第151話 メイドの仕事は多い
「私はクレア・グラハム。貴方のご主人様よ!」
優雅に足を組み、高らかに宣言するその美しい声音は彼女の気品と気高さを現しているようだった。
椅子に座ったまま、こちらを見るクレア。
なるほど……どうやらそこから動く気はないらしい。
だとしたら私がやることは決まっている。
「お初にお目にかかります。私の名前はルナ・レストン。お嬢様に忠誠を誓う者です」
そっとその場に膝を着き、申し上げる。
彼女は自尊心が高いタイプらしいから、初手は謙っていくのが最善だと思ったのだが……
「話には聞いているわ。実際に見ると、話以上に可愛らしいわね。歳は?」
「今年で10になりました」
「へえ、もう少し上かと思ったのだけど随分と若いのね」
どうやら作戦は成功だったらしい。
上機嫌……かどうかは分からないが少なくとも私に興味を持ってくれたらしい。幾つかの質問に答えていく内に、クレアも私の事情を理解してくれたようだった。
「ふうん。お爺様から聞いていた通りね。最初に言っておくけど、ここで働く気があるならお金の心配はいらないわ。学園への付き人の件も、こちらからその分の給金はちゃんと出すから」
「あ……いえ、その件に関してはすでに学園長の方から融通してもらっておりますのでご心配には及びません」
「へえ、なかなか謙虚なのね。でもお金は出すわ。まともに給金も出せないのかと思われたら嫌だしね。それに、学園での業務には出来るだけやる気になってもらわないと困るの。何かあればその都度、ボーナスも出すから期待していいわよ」
「あ、ありがとうございます」
どうやらこのお嬢様、金回りが相当に良いらしい。
なかなかに太っ腹な提案だ。それともこれぐらいは貴族なら当たり前の金銭感覚なのだろうか。私は平民暮らしが長かったせいで、貧乏性になっている自覚がある。お嬢様と暮らすならその辺も治した方が良いかもしれないね。
「お礼を言うには早いわよ。まだ貴方を採用すると決めたわけではないのだから。そうね……言葉遣いや作法については問題なさそうだし、これから最終試験を行うわ。付いていらっしゃい」
「は、はいっ!」
突然立ち上がり、つかつかと歩み始めるクレアに慌てて続く。
しかし近くに立つと良く分かるんだけど、この子……すっごく小さい。同年代の中でも背が低い部類の私より、更に低いぞ。ふふ、ちょっと優越感。
「……今、何か笑ったかしら?」
「いえいえ、そんな。試験中に笑うなんてこと有り得ません。今も緊張でばくばくです」
「そ、ならいいわ」
す、鋭ぉぉぉ! なんで前を歩いているのに気付いたんだ!? 後ろに目でもあるのか!?
こ、これからは気をつけよう。多分、気にしてるだろうし。そんなことをグラハムさんが言っていた。
「ルナ、私が貴方に従者として何を求めているか分かるかしら?」
クレアと廊下を歩いていると、突然私のご主人様(仮)は唐突にそんなことを聞いてきた。
……これも試験の一環とかないよね?
