第132話 チャンスは突然やってくる
旅団の人達と別れてから数日が経った。
あの時、奪われた荷物を取り返した師匠はその対価として旅費の一部を入手していた。その辺りは流石師匠、抜かりがない。
そしてその旅費の一部というのが……
「いやー、やっぱり馬があるとないとでは全然違いますね、師匠」
「やっぱりコイツを選んで正解だったな」
自慢げにその豊満な胸を張る師匠。
師匠は荷物の対価として、一頭の馬を請求したのだ。
小さな荷台を引けるこの馬は私たちの荷物と、疲れた人を休ませるのに最適な旅の共になってくれた。私としては直射日光を避けることが出来て万々歳だ。
「もしかして師匠、私のためにこれを選んでくれたんですか?」
「ん? いや、単に疲れたら歩きたくねえなーと思って」
「だと思いましたよ」
師匠はどこまでいっても師匠だった。
放置していると家の片付けどころか自室の掃除すら怠るような人だからな。この人は。基本的に怠け者なのだ。
「マフィ、少し良いかのう」
「何だ爺。お前も休みたくなったのか?」
「まだまだ若いものには負けんわい。そうじゃなくてのう、少しルナちゃんと話させてもらえんか?」
「話? ……ああ、まあ別にいいぜ。だけどあんまり強引にはすんなよ。こいつにも色々あんだから」
たんっ、と跳躍して荷台から降りた師匠はそのままさくさくと先陣を切って歩き出す。もしかしたらあの人が一番体力があるかもしれないな。ステータスが見れないからなんとも言えないけど。
「よっと、お邪魔するぞい」
「あ、はい。どうぞ」
荷台は狭いため、二人分のスペースしかない。
師匠と入れ替わりで荷台に上がったグラハムさんは紳士らしい所作でその場に腰を下ろすと、早速話を切り出してきた。
「先日はすまんかったの。儂の固有魔術『回帰』は一番のお気に入りなんじゃが、体力だけでなく精神的にも若返ってしまうのが難点でのう。どうにも歯止めが利かんのよ」
「全然気にしてないので大丈夫です。むしろあんな高等魔術を見せてもらって感謝したいぐらいですから」
「ほっほ、才能豊かなお主にそう言ってもらえると光栄じゃわい」
「私の才能なんて大したことないですよ。使える魔術も影魔法を応用したものばかりですし、それが役に立つ場面も限られる……圧倒的に経験値が足りないんですよ、私の場合」
何度も戦い続けていればいい加減に分かってくることがある。
確かに魔術というのは高い汎用性を持つ優秀な攻撃、防御手段ではあるがそれには幾つかの制約が付きまとう。
一つは時間的制約。
魔術の起動には圧倒的に時間がかかりすぎるのだ。俊敏な魔物相手にのんびりと詠唱していると、その間に喉笛を切り裂かれるのがオチだ。
そして更には能力的制約。
私の場合、これには射程の短さと持続時間の短さという頭の痛い問題が付随してくる。どちらも戦闘においてはかなり致命的となりやすい欠陥だ。幸い潤沢にある魔力量でカバーできているが、逆に言えば『色欲』がなければ私はそこらの三流魔術師にすらなれていなかったかもしれない。
それほどに私の魔術には欠点が目立つ。
とても自惚れることなんてできない。
「その歳にして謙虚さを身につけているとはのう。よっぽど両親の教育が良かったんじゃろうて」
「はい。自慢の両親です」
お父様とティナが褒められると私も嬉しい。
実際には放任主義的なところが大きかったんだけどね。むしろマリン先生のほうが受けた影響としては大きいかもしれないくらいだ。
「じゃが謙虚さは時に諦観を生むぞ。まだお主は若いのじゃから、もっと自分の力を認めても良いのではないか?」
「自分を認める……ですか」
「うむ。お前さんの魔術に対する感覚は鋭い。だが、前にも言ったように粗さが目立つ鋭さじゃがの」
「粗さ……」
そういえば戦っている最中にもそんなことを言われた気がする。
ようするに錬度が低いということなんだろうけどグラハムさんほどの魔術師に言われると少し凹むね。比べようってのがそもそもおこがましいんだろうけど。
「そこでじゃ。儂はお前さんにきちんとした教育を受けさせたいと思っておる。お前さんの才能は間違いなく同世代の魔術師の中でも一線を画しておるからのう。その荒削りな原石をきちんと研磨したいのじゃ」
「教育? ……って、まさか!」
そこでようやくグラハムさんの言いたいこと……話の本題が見えてきた私にグラハムさんはにっ、と好々爺然とした笑顔を向けてくる。
「お前さん良ければ……儂の設立した学園。エルセウス魔導学園に入学してみんかのう?」
それは私にとってあまりにも突然な人生の選択。
未来へと分岐する重要なターニングポイントだった。
グラハムさんの提案を私は慎重に吟味し、分析することにした。学園へ通うメリット、デメリット。私の目的、過去の因縁。そして何より……私の気持ちを確かめていく。
そうして数十秒の時間をかけて出した私の結論は……




