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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第3章 冒険者篇

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第138話 旅立ち

 ウィスパーの告白騒動から十数分後、逃げるように宿の自室に戻ってきた私にコンコンとノックの音が届いた。

 誰かと思って扉を開けると、そこにはいつもの無表情で廊下に立つリンの姿があった。


「リン? どうかしたの?」


「……相談がある」


「? まあ、とりあえず中に入りなよ」


「……(こくり)」


 いつになく真剣な様子のリンを室内へ招く。

 特にお茶を出せるわけでもないので、そのまま話を聞くことにしたのだが……


「え? ウィスパーについていく?」


「……うん」


 リンの口から出たのはそんな意外すぎる提案だった。

 いや……口ぶりから察するにこれはもう提案なんてレベルでなく、リンの中ではすでに決定事項になっているような気がする。


「ど、どうしてそんないきなり……」


「……ウィスパーが前に進むと決めた。ルナも新しい生活を始めようとしている。私は……私も何か、私にしかない何かを見つけたい」


 要領を得ないリンの話。

 だが、伝えたいことは伝わってきた。


「つまり、リンはその何かを探すために旅に出るって言うの?」


 私の問いにリンはこくりと首を振って答えた。

 だけど……それはつまり、私とリンの別れを意味している。

 それほど長い期間を一緒にいたわけではないけど、すでに私とリンには切っても切れない絆のようなものが出来ている。今更リンがいなくなることなんて私には想像できない。


「リンは……それでいいの?」


「…………」


 リンの表情はまだ迷っているようだった。

 それもそうだろう。ついさっきウィスパーの告白を聞いてきたばかりなのだ。前からそういう願望があったとしてもそれをすぐに実行に移すには躊躇いが残る。

 もしかしたら私が強く望めばリンは残ってくれるかもしれない。

 だけど……


「私は……まだウィスパーに何も返していない」


「え?」


「ウィスパーは私の恩人。だから……私は彼に何かをしてあげたい」


 そんなことを言われてしまったら私はもう何も言うことなんて出来なかった。

 ウィスパーが良い主人であったことは私も知っている。リンにとってどれだけ大切な人だったのかも。


「……ウィスパーを一人には出来ない」


「そう……だね」


 本当なら引き止めたい。

 ずっとずっと私の傍にいて欲しいと叫びたい。

 私はそれぐらいにリンのことが好きになってしまっていた。


 でも……もしかしたらここが丁度良い節目だったのかもしれない。

 王都へ行く私と、旅を続けるリン。

 どこかで別れる運命だったのなら、その時間は有効に使うべきだ。私の帰りをただリンに待たせるのではなく、リンにはリンの道を歩ませる。


 そして、それこそが私の望んでいたことだったはずなのだ。

 あの日、まだリンの首に奴隷の証が残っていた頃に。


「私はいつか必ずルナのところに帰ってくる。だから……泣かないで、ルナ」


「……え?」


 言われて気付いた。

 私の頬に流れる一筋の雫に。


「……私の人生はルナに変えてもらった」


 ここでリンの歩みを止めることは簡単だ。

 ただ、行かないでと命令すればいい。


「ルナは私にとってもう一人の恩人。大切な人」


 しかし、それは同時にリンを縛る鎖となる。

 ようやく奴隷という身分から解放されたリンを今度は私が縛るというのか?

 そんなこと……出来るはずがない。それに……


「だから……私の居場所はいつだってルナの隣にある。どんなに離れていても、帰る場所があるから私は希望を捨てずにいられる」


 リンはもう、立派な一人の人間だ。

 最早誰の命令に従う義理もない。

 リンを縛る鎖はもう……どこにもないのだから。


「ねえ、ルナ。これって凄いことなんだよ? 帰る場所がある。ルナが待っててくれるって思うだけで、胸の奥が暖かくなる。この気持ちをルナが教えてくれた」


 その気持ちには覚えがあった。

 私があの地下迷宮で絶望しなかったのは待ってくれている人がいたらから。

 自分の居場所というのはそれほどに大切なものなのだ。

 私はそのことをこの異世界で知った。

 あの全世界に繋がる狭い部屋では気付けなかった自らの居場所を、私はこの世界で見つけることが出来た。


「だから……待っていてくれる? 私のこと」


「……私がリンのこと置いていったりするわけないじゃない」


 そっと身を寄せ、リンの体を抱きしめる。

 寂しさは愛おしさの裏返し。愛があるからこそ、辛いのだ。

 どんなに願っても別れを避けることは出来ない。それはいつか必ず私たちの前に現れるものだから。一つ救いがあるとすれば、この別れが今生のものではないということ。


「きっとまた会える。そうでしょ? リン」


「……うん」


「だったらお別れはいらないね。私はリンのこと信じているから。ちゃんと私のところに戻ってくるって。途中で迷子になったりしたら許さないからね?」


「大丈夫……私の居場所はここだから」


 そう言ってリンは私をぎゅっと力強く抱きしめた。

 まるでその全てを忘れないと言わんばかりに。


「……ありがとう、ルナ」


「……それはこっちの台詞だよ、リン」


 私たちの間に別れの言葉は必要なかった。

 ただ代わりに私たちはお互いに感謝した。

 この素晴らしい日々を与えてくれた、唯一無二の親友へと。

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