第140話 王都、再び
「アイムッッッ、カムバァァックっ!」
両手を広げ、大きく息を吸い込み私は目の前に広がる都市に向け叫んだ。
まだ夜も空け切らぬ朝方だというのに、何人もの行商人が朝市の準備に勤しむその様子は私にとって懐かしいものだった。
そう……ここは王都、バレシウス。
私は約二年ぶりにこの街に帰ってきたのだった。
「うわあ……こんな時間でもこんなに人がいるんだね」
「王都の朝は早いからね。そういうシアは王都にくるのは始めて?」
「うん、一度で良いから来てみたかったんだあ」
目をきらきらと輝かせるシアはここ最近、王都に着くことを楽しみにしていたからね。この喜びようも頷けるというものだ。
そして、私もそんなシアに釣られるようにテンションが上がってしまっていた。
「ようし、それなら私が王都での注意事項をシアに教えてあげよう」
「ちゅういじこー?」
「うむ。王都はこの国の首都……王様が住む場所だからそれに伴って貴族の人間も多い。こんな平民街にわざわざ出向くことはないだろうけど、見かけたら気をつけるんだよ?」
「気をつけるってどういうふうに?」
「例えば、そうだね……」
きょとんと可愛らしく首を傾げるシアを横目に、私はにやりとチェシャ猫のような笑みを浮かべる。
「こーんな風に人攫いに遭うかもしれないよ!」
「わ、わわっ!」
軽いシアの体をぐいっと持ち上げ、肩に乗せる。
いわゆる肩車というやつだ。
「可愛いシアはすぐに目をつけられそうだからねぇ、十分気をつけるように」
「あはははっ、たかいたかーい!」
私の忠告を聞いているのかいないのか……まあ、楽しそうだし良いか。
「……長旅がようやく終わったってのにあの二人は元気ねえ」
「まあ、お前みたいな引きこもりとは違うからな」
「わ、私だって別に好きで引きこもってたわけじゃないし……」
後ろで荷物を抱えた師匠とアリスが疲れた表情で歩いてくる。
私にとっては片道の旅だけど、二人からしたらその倍の道のりを踏破しているわけでさすがの師匠にも疲労の色が見えた。
途中からは年配のグラハムさんと年少のシアが馬を使っていたから二人には特に疲労がたまっているのだ。
「それで師匠、これからどうします?」
「あん? 馬のことは爺に任せてあるし、俺たちはさっさと家に戻ろうぜ。いい加減、横になりてえ」
まあ、そうだろうね。
でもその口ぶりだととりあえずは私たちも師匠の家にお邪魔しても良さそうだ。シアのこともあって少し心配だったけど、師匠もそこまで狭量ではないか。
「ルナっ、見てみて、噴水があるよっ!」
「おー、本当だ。ついでに水浴びでもしていく?」
「さむいからやー!」
春も近づいたとはいえまだ肌寒いこの季節、流石に水浴びをする度胸はないようだ。
「ねえねえ、ルナはこの街に住んでたんだよね? 今度案内してよ」
「明るいうちは無理だけど、それでも良い?」
「うんっ! 約束だよっ」
にぱーと曇りのない笑顔を向けてくるシア。
なんとも眩しい笑顔だ。リンが隣にいない寂しさもシアがいてくれているから何とか誤魔化せている。
しかし……約束、か。
「? どうかしたの、ルナ?」
「ん? ああ、ちょっと昔のことを思い出してね」
「昔のこと?」
「私も今のシアみたいに約束したなーって思って」
私が始めて王都に来たとき、お父様と私は一つの約束をした。
それは太陽の元では満足に活動できない私をお父様が気遣って、いつか月の綺麗な日に二人で肩車をして星空を眺めようというもの。
今は私が下にいるけど、いつかお父様とその約束を果たすことが私の一つの夢だ。この歳まで親孝行らしい親孝行をしてこなかったからね。
ティナのことがあってから、私は二人に何かしらの恩を返したいと思っている。この世界では……いつ誰と死別することになるか分からないから。
「…………」
「折角我が家に帰ってきたってのに、何辛気臭い顔してるのよ、ルナ」
ぽんと背中を叩かれる感覚に振り返ると、そこにはしょうがないなーと言わんばかりに腕を組むアリスの姿があった。
「ルナのお母様のことなら心配いらないわ。この街で一番の名医にかかっているんだもの。あなたにできることは少しでも早くその元気な顔を見せること。ルナが落ち込んでたりしたら、向こうも落ち込んじゃうでしょ」
「……そう、だね」
私が気落ちしている様子を見抜いて、励ましに来てくれたのだろう。
昔からアリスはそう言うところに良く気が回る。
だけど……うん。アリスの言うとおりだ。
ここまできて私が落ち込んでも仕方がない。過去は過去、もう取り戻すことが出来ないのならこれからの未来に目を向けないとね。
「早速、今日の夕方にでも見舞いに行くよ。場所だけ後で教えてくれる?」
「それは別に構わないけど、どうせだし一緒に行ってあげるわよ?」
「ん……いや、今回は一人で会いに行きたいんだ」
折角のアリスの気遣いだったが、今回ばかりは私も一人で会うつもりだった。
「二人っきりで話したいことがあるから」
久しぶりになる母親との再会。
随分長く待ち望んでいたその時が気付けばすぐ目の前まで迫っていた。




