第162話 魔力の操作は魔術師の基本技能
お嬢様が毎日のように行っていた訓練。その内容は熾烈を極めるものだった。
「ふー……」
とはいえ、激しい運動をしているわけではない。
クレアは自分の魔力を周囲に展開することで、魔力の操作を練習しているようだった。魔力が直接見える私にはクレアの周囲を巡るように駆け巡る魔力の波動が見えた。
とても美しい魔力の流れだ。
高いレベルで魔力操作を身につけていることが見て取れる。流石はグラハムさんの孫。魔力の操作に関してはすでに超一流の技術を身につけているらしい。とはいえ……
「くっ……!」
魔力を操作するのは傍から見ている以上に疲れるものだ。
額に大粒の汗を浮かべるクレアはすでに限界に近い。それでも魔力の流れに乱れが見えないのは彼女の意地か、それとも天性のセンスによるものか。どちらにせよ、自分を追い込んでいるのが見ていて分かった。
「はあ……ッ!」
そして、唐突に糸が切れたかのようにクレアはその場に崩れ落ちた。当然、魔力も霧散してしまうが良くもった方だろう。すぐに駆け寄り、荒い呼吸を繰り返すクレアにタオルと用意していた水を手渡す。
「お疲れ様です、お嬢様」
「はあ……はあ……時間、どうだった?」
「体感ですが、今までで一番長く続いたように思えました。流石お嬢様ですね。その歳ですでに魔力操作をマスターしているなんて」
「ふう……そんなおべっかはいらないわよ。魔力の操作に関しては貴方も一流じゃない」
「私の場合はそれが必要でしたからね。自主訓練で自分を追い込めるクレアお嬢様とは意気込みからして違います」
実際、自分に辛い修行を課せる人間は少ない。誰だって辛いのは嫌だ。だが、クレアは一人の時でさえ今と変わらないハードな特訓を繰り返していたのだろう。私みたいな無精者にとってはそれだけで尊敬に値する。
「ふん……そんなの結果が同じなら意味ないじゃない。根性論で魔術の上達は望めないわよ」
「そんなことありませんよ。精神状況は魔力の操作に大きく影響すると聞いていますし、雑念が入ればそれだけ魔術の起動が遅れます。だからこそ、普段の訓練で自分はこれだけ出来る、というラインを確認することが大事……だと、私は師匠から教わりました」
メイドの立場で雇い主に上から物を教えるのもどうかと思い、最後にそう付け加えておいた。今の私は従者。立場は弁えなければならない。
だけど、私の言葉を真剣に聞いてくれたクレアにはどちらでも良かったのかもしれない。ふんふんと頷く素直な生徒に私は少しだけ気分がよくなった。
「でもルナの魔術は見事な完成度だったわ。あれはどうやって作ってるの?」
「基本は影魔法の応用ですね。闇系統単一なので、それほど難易度自体は高くないと思いますよ。私の場合は形状だけ指定して、後は魔力任せって感じです」
「あの密度になるまで魔力で強引に纏め上げているってわけね……って、それどれだけ魔力量が多いのよ。私には到底真似できそうにないわ。ま、私は闇系統に適性がないからどの道無理だけど」
確かに影魔法をあんなふうに使うのはなかなか難しいとは思う。
私以外に使える人を見たことがまずないしね。だけど、逆に言えば魔力さえあれば誰にでも出来ることだとも思っている。もしくは高効率な魔力運用が可能なら実現できるかも?
とはいえ、それを今ここで考えてもクレアお嬢様には関係がないことだ。話題ついでに私は少しだけ気になったことを聞いてみることにした。
「あの、お嬢様の得意な系統が何か聞いてもいいですか?」
「私? 私は風と土よ。今のところ使える魔術は3、4個しかないけれど」
「3、4個ですか……」
うーん。それがどれくらい使える魔術なのかによるけど、もう少しレパートリーが欲しいところかもしれない。基本的に風と闇の単一魔法しか使えない私が言うのもあれだけど。
だけど、グラハムさんは多くの魔術をぽんぽん出していたしあれぐらいにならないと戦闘では厳しいのかもしれない。単純なステータスで他種族に劣る人族ならなおさら。
「学園が始まれば本格的な魔術を学べますし、そこで頑張りましょう」
「え?」
「え?」
あれ……私、何か変なことを言ったかな。何かぽかんとされちゃったよ。
あ、従者の立場で頑張りましょうはちょっと生意気だったかな。
「私もまだまだ精進が足りませんから、学園で学べるのが楽しみです」
「そ、そう……」
私の言葉に一瞬だけ目を伏せたクレアは、パンと手を叩くと勢い良く立ち上がって言った。
「よし、休憩終わり。訓練を再開するわよ」
「もうですか? 魔力の回復は体力以上に遅いですし、あまり無理をしすぎないほうがいいんじゃ……」
「大丈夫。私だってグラハム家の人間なのだから、これくらいこなせて当然よ」
「私から止めはしませんけど……辛くなったら休憩してくださいね? 前みたいに倒れる前に」
「はいはい、分かってるわよ。ルナは過保護ね」
「それが仕事ですから」
私の言葉に「それもそうね」と返して、クレアは訓練に戻っていった。
向上心の高い人間は嫌いではない。それが若い女の子ならなおさらだ。
私はほとんど一日中訓練を続けるクレアを尊敬の眼差しと共に見守っていた。
クレアが自らに過酷な修行を課す、その意味も知らず。