「えっと……そう、ですね。魔導学園に通うのですから、魔術の知識、とかですか?」
「そうね。それもあるわ。だけど私は授業において助けてもらおうとは思っていないの。他のただ卒業資格が欲しいだけの貴族とは違ってね」
卒業資格が欲しいだけの貴族。
そういう連中が貴族には多いということも前もって聞いていた。付き人制度が認められている以上、主人が優秀である必要はなく従者に全てを任せる放任型のお嬢様もいるらしい。というかそっちの方が多いのだとか。
そういう意味では自分のことは自分でやろうとするクレアお嬢様には好感が持てる。だけどそれだと私が必要になる理由が分からなくなる。
「ふふ、分からないみたいね」
「はい。すいません」
「いいのよ。お爺様の紹介とは言え、流石に無理があるもの」
「……というと?」
「学園で貴方には主に私の護衛を頼みたいのよ。最近は何かと物騒だからね」
「護衛……」
「ええ。でもいいのよ。私はムキムキのむさい男に四六時中守られるくらいなら、可愛い女の子と心中するから」
う、うわー……ここ一番のぶっ飛び発言だぁ。
それって心中するのはつまり私とってことだよね? 流石にそれは嫌だなあ。
「とはいえ、ある程度の実力がないと付き人には認められないって両親がうるさくてね。悪いけど、少しだけ付き合ってもらうわ」
「あ、つまり最終試験は実技試験ってことですか」
「そうね。だけど、心配しないで。貴方ほど可愛ければ護衛でなくても雇いたいもの。試験は一応やるってだけのフリーパスみたいなもんだから」
ふむ……それならもう私は実質すでに合格ということでいいのか。
なんだか思ったよりあっさりと決まったな。その決め手が私の外見というのが些か以上に腑に落ちないところだが、可愛い女の子と一緒がいいというのはとても理解できる。何とか決まってよかった。
「試験はこっちの訓練場で……あら?」
クレアの案内で入った訓練場には先客がいた。
一人は先ほどあったクロエさん。そして、もう一人は……
「リチャード? どうして貴方がこんなところに……」
リチャードと呼ばれた筋肉隆々の大男。黒いスーツを身に包む男は明らかにそっち系の人種。SPとかボディーガードとかその類の人間に見える。
「クレアお嬢様、最終試験の内容ですがこちらで変更させて頂きました」
「変更? ちょっとクロエ、一体誰の権限でそんな勝手なこと……」
「お嬢様のご両親からの直接のご命令です。申し訳ありませんが、ご納得ください」
「っ! またあの人達は勝手に……ッ!」
あれ……なんだか雲行きが怪しくない?
「レストン様、最終試験はこのリチャードの攻撃を10分間耐えることです。これは護衛としての能力を試すものですから、できるだけ実戦に近い形式で行わせて頂きます。使いたい武器がございましたら、この部屋からご自由にお使いください」
「ちょっとクロエ! 直接戦うなんて幾らなんでも危なすぎるわ! ルナが怪我でもしたらどうするのよ!」
「お言葉ですがお嬢様。護衛とはそもそも怪我をしてでも主人を守るものです。お嬢様がお気を煩わせる必要などありません。勿論、怪我を恐れるのであれば辞退して頂いて構いません。その時は、ご縁がなかったということになりますが……」
「クロエ!」
「お嬢様。申し訳ありません。これはお父様からの直接の命令ですので」
「…………ッ!」
ど、どうしよう。いきなり喧嘩みたいな空気になっちゃったよ。
私とリチャードさんはたじたじだよ。誰か何とかしてよ、この空気。
「……どうせ私の意思なんて関係なって言うんでしょ。いいわよ、ルナはこの屋敷のメイドとして働いてもらうから。学園には……一人で行く」
「それはいけません、お嬢様。付き人でしたらこちらが選んだ優秀な人材を……」
「それが嫌って言ってるのよ! あの人達が用意した使用人なんてもううんざり! 私は私が選んだ人としか行かないから!」
「…………」
う、うわー……空気重いなあ。
クレアとクロエさんって仲悪いのかな? いや、二人の仲というかクレアと両親なのか? どうも色々と事情があるようだけど……
「あ、あのー」
「はい? 何でしょう、レストン様」
「その試験に合格すれば普通に雇ってもらえるんですよね? だったらやりますよ、私」
「ちょ、ちょっとルナ! 何言い出すのよ! 貴方は知らないでしょうけど、リチャードは父の側近を勤めている近衛なのよ!? もし大怪我でもしたら……」
私の言葉に、慌て始めるクレアお嬢様。
でもこれって結局、私が合格すれば丸く収まる話なんだ。
だったら……やらない理由はない。私の事情だけでなく、グラハムさんからも言われちゃったからね。孫娘をよろしく頼むって。
「構いません。貴方を守るのが私の役目ですから。もし例えこの場で命を落とすことになったのだとしても……それは私の実力がその程度だったということ。お嬢様が気にかけることではありません」
「で、でも……」
「大丈夫です。お嬢様」
心配そうに揺れる瞳を見つめ、告げる。
「私は貴方を守ります。だから……お嬢様は私を信じていてください。貴方が私を信じてくれる限り、私は決して負けたりしませんから」
まるでお姫様を守るナイトのように、私はお嬢様の前で頭を垂れ誓った。
そして、立ち向かうのは……
「……悪いが、俺も仕事なんだ。手加減は出来んぞ」
「問題ないよ。私だって……手加減はしないから」
私と三倍は体格差があろうかという歴戦の猛者、リチャード。
お互いがお互いを見据えた、次の瞬間……私とクレアの未来を決める決闘が幕を上げた。




