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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第3章 冒険者篇

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第129話 魔術師は魔術師を知る

 師匠と別れてから二時間近くの時間が経った。

 もうすぐ日も暮れる時間帯だし、ここらが潮時だろう。


「ふう……」


 日陰から空を見上げ、息を漏らす。

 少しハッスルしすぎたせいか体が重い。

 今日が曇りで助かった。これが晴天だったら私は今の半分も活動できていなかっただろう。どうやら吸血モードであろうとも、太陽は私にとって天敵らしい。再生スキルのおかげである程度耐えることは出来るけどね。


「ルナは休んでて。残りは私がやる」


 そう言って太陽の元に駆け出していったリンが羨ましい。

 なんだって神様は私にこんな呪いを植えつけていったのやら。

 吸血鬼になんてなるものじゃない。デメリットばかりで良いことなんて一つもありはしないのだから。


「さて……休憩もしたし、そろそろ戻りますかね」


 立ち上がり、リン達を呼びに行こうとした、その瞬間のことだった。

 私の視界の中で突然火柱が空中に向け広がるのが見えた。


「なっ……!?」


 間違いなく魔術の行使による現象。

 だけど……あんな規模の魔術なんて尋常じゃない。

 私どころか、師匠にすらあそこまでの魔術運用は不可能なはずだ。

 つまり……


(まずいっ! あんな規格外の魔術師がいたなんて完全に想定外だ!)


「リンっ!」


 弾かれるように走り出した私は小柄な少女の姿を探して駆けた。

 なぜならリンが向かった先は今まさに火柱が放たれた方角。向こうで何かあったとしか思えない。焦る私の前に、更に目を疑う光景が広がった。

 先ほど上がった火柱、それが瞬く間に白銀の表装に覆われていく。

 遠目からも分かった。あれは……"炎が凍らされている"。


「一体、何が……」


 私は本格的な魔術の講義を受けたわけではない。

 私が師匠から習ったのは実践的な魔力の運用方法についてのみ。 


 だが……そんな魔術の理論には疎い私にも分かった。

 通常なら有り得ない現象を起こす魔術だが、その中でもアレは常軌を逸している。


 ──怪物。


 そんな言葉が私の脳裏を過ぎった。


「くっ……!」


 埒外の光景に思わず腰が引けそうになる。吸血モードの私が、だ。

 だがそれでもリンを見捨てて逃げるなんてことは選択肢として有り得ない。

 精神的にも体力的にも重く感じる体を動かし、森の中を駆ける。


 その発生源と思われる位置に近づくたびに、気温が下がっていくのを感じた。臆しているわけではない。実際に気温がどんどん下がっているのだ。

 先ほど見た氷結の魔術。恐らくあれの影響だろう。


 近くの木々の一部に霜が下りているのを見て、更に私は走る速度を上げた。

 そうして少し開けた場所に出た瞬間、私の目の前にその光景が飛び込んできた。


「リンっ!」


 周囲の木々を丸ごと焼き払ったかのように不自然に開けたその場所でリンは一人の男と向き合っていた。

 見たことがない若い男……20代後半くらいに見えるその男は右手に木製の杖を持っていた。その先には紅、蒼、碧と様々な色合いを持つ魔鉱石が埋め込まれているのが見えた。

 間違いなく魔術起動を補助する魔導具の類。

 すぐに私はこの男が先ほどの魔術の発動者だと分かった。


「ルナっ!?」


「リンから……離れろッ!」


 男とリンは手を伸ばせば触れられるほど近くにいた。

 その間に影槍を放ちながら割り込み、強引に距離を開けさせる。


「リンっ! 逃げろ!」


 先ほどの魔術を見るに、魔術師としての格は明らかに向こうの方が上。

 ならば詠唱の時間、魔法陣の準備、術式展開の阻害。つまりは圧倒的な手数と速度で押し切って完封する。それしか私に勝ち目はない。

 イメージするのは弾丸。

 右手に魔力を収束させた私は最速の影槍を男に向け放つのだが……


「ほう、なかなかに鋭い。だが……まだ粗い」


 男は空の左手をこちらに向け、


「弾け──魔法鏡(マジックミラー)


 聞き慣れぬ呪文と共に、幾何学模様に輝く魔法陣を展開した。

 そして……

 ギギギギギギッ! と耳障りな金属音にも似た奇怪な音を上げ、私の影槍が"捻じ曲がった"。あらぬ方向へ曲げられた影槍は男の隅を通り過ぎ、効果半径を脱したことで霧散する。


(収束に特化した影魔法を強引に捻じ伏せただと!?)


