第171話 再会は突然に
私の仕事は基本的に一日中クレアお嬢様に付いて回り、その仕事や訓練をサポートするのが業務だ。最近、私が作った料理をクレアが気に入り、料理長のような仕事もさせられているが基本的にはそれだけ。
つまり、言ってしまえば暇な時間が結構あるということ。そういう事情もあって私は割りと好きなタイミングで休憩を取ることが出来る。クレアが執務に取り掛かるタイミングに合わせ、小一時間ほどの暇を貰った私は早速着替えて学園に向かうことにした。
理由はそう、クレアを良く知る人物……学園長のグラハムさんに会うためだ。
しかし、私が学園長室に向かった時にはタイミングが悪かったのかグラハムさんは外出中だった。いつでも来ていいなんて言われていたのに、それはないぜ。
しかし、文句を言ってもいない人はいない。折角学園まで来たのに完全な無駄骨だ。学園のグラウンドでスポーツを楽しむ生徒たちの声が羨ましい……ん? いや、待てよ。
(時間はまだ余裕があるし……うん。ちょっとサークルを覗いてみようかな)
折角学園まで来たのだ。何もしないで帰るのも馬鹿らしい。
ということで私は空いた時間を使って部活を見て回ることにした。私が参加できるわけではないけど、見て楽しむくらいは問題ないだろう。うん。
(えっと確か部活棟はこっちだったよな)
近付くにつれ、人影も増し、楽しそうにお喋りする声などが聞こえてくる。
いやー、やっぱり学校と言ったらこれだよね。まさしく青春って感じがするよ。前世では引きこもりだったけど、ギルドとかサークルとかはネトゲの世界で満喫していたから凄く興味がある。
出来れば参加したいところなんだが、私一人ではそれも難しい。お嬢様にも交友関係を広げてもらいたいし、どこかのサークルに入ってみたいところだ。
(何かお嬢様の興味を引くようなサークルがないかなあ……ん?)
部室の壁に貼られたプレートの文字を読んでいくと、前に一度気になったことがあるサークル名を見つけた。やはりというかなんと言うか凄い偶然だ。私と同じようなセンスを持つ人間が他にもいたんだと思わず苦笑が漏れる。
私が見上げるサークル名の表示、そこには……
「ルナ……?」
突然、背後から聞こえた声。
咄嗟に振り返ると……
「……え?」
思わず口から声が漏れた。
だけど、それくらいに私は驚いていた。だって、"彼"がこんなとこにいるなんて想像もしていなかったから。
私だけでなく、彼もまた心底驚いていたのか、あまり見たことのない呆然とした表情を浮かべていた。手に持った幾つもの本を抱えたまま固まるその少年は、私の記憶とは少し違う顔立ちをしている。
だけど、すぐに分かった。
彼は私がかつて親しくしていた少年……ニコラなのだと。
「っ……」
数秒が過ぎ、ようやく硬直が解けたらしいニコラが私の元に駆け寄ってくる。そして、そのまま本が地面に落ちるのも構わず私の肩を思い切り掴んできた。
「ルナっ!? ルナだよね!? そうだよね!?」
「ちょっ、ちょっと落ち、落ち着いて……っ」
がくがくとされるがまま揺さぶられる私。だけどよほど興奮しているのか、ニコラはなかなか離そうとはしなかった。
「この髪っ、この顔っ、この声っ、間違いないっ! ルナだっ!」
そして、そのままニコラは私の体を思い切り抱きしめた。
どうやら大騒ぎしていたせいで、注目を集めていたらしく周囲から黄色い声が上がるのが聞こえてきた。ちょ、ちょっと恥ずかしいかも……。
「ちょっと待ってって! ニコラ! 色々待って!」
「え? ……わ、わわっ、ご、ごめん!」
私の制止に冷静になったのか、急に離れて赤い顔をし始めるニコラ。恥ずかしがるくらいなら最初からしないで欲しかったよ、まったく。
「色々聞きたいことがあるんだけど……どうしてニコラがこんなところにいるの?」
「それは僕の台詞だよ。というか良く僕だってすぐに気付いたね。背も伸びてるし、眼鏡もしてて昔とは全然違うはずなのに」
「そんなのすぐに分かるよ……」
「え? ど、どうして?」
やれやれと肩をすくめるとニコラは言うまでもないことを聞いてきた。どうやら本気で分かっていないらしい。少し私のことを馬鹿にしすぎだ。
「私がニコラの顔を忘れるわけないでしょ」
藍色の頭髪も、理知的な眼差しも、優しげな顔立ちも何一つ昔から変わっていない。これで分からないとか、私のことをどんだけ薄情者だと思っているのやら。
「る、ルナ……!」
私の言葉が嬉しかったのか、ニコラはじーんと両手を合わせて感動しているようだった。早く落とした本を拾ってやれよ。
「それで? どうしてニコラがここにいるのかまだ説明してもらってないんだけど」
「ああ、そうだったね。それについては説明するよ。僕も色々聞きたいことがあるしね。でも、その前に……」
ニコラは本を拾い終えると、立ち上がりすぐ近くにあった部室の扉を指差した。
「まずは中に入ろう。みんなも会いたがっていたから」
「え……"みんな"?」
ニコラが指差した先、そこは先ほど私が注目してたサークルだった。
記憶に残るサークル名。もしもそれがただの偶然でなかったとしたら……?
「え? う、嘘でしょ? まさか……いるの?」
その可能性を考えた瞬間、期待に胸が膨らむのが分かった。
そんな私にニコラは優しく頷き、その扉を開けた。
そして……
「おっ、やっときたかよニコラ。おめー、おせーぞ。待ち合わせ時間はしっかり守れよなー」
「遅いからデヴの作ったお菓子、ほとんど私が食べちゃったからねー」
「まだ他にもあるから大丈夫。なんなら今から作るし」
私の耳に聞き覚えのある三人の声が聞こえてきた。
緩い雰囲気で話している三人はニコラと同じように、ほとんど変わりのない姿をしていたからすぐに分かった。思い出の中にある彼女達にそのまま年齢を重ねたような姿。そのあまりにも変わりない姿に思わず笑ってしまいそうになる。
なかなか入ってこないニコラを不審に思ったのだろう。
三人の視線がこちらを向き、そして……
「「「うえええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」」」
アンナ、イーサン、デヴィットの三人はほとんど同時に悲鳴にも似た叫び声をあげるのだった。
私が入学式の時に見つけたそのサークル名。今、まさにこの部室の前に掲げられているプレートには次の文字が刻まれていた。
──『月夜同盟』。
それは私がまだ孤児院にいた頃、お遊びで作ったチームの名前だった。




