第155話 ルカ・レストンは強くなりたい!
ルカのお願いは単純なものだった。
私にようになりたい、というわけでもないのだろうけどルカは以前の私の戦いっぷりを見て同じように戦えるようになりたいと言い出したのだ。
確かに強い人に対して憧れるのは分かる。私だって師匠のことはなんだかんだで尊敬しているからね。でも、そのために自分が強くなる必要はないと思っている。
私が強くなったのだって必要に迫られたからだ。
魔力の制御を学ばないと暴走してしまうから。
強くならないと敵に殺されてしまうから。
そんな理由があったからこそ、私は今の私になったと思っている。もしも、そういった原因がなければ私は普通のちょっと魔力量が多いだけの一般人になっていたと思う。今頃はアインズの街でお父様から料理でも教わっていたかもしれない。
だから……
「それは……ちょっと無理、かな」
私はルカの頼みに応えるわけには行かなかった。
まさか断れるとは思っていなかったのだろう。ルカは泣きそうな顔で私を見上げてくるものだから、私も慌ててフォローを加える。
「別にルカのやりたいことを否定しているわけじゃないんだよ? でも、まだそういうことを考えるのは早いと思うし、他にも出来ることがあると思うわけ」
実際、体の出来ていない内から訓練してもあまり意味がない。
私に対する師匠のスパルタはなんだったのかと思われるだろうが、あれは師匠の頭がおかしいだけだから一般論には当たらない。
「でも……姉上はあんなに強いじゃないですか」
「それはルカが強くならないといけない理由にはならないよ。訓練するのだって痛くて辛いだけだし、ルカにはあんな思いはして欲しくないってのが本音」
強くなるにはある程度の怪我やリスクを覚悟しなければならない。そうでなくてもトレーニングが辛くないわけがない。まだ小さなルカにはもっと楽しいことに視野を向けて欲しかった。
「そうだ。ルカに紹介したい子がいるんだ。多分、すぐに仲良くなれると思うよ。シアって言うんだけど、素直な子だからルカも安心して付き合えると思う」
「…………」
う、うわー、全然納得してない顔だー。
でも私には師匠みたいに誰かにものを教えることなんて出来ないしなあ。困った。
「ほ、他に何かして欲しいこととかない? ほら、一緒に遊びに行きたいとか、一緒に料理作ってみたいとか」
「……別に良い」
あああああ、完全に拗ねてるぅ!
「ねえルナ? ルカもこう言っているんだし、一回くらいは面倒見てあげてくれない?」
「またお母様まで……」
私がやっているのは格闘技でも魔術戦を前提とした訓練でもない。
ガチの実戦を想定した殺し合いの技術だ。より相手を迅速に無力化することを目的に私は全ての動きを洗練させている。そんなものは最早護身術でもなんでもない。ただの人殺しのノウハウだ。
そんな殺伐とした技術を実の妹に教えたくなんてなかったのだが……
「姉上……駄目ですか?」
「ぐっ……!」
そんなキラキラした瞳で懇願されては……駄目だ。そこまで求められては拒絶することなんて出来ない。そもそも私は誰かに感謝されることが大好きなんだ。そのために愛を振りまいていると言ってもいい。
つまり簡単に言うなら、私は実の妹から尊敬されるかも、という誘惑に屈した。
「分かった……だけど一週間だけだよ。それに途中で投げ出そうとしたらその瞬間にこの話はなかったことにする。いいね?」
「は、はいっ! 分かりました!」
またキラキラした笑顔を浮かべて……可愛いじゃんか、ちくしょう。
さすが私にそっくりなだけはある。大抵の男はこの笑顔を見たら全財産ですら貢いでしまいそうだ。我が妹ながら恐ろしい子。
「それじゃあ、昼間でちょっと体動かしてみようか。訓練場に行くよ」
「家に訓練場があるの!?」
「あ、懐かしい反応」
私もここに来たときはいちいち驚いたなあ。今はもう、師匠だからの一言で全て納得してしまうけど。
さて、とりあえずどうしようか。
ルカを鍛えるならまずは簡単な体捌きからだと思うんだけど……
(基本的なステータスぐらいは"見て"おくか? いやでも、鑑定は出来るだけ使いたくないしなあ)
ルカを鍛えるにあたり、今どれくらいの身体能力があるのかを鑑定を使って確認するかどうか僅かに悩み……私は鑑定を使わないことにした。
というのも最近、私は他人に対してこの鑑定という能力を出来るだけ使わないようにしているのだ。やむを得ず戦う場面になった際に彼我の戦力差を比較するならともかく、日常的には使わないよう自らに制限を課すことにしている。
ウィスパーの件があって以来、私は人の性格や能力を数値で測ることに躊躇いを覚えるようになった。最初に鑑定でその人を見てしまえば、ある程度のことが推測できてしまうため先入観を持ってしまうからだ。
そういうのは良くない。
特にまだ親しくなりきれていない相手に対して使うのは相手に対しても失礼だし、そもそもこの能力自体が普通の人には備わっていないものだ。日常生活に溶け込むなら、極力人と違う能力は排除して生活すべきだろう。
私が生き残るために強くならざるを得なかったように、本来、こういった力は必要に迫られない限り使わない方が良い。
私は自分の力をそういうふうに扱うことにした。
人族の社会を生きていくために、普通の人間として生きていくために。
私はそうすることにしたのだ。
だが……この時の私はまだ知らなかった。
この時の決断が後に大きな影響を与えることを。