 それぞれに特徴のある魔力系統だが、その中でも闇系統の魔術は攻撃力に特化した魔法体系だ。高い魔力密度を持つ影魔法は他の魔術に比べ、圧倒的に防御することが難しいという特徴を持っている。


 それなのに男はたった片手でこの魔術を弾いてしまった。

 それだけでいかに男の魔力操作が優れているのかが伺える。

 間違いない……この男、超一流の魔術師だ。


「これで駄目なら……」


 だが、それだけで勝てるほど戦いとは甘くない。

 強者がイコールで勝者でないように、どんな人間だろうとも付け入る隙は必ずある。この男の場合は……


「──『舞風』ッ!」


 どんなに優秀な魔力操作能力を持とうとも防ぐには適さない攻撃手段……つまりは実際の武器を使った物理攻撃だ。そして、私には風系統の魔力を使った必殺技がある。

 腰から抜き放った石ナイフに魔力を纏わせる。

 鉄製の鎧さえ貫くこの魔術は、纏わせる魔力を打ち消したところで慣性の法則に従い対象を打ち抜く。つまりは魔術師殺しの一撃だ。

 手加減する暇もなかった全力の投擲は真っ直ぐに男の心臓向けて空中を翔ける。人間の反応速度では回避不可能。それほどに洗練された一撃は狙い違わず男の心臓に迫り……そして、その体を易々と貫いた。



「……え?」


 勝った、と思った。

 だが次の瞬間に、私は目の前の視界がぐらりと傾くのが分かった。

 瞬間的に上も下も分からない浮遊感を味わった私はそのまま地面に激突するかのように倒れ堕ちる。何をされたのかも分からないまま私は自分が敗北したことを悟った。

 なぜなら……


「素晴らしい! まさかその歳でこれほど錬度の高い魔術を使いこなせるとは! 最後のはもしかして君の固有魔法(オリジン)かね!? どういう仕組みか私にも教えてくれたまえ!」


 魔術師の男はなぜか"無傷"で私の前に立っていたからだ。

 新しい玩具を見つけた子供のようにはしゃぐ男は、こちらに少しずつ近づいていく。


 ──このままだと……死ぬ。殺される。


 それが分かっていても私の体は私の意思に反して動いてはくれなかった。


「ああ、才能とは実に素晴らしい。まるで至高の宝石、その原石を見つけた気分だよ……」


 恍惚とした表情で歩み寄ってくる男は頬を紅く染め、


「私は君が欲しい!」


 まるで恋する乙女のようにその告白をした。

 気持ち悪いと思う暇もなく、男の手が無遠慮にも私の方へと伸ばされ……


「おい。その辺にしとけよ、"爺"」


 横からにゅっと伸びてきた手に腕を掴まれるのだった。

 視線だけそちらに向けると、そこには燃えるような赤毛を揺らす師匠の姿があった。


「し、師匠……」


「ったく、あっさりやられちまいやがって。これじゃ俺の教育方法が疑われんじゃねえか」


 溜息をつく師匠は男の手を離すと、愚痴のような言葉を漏らす。


「というかお前もお前だ。"初見殺し"をいきなり使うなんざ大人気ないにも程があるんじゃねえか?」


「ほっほ、そんな余裕なんてなかったのさ。一瞬で決めなければどちらかが大怪我をしていた可能性が高い。私は極めて合理的な判断をしたまでさ」


 男は実に親しげな様子で師匠と会話していた。

 というかその笑い方……どこかで……


「ほら、山賊も倒したんだしそろそろその変身を解けよ、爺」


「ふう、この体のほうが色々と便利なのだが……仕方ないか」


 爺? 変身? ……え? 嘘、まさか?

 嫌な予感がする私の前で、その男は自らの体を魔力で覆った。

 そうして現れたのは……


「なかなか面白いものも見れたし、今日の儂はツイとるのう」


 満足げに顎ひげを撫でるオスカー・グラハム。その人だった。

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