第148話 転機は突然やってくる
私がルカと出会ってから三日が過ぎた。
あれから毎日妹の顔を見に行っているが、仲が進展したとは言えない状況だ。
どうもルカは私に対抗心というか、そういうのがあるようで何かにつけて対立してくる。といっても、それは不出来な姉の代わりに自分がしっかりしなければという自立心から来ているようだけど。
ティナがそのようなことを言っていた。
ルカがあの年ですでに丁寧な口調を使っているのも、私を意識してのことらしい。少し早すぎる反抗期と思えば可愛いものだ。
早いところ仲直り、というか良好な関係を築きたいものだが恐らくそれには時間がかかるだろう。私とルカはあまりにも長く会わなさすぎた。その存在すら知らなかったのだから家族というよりは良く似た他人という感覚に近い。
私もまだルカに対してどんな態度で接するべきなのかを計りかねている。
これでは関係の改善も望めない。
それにルカはともかく、ティナは内職で忙しかったりするのでうまく時間に都合がつかなかったりするのだ。あの手狭な長屋で暮らしてはティナに負担ばかりかけてしまうと思い、今も師匠の家に居候させてもらっている。
だがそれも長くは続けられないだろう。
私は今後の身の振り方を考えなければならないのだから。
一つはティナをつれてアインズに戻るという選択肢。すでに体調も回復したティナなら知り合いの多いアインズの方が何かと便利だろう。マリン先生の墓参りもしたいしね。
そして、もう一つはこのまま王都に残り学園に通うこと。
私の至上目的である男に戻る方法を探すにはそれが一番だと思っている。グラハムさんの常識外の魔術を見た後ではなおさら魔術の持つ無限の可能性に私は心惹かれていた。
だけど、それ以上に気になることと言えば……
(やっぱりお父様のことは何とかしないと)
突然雲隠れしてしまったお父様のこと。
私を探してくれているのだとしたら、すぐにでも伝えなければならない。私はもう大丈夫だと。だけど、その方法が私には思いつかなかった。
だから……
「なるほどのう。それで儂を呼んだというわけか」
「はい。グラハムさんの力をお借りして何とかお父様を探し出して頂けないでしょうか?」
「ふむ……」
師匠の家の一室にて、私は師匠を通して呼び出してもらったグラハムさんと話し合いをしていた。
内容はお父様捜索の協力。
私が知る中で最も情報網が広いのはグラハムさんだ。
彼に頼るのが最も単純かつ効果的な策だと思ったのだが……
「そうじゃのう、他ならぬお前さんの頼みじゃし何とか融通してやりたいんじゃが……難しいかもしれん」
「えっ……」
グラハムさんの返答はまさかの否だった。
旅の道中もずっと優しくしてくれたグラハムさんなら引き受けてくれると思ったのに……これはちょっと誤算だった。
「その……どうにかなりませんか?」
「この時期は儂も忙しくての。学園の理事なんてことを任されとる以上、そちらもおろそかには出来んのじゃ」
「そんな……」
正直、グラハムさんの協力を得られなければ私にお父様を捜索する力はほとんどないと言っても過言ではない。
師匠も顔は広くないようだったし、外にいる人間で助けてもらえそうなのはリンとウィスパーくらい。だけどそれも範囲が限られている以上、そこまで期待はできないだろう。
「ふむ……どうも分かっていないようじゃが、そもそも捜索には金がかかるもんじゃ。各方面への連絡、依頼書の作成、範囲を広くすればするほどそれにかかるコストも増える。お前さんを捜索した時だってマフィの奴にそれらの費用を任せておった。そんな金はお前さん、持っておらんじゃろ?」
「それは……そう、ですけど」
言われてみると確かに。
この世界は元の世界と違って手紙を一枚出すだけでも高い金を払わなければならない。配達自体がかなり危険だからだ。それだけに情報の伝達にはかなりの労力と金銭的損害を被らなければならない。
そして、それらを負担する能力が今の私にはない。
知り合いに頼めば何とかなるというのがすでに甘かったのだ。
自分の認識の未熟さに落胆しかける私に、グラハムさんは蓄えたあごひげを触りながら、その提案をしてきた。
「儂とお主の仲じゃ。父親を探して欲しいという娘の頼みを無碍にするのも忍びない……そこでどうじゃろう。儂の頼みを一つ聞いてくれたらその案件、儂が代行しよう。勿論、捜索にかかる金銭的負担の一切も儂が持つ」
「ほ、本当ですかっ!?」
最後の望みが絶たれる寸前、グラハムさんが提案してくれた最後の希望。
私はなんとしてでもそれにしがみつくしかなかった。
「わ、私、何でもしますからっ! 私に出来ることならなんでもっ!」
「ほっほ、良い返事じゃの。そんな素直なお前さんになら任せられそうじゃ」
グラハムさんは笑顔を浮かべると、私の体を上から下まで眺めた後、言った。
「さて、肝心の儂の頼みなんじゃが……ルナ嬢」
「は、はいっ!」
どんな内容なのか、幾つか予想しながらグラハムさんの頼みに耳を傾ける私。
だが、彼の口から飛び出してきたのはまさしく予想外の言葉だった。
「お前さん……メイドになってみる気はないかのう?」
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?




