第130話 魔術にも色々な使い方があるらしい
「え!? グラハムさんって、魔導学園の学園長だったんですか!?」
「まあのう。とはいえ、ほとんどの実務は他の教師陣に任せっきりじゃし、権威なんてものはないも同然よ」
山賊との戦闘にもならない一方的な蹂躙を終えた私達一行はアリス達の待つ地点へと向かっていた。その際に、さっきの一連の戦闘についてグラハムさんに質問していたのだが、その中で出てきたグラハムさんの素性は驚くべきものだった。
グラハムさんは謙遜していたが、あの学園の長だなんてちょっと普通じゃない。
エルセウス魔導学園。
王都バレシウスにその学び舎を持つ学園の名前は広く聞いている。魔術師を志す者達の総本山。全国の才能ある学生が覇を競う、国内有数の学術施設だと。
「確か当代の学園長は百を超える魔術を生み出した天才魔導師だとか……」
「ほっほ、百は幾らなんでも言いすぎじゃよ。せいぜいその半分が良いところじゃ」
「いや、それでも十分すぎるほどなんですけど……」
魔術の開発というのは生半可な覚悟では挑めない。
すでにある既存の魔術が多すぎるからだ。それらの魔術より優れたものを作るのははっきり言って骨が折れる。だが、そうでなければ新しい魔術を作る意味がない。
故に魔術の習得に比べ、魔術の開発はその何倍も難しいとされている。一人の研究者が人生の間に二つ、三つも開発できれば良いほうというのが定説だ。
「あの……さっきの魔術も全部、グラハムさんが作ったものなんですか?」
「そうじゃよ。肉体を若返らせる『回帰』に魔術を弾く『魔法鏡』、それと位置情報を誤認させる『陽炎』とその応用で相手の意識を奪う『灼気』じゃったか。お前さんがあんまり強いものじゃから手加減も出来んかったわい。ほっほっほ」
「ぜ、全部、とんでもない魔術ですね」
肉体を若返らせるというのが始まりからして意味不明だし、魔術を弾く魔法鏡も魔術師戦闘においては脅威だ。それに『陽炎』と『灼気』だって?
多分、熱エネルギーを使った魔術なんだろうけど……駄目だ。原理がさっぱり分からない。というかそんな高等魔術を連続で発動できるとかこの人は神なのか?
「お前さん、魔法鏡で弾かれた瞬間に動揺しておったじゃろう。その隙に儂は二つの魔術を同時に展開、片方は待機させておいたんじゃよ。その後順繰りに発動させれば息切れなしに魔術を連続展開してように見えるというわけじゃな」
「術式複数展開に時間差起動の平行運用……どっちも超一流の技術じゃないですか」
話を聞けば聞くほど、この人がいかに規格外の魔術師であるかが理解させられる。話に出てくるのは今の私では到底使いこなせない高等技術ばかり。格の違いをこれでもかと見せ付けられた気分だよ。
「師匠……世界って広いですね」
「達観するには早すぎるだろ、お前」
師匠はそういうが、否定しないあたり彼女も認めているのだろう。グラハムさんの実力を。自分より強いなんて言ったときは何の冗談かと思ったが、あんな光景を見せられたら頷くしかない。
私達の中で一番強いのは間違いなくグラハムさんだ。
旅の同行者としてこれ以上頼りになる人もいないだろう。
「こっちは今回良いところなかったな」
「一番働いてないウィスパーがそれを言う? 何をしに付いてきたのか、いまだに謎なんだけど?」
「ぐっ……それを言うならお前だって途中からぐだっていたじゃないか」
「まあ、それはそうだけど」
荷物持ちくらいでしか活躍できなかったウィスパーだが、山賊相手に怪我一つなく乗り切ったあたり戦闘力は決して低くはない。だが、周囲の人間があまりにもレベルが違いすぎて一人だけ浮いている感は否定できなかった。
「次は夜中に実行しましょう。そうすれば私も本気が出せる」
「こんなことがそうそうあってたまるか」
行くときと違って弱気なウィスパー。
どうやら良いとこなしだったのが堪えているらしい。ちょっと言い過ぎたかもしれないね。男ってのはプライドで生きている存在だから。
「今回は直接戦闘だったからあんまり活躍できなかったけどさ、次はきっとウィスパーの力が必要になるって」
「……それは一体どんな場面で?」
「さーて、帰ったらすぐに夕飯作らないとだなー」
「フォローするなら最後までしっかりしてくれよ!」
いや……だって、ねえ?
ウィスパーが活躍する場面なんて想像できないし?
大抵のことは他の人で代用できちゃうからなあ。
「まあ、その……強く生きてね?」
「ちくしょうっ……最早、俺の立ち位置は役立たずで固定なのかっ……」
実験的には収穫のあった今回の遠征。
だが、その犠牲として一人の男の存在価値が更に揺らぐことになりましたとさ。




