第137話 ウィスパーの告白
ウィスパーから唐突に渡された指輪に、私は戸惑うことしか出来なかった。
「え? これって……え?」
日本と変わらずこの国でも指輪というのは一般的に男が好意のある女性に贈るものだとされている。だから少し混乱してしまったのだが……うん、まあ金銭的価値という意味では十分な値があるものだし、未成年の私を気遣ってこういう形でお小遣いをくれたのだろう。
そういう風に納得しようとした私だったが……
「ああ、それと誤解しなくて良い。俺は本気だ」
「ほ、本気? それってどういう……」
この期に及んでとぼけるしか出来ない私に、ウィスパーははっきりと己の本心を口にする。
「俺はお前が好きだ、ルナ」
どこまでも真っ直ぐなウィスパーの告白。
思わず顔が赤くなってしまうのが自分でも分かった。
「いつからかなんて分からないがお前の生き方に俺は憧れた。その時にはもう、どうしようもないほどに心の底から惚れちまってたんだと思う」
「ほ、惚れてたって……私、まだ十歳だよ?」
「年齢は関係ない。俺はお前の純粋な心に憧れたんだからな」
衒いも外連もないウィスパーの言葉はそれが心から言っているのだと分かった。というか元々嘘を付くような性格でもないし、私相手にこんなタチの悪い冗談もしないだろう。
ということは……ウィスパーは本気で私を……?
「今のお前はまだ若い。だから急いで答えを聞こうなんて思ってはいない。もっと広い世界を見てから誰を選ぶのかを決めてくれればいい。だが……俺の気持ちだけは知っておいて欲しかった」
そこまで言ったウィスパーは私の元に歩み寄り、その大きな手で私の小さな手を強く両手で握り締めた。まるで全ての気持ちをそこに込めるかのように。
「もう一度言うぞ、ルナ。俺はお前が好きだ。将来はお前を人生の伴侶としたいと思っている。それだけは覚えていてくれ」
「わ、わわ、私っ……」
だ、駄目だ目が泳ぐ!
というかど、どうしたら良いのこれ!?
私はここで何て言えばいいの!?
「……焦る必要はない。お前には時間がある。次に再会するときにでも答えを聞かせてくれればいい」
「あっ……」
そっと手を離したウィスパーは部屋を出て行こうとする。
だけど……このまま別れてはいけない気がした。
折角勇気を出して告白してくれたウィスパーに対してそれは女として失礼だと思った。だから私は……
「う、ウィスパー!」
震える声で彼を呼び止めた。
振り返るウィスパーに、私は混乱する頭で必死に言葉を探す。そして……
「その……いきなりでびっくりしたけど、私……」
私は彼と同じように、自らの本心をさらけ出すことにした。
「嬉しかったから! ウィスパーにそう言ってもらえて、本当に嬉しかったから!」
「……そうか」
私の真っ直ぐな気持ちに、ウィスパーは満足そうに頷くと、
「それが聞けただけで俺は満足だ。今はそれで、な」
手を掲げて部屋を後にした。
そして残された私は……
「りゅ、りゅなぁぁぁぁっ! あなた達ってそういう関係だったのっ!?」
「まさかこの歳であんなガチの求婚を受けるとはなあ……将来が末恐ろしいぜ」
「きゅうこん? 球根? 良くわかんないけど、シアもルナのこと好きだよー」
「ほっほ、青春じゃのう」
「……驚いた」
その場の全員からてんやわんやの大騒ぎに巻き込まれるのだった。
というか……男の人からマジな告白を受けるのなんて初めてだったからまだ心臓がばくばくいってるよ。
ウィスパーがまさか私をそういうふうに見ていたなんて……複雑な気分だ。
「……ルナ、顔が真っ赤」
「リン、そういうことは言わなくていいから」
「あんな金持ちを夫にすれば人生安泰だな。玉の輿じゃねえか」
「私はそういうところで相手を選んだりしませんよ」
バンバンと背中を叩いてくる師匠に私は本気で嫌そうな顔を浮かべる。
ウィスパーも告白するならするで二人っきりの時にしてくれたらいいのに、これじゃあ良い玩具だよ。
「る、ルナっ! まさかあなたあんな男とつ、つつ、付き合うわけないわよねっ!? まだルナにはそういうの早いもんっ!」
「うわっ!? ちょっとアリス!? なんで泣きそうになってんのよ!?」
「私のルナが取られるぅぅぅぅ!」
私の腰辺りにしがみ付いて滂沱の涙を流すアリス。
誰がお前のかと突っ込みたかったが、あまりにも哀愁が漂う姿だったので好きにさせておいた。
妹(仮)に先を越されそうで焦っているのかもしれない。
いや、そんなことは多分起こらないと思うけどね?
…………ん?
というかちょっと待て。
私……ウィスパーになんていった?
確かそう言ってもらえて嬉しかったとかなんとか……いや、確かにいきなりの告白には驚いたけど別に嫌な気はしなかった。それどころか本当に嬉しかった。だからこそ、そのことを咄嗟に口にしたんだけど……
……え? それってどゆこと?
つまり私は男に告白されて本気で喜んでたってこと?
「そ、そ、そ……そんな馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「る、ルナっ!?」
「今度はどうしたんだよ、おい」
いきなり頭を抱えて奇声を上げた私に師匠とアリスが心配そうな表情を向けてくるが……それどころじゃないっ! これは私のアイデンティティに関わる問題だ!
おおおおおっ、一体私はいつから思考がそこまで女寄りになってたんだ!?
駄目だ、全く思い出せない!
というかウィスパーの告白に対して、女として答えなければなんて考えた時点で色々手遅れな気がするんですけど!?
「ああああああっ! やり直したいぃぃぃぃ! さっきのやり取りもう一度やり直したいぃぃぃぃぃぃぃっ! 出来たら生まれ変わるところからやり直したいぃぃぃぃっ!」
ガンガンと壁に頭をぶつけて羞恥に悶える。
穴があったら入りたいとはまさしくこのことだ。
これだけの人間の前で私はまるで乙女のように振舞ってしまったのだから。いや、それ自体はいいんだけど、それが素だったのがまずい。非常にまずい。
「ぐぉぉぉぉぉぉっ! 私は男私は男私は男私は男私は男ぉぉぉぉぉっ!」
「おいっ! 誰か治療院に連れて行け! ルナが壊れた!」
「ああ、可哀想に。あんなむさい男に迫られてショックだったのね。でも心配しないで、妹の貞操は私が守るわ!」
「あわわっ、ルナ、そんなことしたらおでこ痛くなるよぉ」
「……私も色々ショック」
「ほっほ、青春じゃのう」
暴れる私を取り押さえようとする師匠が見えた。
涙で歪んだ視界の中で。
「私は男なんだぁぁぁぁぁぁぁっ!」




