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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第4章 王都学園篇

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第158話 それは七つを越える大罪

 ルカは妹ではなく弟だった。

 その事実はまさしくコペルニクス的転回、大宇宙の真理を掴んだに等しい大発見、パンが無ければお菓子を食べればいいじゃないの精神だった。

 いや、最早何を言っているのか分からないと思うけど私はそれくらいに驚いたし、動揺もしていた。動揺しすぎて、何を思ったのかそのまま一緒にお風呂に入ってルカの背中を洗っていた。

 いやね? ここで「やっぱ一緒に入るのはなしにしよう」なんて言ったら明らかに意識しているみたいじゃない?

 だけどこうして全裸になったルカでさえ女の子にしか見えないという事実はあるわけで……


「……ルカ」


「何ですか、姉上?」


「君は……可愛い」


「……よく言われます」


 私の言葉に消沈した様子で答えるルカ。

 だけど、納得がいかなかったのだ。私と同じくらい、いや私以上に可愛らしいルカがなぜ男なのかと。これでは全世界の女の子が不憫に過ぎる。


「姉上……僕って女の子に見えますか?」


「見える。むしろそうとしか見えない」


 ルカの問いに咄嗟に答えたが、がくっと肩を落とす彼女改め彼に口が滑ったと後悔した。私も男だったから分かる。男にとって可愛いという言葉は何の褒め言葉にもならないということを。


「だ、大丈夫だって。成長すればきっと男らしくなるから」


「姉上……」


 私の言葉に縋るような視線を向けてくるルカ。

 ぐ……こ、これは言えない。私の幼少期に比べてもずっと可愛らしいルカが今後の成長で私を越える男らしさを身に付ける可能性がほぼ皆無だろうということなんて……言えないっ!

 肌だって綺麗だし、成長したら体のラインこそ変わるかもしれないけどやぱっぱり女の子には間違われると思う。


「あ、もしかして体を鍛えようと思ったのもそういうことだったり?」


「……それもあります」


 あるんだ。


「でも、一番の目標は前に言ったように自分を高めることですから」


「そういうことなら座学が一番だとは思うけどね」


「……で、でもやっぱり男らしくなりたいですし」


 結局そこか。


「んー、まあでも、分からないでもないかな」


「え?」


「私も男らしくありたいって思うことがあるから、ルカの言う自分を鍛えたいってのは分かるよ。評価ってのは相対的なものだからね。どうしても比べる必要があるなら、客観的な意見が求められるし」


 自分で自分は男だと思っても限界はある。周囲から見れば私は紛れもなく女なのだから。そういう意味で、私とルカは同じ立場にいる。


「今の社会では女ってだけで舐められる。師匠は良くそう言ってたよ」


「姉上は男になりたかったのですか?」


「そうだね……そうかも」


 ルカの問いに私は肯定した。

 今まで誰にも打ち明けたことはなかったけれど、まさかルカにこんな話をすることになるなんて思わなかったよ。だけど、この弟になら語っても良いかな、とも思った。私ととても近い位置にいるルカには。


「私はね、正直戸惑ってたんだよ。いきなりルカみたいに可愛い妹が出来てどう対応すればいいのかなって。だけど……うん。今はルカが弟で良かったと思ってるよ」


「どうしてです?」


「私は女の子の考えることが良く分かんないからさ。男の子の方が話しやすいんだよ」


「姉上も女の子なのに……」


 ルカが苦笑する。

 私も困ったような笑みを浮かべた。

 幾らなんでも全てを話すことはできない。そもそも信じてもらえないだろうからね。だけど、ルカに共感したことは事実だ。

 全てを語ることは出来なくても、せめてその気持ちを伝えたかった私はルカの頭を洗い流しながら本心を告げた。


「ルカの悩みが私にはよく分かるよ。理想と現実のギャップはいつだって自分を苦しめる。他人が自分に求めることが、そのままなりたい自分に直結するわけでもないしね」


 リンと一緒に土蜘蛛と戦ったとき、私はそのことを痛感した。

 独りよがりな戦い方は私自身だけでなく、周囲の人の心も痛めるものなのだ。それでも大切な誰かを守りたいのなら、力がいる。誰も心配すらしなくてすむような力が。


 だけどそれはある意味、机上の空論だ。

 どうしたって人間には限界がある。だからこそ人は他者を求め、理解しようと努めるのだ。そして、今のルカにはそれが欠落しているような気がした。私にとってのリンがそうだったように、自分を全肯定してくれる相手がルカには必要なのかもしれない。


「姉上は……」


「ん?」


「姉上はどうしたんですか? その……なりたい自分になれずにいるとき、どうしたら正解なんですか?」


 きっとルカも今、その問いの中で悩んでいる最中なのだろう。

 私は少しだけ先に生きている身として、少しでもルカの助けになってあげたかった。


「正解なんてないよ。だけど私の場合は……そうだね。自分で自分を見失わないようにすることを考えていたかな」


「自分を見失わないように?」


「誰だって他人からはよく見られたいものだけどさ、それに囚われると本当になりたかった自分を見失ってしまう。他人の目なんて気にするな、ってのは簡単に言えることだけどなかなか難しいからね。特に私達みたいにどうしたって人の目を引いてしまうような人間には」


「姉上は美しいですからね」


「ルカは可愛いからね、あ……」


 言ってからしまったと思ったが、もう遅い。

 ルカは「また可愛いって言われた……」と世の女性陣が見たら怒り出しそうな理由で落ち込んでいた。でも、そんなところも可愛いんだよなあ。


(どうせ付き合うならルカみたいな男の子がいいよなあ。ほとんど女の子みたいなもんだし)


 なんとも失礼かつ勝手な想像だとは思ったが、実際問題何らかの理由で私が結婚することを迫られた場合には現状、ウィスパーよりルカのほうが好みとして上にある。

 そう考えると現実的な私の理想のパートナーって……もしかしてルカ?

 いやいや、さすがにそれはないか。ほとんど同じ姿で恋愛なんてナルシストじゃないと出来ないよ。というか近親婚になっちゃうし。


(……このことはあんまり考えないようにしよう。なんだが危険な気がする)


「? どうかしましたか、姉上。少し顔が赤いようですが」


「え? あー、いや。なんでもないよ。うん」


 弟相手に妙な気分になりかけた気恥ずかしさもあって、笑って誤魔化すしか出来なかった。ないとは思うけど、ルカ相手に色欲が暴走したりしないだろうな。頼むよ、いやマジで。

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