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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第3章 冒険者篇

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第128話 人は誰でも譲れないものを持っている

「欲しい情報は得られたか、ルナ?」


「まあね。収穫はあったよ」


 目の前で気絶した男を尻目に、私はウィスパーと向き合う。

 今回の実験は大きく分けて二つの意味を持っていた。

 一つは狂血モードの発動条件の調査。


 これに関しては元からあった仮説の幾つかを確認することが出来た。まずは狂血になるのに血を吸う行為は必ずしも関係しないということ。ならば体調面より精神面が原因として大きいのだろう。だが、今回の山賊との戦闘において、私は狂血モードになることはなかった。つまり……


「憎しみや殺意……そういう感情がトリガーって訳じゃないみたいね」


 あの時の状況を見るに、その可能性はかなり高いように思えたのだが……どうやらハズレだったらしい。


「一応確認なんだが、本当にそういう感情が心から持てたのか? 言っちゃなんだが『出来るだけ殺さないように』なんて言った本人が純粋な殺意なんて持っているようには思えない。いや、まあ、それが良いことだとは思うんだが……」


「言いたいことは分かるよ」


 確かにあの時と比べればいくらか状況は緩い。

 彼らを殺す必要性がそれほど高くないからだ。

 だが……


「殺意ならちゃんとある。あんなこと、そう簡単に忘れられるわけなんかない」


 思い出すのは幸せだった日々。

 その日常をぶち壊した象徴として私は彼らを認識していた。


「私は……コイツらみたいな他人の害にしかならない存在が許せない」


 床で気絶している男の息の根を止めることは簡単だ。

 だが、それをする権利は私にはない。

 さきほどの様子を見るに、私が以前会った山賊とは別の団のようだし、私が報復をする理由が何もないのだ。

 それでも私の大切な人が傷つけられるというのならこの手を振るっただろう。だが現状はそうする理由も特に思いつかない。


「師匠にも人の生死にはなるべく関わるなって言われたしね。恨みを買って遺恨を残すくらいならほどほどで済ますことにするよ」


「……そうか」


「もしかして幻滅した? ウィスパーはなんだか私のこと過大評価していたみたいだけど、私の根っこなんてそんなもんだよ。自分の周囲にさえ火の粉がかからなければそれでいい。要は究極のエゴイスト。私は私がやりたいからそうしているだけ」


 善悪で言えば確かに私の行ってきたことは善なのかもしれない。

 だけど間違っても正しい行いではない。それだけは確かだ。

 最近ウィスパーまでリンのように私を慕うような雰囲気を感じていたから、ここらで一度リセットしようと思っての言葉だったのだが……


「人の行いに善悪の二元論は通用しない」


 ウィスパーは落胆するでも失望するでもなく、いたって真面目な表情でその台詞を口にした。


「だから俺はもう正しいかどうかだけで物事を評価することはやめた。俺が今基準としているのは視点を変えれば移り変わる善悪でも、どっかの誰かが決めた成否でもない。ただその生き方が美しいとさえ思えればそれで信仰するに足ると思っている」


「……えと、つまり?」


「正しくなんてなくてもいい。ただのエゴでも構わない。お前がただ、俺の思う美しい姿のままでいてくれるなら、俺はお前に幻滅することは決してない」


 ……マジか。

 ホルンの街で再会したあたりから変だとは思っていたが……まさかここまで病状が悪化していたなんて。


「ウィスパー、悪いことは言わない。その信仰は邪教に通じるものだからすぐにでも捨てなさい」


「断る」


「くっ……ランチメニューのデザートを要求したときと同じ返事……これは梃子でも動きそうにないわね」


 基本的に私とリンには甘いウィスパーだが、大の甘党の彼はスイーツの類を決して譲ろうとはしない。凶悪な顔してるくせにそんなギャップはいらないんだよ。

 しかし……面倒なことになったな。

 第一信者リンだけならまだしも、二人目……しかもこんないかつい兄ちゃんから敬われても私はちっとも嬉しくない。何とかしなければ……


「そろそろ移動しよう。時間をかけすぎるのは具合が良くない」


「分かってる。この話は後だ」


 ウィスパーの思想教育に小一時間ほど時間が欲しかったが、今はそんな場合でもない。目的が完了した以上、私達はすぐにでも撤退しなければならない。

 今回の実験の目的、その二つ目は先ほどの尋問だった。


 私が顔を晒したのもそこに起因する。

 男の話ではルナ・レストンという人物についての情報は聞いたことがないという。どうやら私の情報もそれほど広く浸透しているわけではないらしい。油断は出来ないが、どうも意図的に情報を操作している人間がいる気がしてならない。


 そして恐らく……というか間違いなくその人物こそが私の情報を山賊に売った張本人だ。私が探さなければならない人物。その情報が私は欲しかった。


(この場合、大した情報が得られなかったことを惜しむべきなのか、私の情報が拡散されていないことに対して安堵するべきなのか……)


 もしも私の情報が男の耳に入っていれば、その出所を辿ることも出来ただろう。だが、それは同時により多くの人間に私の素性が知られているということでもある。


(……今は考えても仕方ない、か。あまり実りある結果にはならなかったけど少なくとも確認することは出来た。小さくても一歩進んだと見るべきかな)


 情報がないという情報を得ることが出来た。

 今はそう思うことにしよう。

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