそろそろルナの話が聞きたいな」
「私の?」
「うん。もともとそういう話だったからね」
そういえば、部屋に入る前はそんなことを言っていた気がする。テンションを上げすぎてつい忘れてしまっていた。
「ああでも、その前にこっちの話からするべきか。いろいろと聞きたいことがあると思うけど……そうだね。まずは順を追って話そうか。ルナはマリン先生のことは……その……」
「ああ、大丈夫。聞いてるから」
「そっか。僕たちもあれから色々あってね。結論から言うと、僕たちがいた孤児院は取り潰しになったんだ」
「えっ!? 潰れちゃってたの!?」
「うん。もともと、マリン先生が一人で運営していたようなものだったからね。行き場のなくなった僕たちはそれぞれの施設で預かられることになったんだ」
ニコラの話ではほとんどの孤児がアインズを離れ、各地に散り散りになったのだという。そして、その中のひとつとしてニコラ達は王都に呼ばれたらしい。
「マリン先生の知り合いに学園の関係者の人がいたみたいでね。試験を受けて合格した子供は特待生として入学することが許されたんだ。ルナが王都にいることは知っていたから僕たちは必死で勉強したんだけど……」
「私には会えなかった、と」
「結果的にはそうだね。年齢の関係でアンナは僕たちの一つ下、今年度からの入学になったけどこうして仲良くサークルも作って活動しているってわけ」
ふむ……なるほど。ニコラ達が学園にいる経緯は分かった。アンナが私と同学年、イーサン、デヴィット、ニコラの三人は一つ上の二年生だということも。
「でも、結構大変だったんじゃない? この学園の試験って結構難しいらしいし。しかも、特待生ならなおさらでしょ? 特に……」
「ん? 俺の顔になんかついてるか? え? 整った目と鼻と口がついてるって? そう褒めんなよ、HAHAHA!」
「……イーサンは良く試験をクリア出来たね」
「おい、それはどういう意味だ、こら」
「イーサンは馬鹿でも合格できる剣術科を受験したから」
「おい」
「なるほど……それなら納得」
「こら」
文句を垂れ始めるイーサンは無視して、さっきから私の腕にしがみついているアンナに視線を向ける。ばっちりと目が合ってしまい、アンナは頬を染めて恥ずかしそうに目を逸らした。あれから何年も経ってるし、『魅了』の影響は欠片も残っていないはずなのだが……あまり考えないようにしよう。
「アンナはどこの学部を志望したの?」
「アンナは魔導科ですっ、レベルが高くてついていくのに精一杯なんですけどね」
「魔導科は学内でも最難関の倍率だからね。試験を合格しただけでも凄いと思うよ」
「それを言うならお前の経営科も似たようなもんだろ。一番簡単なのは俺の剣術科だったらしいぞ。最近の奴らは剣の何たるかも分かっていねえやつばかりで参っちまうぜ」
「へえ、本当にみんなばらばらなんだね。デヴィットは?」
丁度料理が出来たらしく、皿を盆に載せてこちらにやってきたデヴィットに問いかける。すると、困ったような笑みを浮かべてデヴィットは料理を並べながら答えた。
「俺はみんなほど優秀な生徒じゃなかったからな。試験には合格出来なかったんだ」
「え? でもそれならなんでここに……」
「デヴは学食の料理人として働いているんだぜ。今日は生徒も少なくて非番だからこっちに来てるだけでな。だから書類上はここの正式なメンバーじゃねえんだ」
言いにくそうなデヴィットの変わりにイーサンが代弁してくれた。一人だけ入学出来なかったことが恥ずかしいのか、デヴィットは頬をかいていたが、
「倍率だけで言うなら入学するより難しかったと思うよ。貴族の人だって口にすることがあるんだから。給金も大分良いし、僕らの世代で一番稼いでいるんじゃないかな」
ニコラは自分のことのように誇らしげにそう言った。
確かにそう考えると並大抵のことではない。学園で働きたい料理人はいくらでもいるはずだし、そいつらを薙ぎ払って今の地位を勝ち取ったデヴィットはもしかしたら私達の中で一番努力した人物かもしれない。
「でもそういうことなら私と一緒だね」
「ん? それってどういう意味だ?」
「私も厳密に言うならここの生徒じゃないってこと」
「は? でも制服着てるじゃねえか」
「まあ、そうなんだけどね。それには事情があって……実は今、私はとあるお嬢様の付き人をしているんだ」
「「「「つ、付き人……!?」」」」
私の言葉に4人全員が驚いた。
まあ、確かに付き人なんてあまり聞かない職業だし、珍しいのかも……
「お、おい。俺の聞き間違いか? 今、白い子が自分のことを付き人って……」
料理を載せた皿を震わせながらデヴィットが言う。
「い、いや……僕も確かに聞いたよ。間違いない」
震える声で、信じがたいものを見るかのような目で私を見るニコラ。
「ば、馬鹿な……あの白い子が付き人、だと……?」
驚愕した様子でイーサンが慄いている。
そして、最後に三人が口を揃えてこう言った。
「「「ルナ(白い子)が誰かに従うなんてありえないに決まってるッ!」」」
「お前らは私を何だと思ってんだ」
どうやらこの男連中にはまだまだ教育が必要なようだった。
「……それでアンナは一体何をやってるわけ?」
「お、お姉様が付き人……つ、つまりどんな命令も絶対遵守……ひらひらのメイド服を着せてあんなことやこんなことを……で、でゅふふ」
美少女が出してはいけない笑い声で妄想にふけるアンナ。
何だろう。軽くキャラ崩壊している気がする。一体この数年間に何があったんだよ。
「あ、鼻血が」
「本当に何をしてるんだよ。まったく……」
どうやらアンナにも調整が必要なようだった。
主に頭の。




