第12話 ルナ・レストン、5歳! 万歳!
5歳!
いやー、ここまで長かった。うん。本当に。
今までバランスの悪かった体もようやく落ち着いてきたし、後は縦に伸ばしていくだけだね。
「お皿、下げますね」
「おお、ルナちゃん。いつも偉いねえ」
常連のお客さんに、ぺこりと一礼して食器を下げる。
私は今、両親の経営する定食屋のお手伝いをしている。
別にお小遣いが欲しかったわけではない。お父様に暇なら手伝えと言われたのだ。5歳児に働かせるなんて、お父様もなかなかスパルタだよね。労働法に引っかかりますよ?
「いやー、しかしニックの奴がなあ」
「突然のこと過ぎてご家族も驚いたろうに」
「……? 何の話ですか?」
あくせく働いていると、お客さんの会話から覚えのある名前が出たので気になってしまった。
ニックさんはうちの常連で、とても優しいおじさまだ。
どうもこの世界では優しい人ほど犯罪値が低いという法則でもあるのか、ニックさんもその例に漏れず限りなく0に近い数値だったのを覚えている。
「ああ、ルナちゃん。そういえばニックの奴に大分可愛がられてたもんな。気になるか。でもな……」
「いずれ分かることだし、早めに教えてあげたほうがいいんじゃないか?」
「……だな」
なんだろう。とても言いにくそうな感じ。
「ニックはな……一昨日事故で亡くなったそうだ」
「えっ!?」
死んだ? ニックさんが?
「ああ。ショックだよな。でも事故ばっかりは仕方ない。あんまり落ち込まないようにな?」
「この店の看板娘がしょげてちゃ飯がまずくなる」
「……はい」
そっか……ニックさん亡くなったんだ。確かまだ30代だったはずなのに。
でもこの世界の平均寿命から言えばそれほど短命とも言えないんだよね。
良い人ほど早く亡くなるって本当なのかも。
はあ……ニックさん、いつも優しくてチップも多くくれる良い人だったのに……。
…………いや、別にチップがもらえなくなって残念なわけじゃないよ?
「あ、そうだルナちゃん。今日はニックの代わりに俺がチップを出そう。ほら、取っときな」
「わぁっ! ありがとうっ! おじさま!」
にっこり。
「……なんだろう。今、とてつもない豹変を目の当たりにした気がする」
はっ!? 確かにこのタイミングの笑顔はあれだったか。
最早チップに対して速攻笑顔が癖になってしまっていた。
我ながら怖い習性を持ったものだ。
「ルナちゃーん、どこー?」
「あ、お母様が呼んでる。行って来ますね」
「ああ、またな」
「次は俺もチップ用意しておくよ」
ふふ、やったぜ。これでまた金づr……じゃなかった。常連さんゲットだ。
「ああ、ルナ。そろそろお客さんも減ってきたから休憩入っていいぞ、ってお父さんが」
お、どうやら今日のお仕事は終わりらしい。
「それなら外に行って来てもいい?」
「またイーガー先生のところ? 別にいいけど、暗くなる前に帰ってきてね?」
「うん。分かった」
ティナの許可を得た私は走っていつもの孤児院に向かう。
後ろでティナが「こけないでねー!」とか言っているが、私ももう5歳だ。こけるわけがない。
最近、ティナの絡みが緩和してうざいから優しいに変わり始めていてちょっと嬉しい。散々言葉遣いを直せと言われたのは少し困ったけど。だって敬語が一番話しやすいし。
けどまあ、親に対してまで敬語を使うのはちょっと変だったかもしれない。
最近は大分慣れてきたけど、二人目の母親に距離感を測りかねてた部分もある。今はもう、素直に話せるけどね。お母様大好きっ!
実際に言葉には出さないけど。
だって伝えたら絶対めんどくさいことになるもん。
「……あ、ルナだ」
「あー、白い子白い子!」
「白い子きたー!」
孤児院の運動場で私を出迎えてくれたのはいつもの三人組。
イーサン、デヴィット、ニコラだ。
というか白い子白い子、うるさい。
「マリン先生は?」
「中でお勉強教えてるよー!」
「……それで貴方達は?」
「「抜け出してきた」」
ビシッ、と親指を立てて良い顔をするイーサンとデヴィット。
「……僕は巻き添え食らってね」
そしてニコラは被害者だったらしい。でもあんた今更教わることないし、別にいいでしょ。
「白い子も一緒に遊ぼうぜー」
「残念でしたー、私はマリン先生に会いに来たの。貴方達はお呼びじゃないわ」
「えー、なんだよそれ。つまんねーの」
イーサンももう8歳なんだからそろそろ落ち着きを持てばいいのに……ん?
