第144話 自分そっくりな人間は世界に三人いるらしい
「それでね、それでね。お母様ったら私のことを天使とか言って抱きしめてくるのよ。まったくいつまでも子供っぽいんだから困ったものね」
「あー、うん。そうね」
「離してって言ってももう少しー、なんてそればっかり言うんだから。結局何時間も一緒にいることになっちゃたし……って、アリス、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「そう? なら、いいけど。それでね……」
「おーい、ルナ。そろそろ出たほうが良いんじゃないのか? もうすぐ夕方になるぞ」
私が師匠の家でアリスと談笑していると、なにやら荷物を運んでいる最中らしい師匠がそんなことを言って通り過ぎて行った。
見れば太陽もかなり低くなってきており、ティナと交わした約束の時刻が近づいてきているのが分かった。
「それじゃあ、そろそろ私行くね」
「はいはい、気をつけてね」
「うんっ! 行ってきまーす」
師匠に用意してもらった日傘も忘れないように、っと。
「また後でね、アリス」
「はいはーい」
ひらひらと手を振るアリスを見送って、私は師匠の家を後にした。
そして、残されたアリスはというと……
「……はあ」
数時間に及ぶ一方的な会話に溜息をついていた。
その様子を見て、忙しそうに動き回るマフィは一言。
「はは、大変だったな」
人事のような台詞にキッと睨み返すアリス。
「マフィが私を一人にするからでしょうが。途中まで一緒に聞いてたのに」
「俺だって長いこと空けてた分やることが溜まってんだよ。お前も暇なら手伝え」
「……気乗りしないわ」
「なんだよ。ルナが他の女の話ばっかりするから妬いてんのか?」
「別に、ルナにはルナの家族がいるんだから仕方ないわよ」
否定はしないんだな、とアリスの言葉にマフィは内心で苦笑した。
「折角、学園に通う約束までして探し出した可愛い可愛い妹だもんな。だけど少しぐらい許してやれ。あいつだって色々頑張ってんだから」
「……分かってるわよ、それくらい。だからルナの前では何も言わなかったでしょ」
ぺたん、とテーブルに直接頬を付けるアリスはどこからどう見てもイジけていた。そんな倦怠感溢れるアリスの姿にマフィは隣の椅子に腰掛けながら言う。
「お前は良くやったよ。それはルナだって分かってる」
「……ルナは」
「ん?」
「ルナは向こうの家に住むことにするのかしら……」
「そりゃまあ。そうだろうな」
「……つまんない」
ポツリと漏れたアリスの言葉にようやく何がそんなに不満だったのかを悟る。
アリスにとってルナはまさしく家族と言って差し支えない存在だ。そんなルナが自分を差し置いて、別の家族と生活することが寂しいのだろう。
自分は偽者。そして、向こうが本物。
そのことが分かっているからこそ、強く引き止めることも出来ずにいる。
そんな不器用かつ不遇なアリスの立ち位置にマフィは腕を組んで悩んだ。
そして、彼女は一つの結論を出した。
「なあ、もしお前が良かったら……」
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ティナが住んでいるという借家は師匠の家からもそれほど遠くはなかった。そのため、私も特に太陽の被害を受けることなくたどり着けたのだが……
「ここがティナの……」
目の前の借家に思わず立ち止まってしまう。
それは予想以上にティナの住居が貧相だったからだ。
借家というよりは長屋というべき集合住宅の一角、指定された場所であることを確認した私はその薄い戸を開きながら中を覗き込んだ。
「お母様ー、いるー?」
外観からある程度察してはいたのだが、中はかなり狭かった。
それだけにティナの姿もすぐに見つけることが出来た。
なにやら編み物をしているらしいティナと、そして……たたっとティナの後ろに回りこむ小さな影も。
「ああ、ルナ。いらっしゃい。何もないところだけど遠慮しないでいいからね」
「う、うん。それよりお母様、その……」
「ふふっ、早速昨日言ってた子を紹介するわね。ほら、"お姉ちゃん"が来たわよ。ご挨拶しなさい」
「は、はい……」
可愛らしい返事と共に、ティナに押し出されるようにして私の前に現れる子供。
というか……今、お姉ちゃんとか言ってなかった?
いや、嘘でしょ。まさか……
「え、えと……」
一目見て分かった。
美しい銀髪に瑠璃色の瞳。
見覚えがあるそのパーツはかつての私そっくりで……
「……る、ルカ・レストンです。始めまして、"姉上"」
──間違いない。
この子は……私の"妹"だ。