「ねえ、イーサン。何持ってるの?」
「ん? これ? 騎士団のおっちゃんに模擬剣貰ったんだよ。子供でも持てる短めで軽いやつ」
「へー」
この世界では野生の動物や、魔物と呼ばれるモンスターに対抗するため、各町に騎士団の詰め所を設置している。
そして、イーサンの将来の夢は騎士になること。またどこかの詰め所に入り浸って、おねだりしてきたのだろう。
「騎士ごっこも大概にね」
「ごっこじゃねえし! そこまで言うなら俺の剣筋見てみるか? 師匠にもなかなかのもんだって褒められたんだぜ!」
そう言ってぶんぶんと模擬剣を振るイーサン。隣で真似したデヴィットも素振りを始めるが……ふむ。なるほど確かにイーサンの方が早いし、体が流れてない。
「なかなかやるじゃない」
「なんだよ、その上から目線な物言いは。女の癖に生意気だぞ!」
「……何ですって?」
女の癖に生意気?
ほほう、イーサン、君死にたいらしいな。
「貸しなさい、デヴ」
「えっ……白い子何するつもり?」
「あの馬鹿たれイーサンに痛い目見せるのよ」
「はっはー、何言ってんだ。お前が俺に勝てるわけないだろっ!」
駄目だ。カチンときた。
私を女扱いしたこともそうだし、勝てるわけがないとな。
どこまでも舐めくさりやがって。
「あ、でも。太陽出てるし、あんまり無理しないほうがいいんじゃ……」
「下がっててニコラ。男にはね、戦わなきゃいけない時があるのよ」
「……ルナ、女の子じゃん」
細かいことは気にしない気にしない。
でも太陽の下ってのは確かに厳しいハンデだ。
早いところ決着をつけよう。
私の方が強いという決着を!
「行くぜ、白い子!」
「来なさい、イーサン!」
模擬剣と言えど、本気で振れば怪我もするだろう。こんな子供の内から合わせ稽古なんてするもんじゃない。けど……私には見える。イーサンの剣筋が。
たっ、と軽いステップで地面を蹴る。
右へ、左へとフェイントをかけてからの奇襲。私の剣はイーサンの右足を狙い、真っ直ぐに宙を翔けるが……
「甘いぜっ!」
かいんっ! と軽い音と共にイーサンの剣に弾かれる。
けど……それも読みの範囲内。
「えっ!?」
剣を捨て、生身で特攻した私にイーサンが驚きの声を上げる。
だって、ねえ? 剣で戦ったところで勝てないのは目に見えてるし。
「取った!」
最早タックルのような勢いでイーサンの体を地面に引き摺り落とし、即座に関節を極める。実は私、元柔道部なのよねー。体格で負ける相手だろうと、これぐらいは出来る。
「参った?」
「参った、参ったから外してくれっ! いたッ、痛たたたたたっ!」
ふう、これに懲りたら二度と私を女扱いしないことね。
……なんか、最近どんどん口調が女っぽくなってる気がするけど。
いつか男に戻れると信じて強く生きろ、私!
「ちぇっ、剣の勝負なら負けないのに」
「ルナに一杯食わされたね、ほらイーサン。怪我はない?」
「ニコラ、お前なんでそんな嬉しそうな顔してるんだよ……」
「べ、別に。ルナの綺麗な肌に傷とか付かなくて良かった、なんて思ってないから!」
思いっきり言ってますやん。ニコラさん。
ニコラは三人組の中で唯一、私をルナと呼ぶ。それだけでもう、どういうことなのか分かっちゃいそうだよね。
成長した幼馴染に思わず嘆息していると……
「何をしているのかしら、あなた達?」
「「「「…………げ」」」」
授業をサボった罰として、私達はマリン先生にこってり絞られましたとさ。
……というか何で私まで。別にここの生徒でもないのに。