第126話 実験開始
山賊を倒すことになった私達一行。
その実行部隊は僅か5名の編成になっていた。
吸血鬼としての高い身体能力と闇系統魔術を誇るが、日中の活動ということで僅かに心配要素の残る私。
そんな私の相方として申し分ない働きが期待できるリン。その高い敏捷性から刃渡りの短い反りの入った刀のような刃物を二本携えている。
更にほとんど強引に参加することになったウィスパーは支援魔術を使っての援護がメインだ。
他の二人のメンバー、師匠とグラハムさんに関してはどれくらい戦えるかというのは正直把握できていない。師匠が本気を出したところなんて見たことがないし、グラハムさんに至っては戦っている姿すら見たことがない。
だけど、実行前に言っていた師匠の口ぶりでは心配は全く要らなさそうだった。
「え? 師匠達が陽動、ですか?」
「ああ。お前らは残党狩り兼退路の確保役だ。しっかり頼むぜ」
師匠は私達をおまけ程度にしか見ていないのだろう。本当に必要なのか怪しい立ち位置だが……今回の私の目的を考えればその方が都合はいい。
「さて……そろそろ師匠達が動き始めた頃かな」
二人と別れて待機していた私は近くに居たリンを手振りで呼ぶ。
「それじゃあ……いいね? リン」
「……うん」
私の手を取り、そっと身を寄せるリン。
ふわりとスイセンの花のような甘い香りが鼻腔をくすぐる。
まるでキスでもするかのような距離で見詰め合う私達。
「……ルナ」
緊張ゆえか僅かに頬を高潮させたリンは私の名を呼ぶと……全てを受け入れるかのように瞳を閉じた。
まるで彫刻品のように整った顔立ちに、真っ白な肌。
はらりと首筋を撫ぜる髪はまだ幼さを残す肉体に淫靡な影を落とす。その妙に色気のある首筋を見ていると、自然と喉が鳴った。
今すぐにでも襲い掛かりたい葛藤と、こんなことに付き合わせてしまう罪悪感を覚えながら私は……その美しいリンの首筋に歯を立てた。
「あっ……んんっ……!」
一説によると吸血鬼は蚊などと同じように吸血する際に痛みを感じないように、また相手が逃げ出したり出来ないようにある種の毒を対象の体内に注入するのだという。
血を吸われる事が心地良くなるように。もっと吸って欲しくなるように。
つまり一言で言うなら……吸血されると"気持ち良くなる"らしいのだ。
「る、ルナ……あ、んっ!」
荒い息を繰り返しながら火照った体を押し付けてくるリン。
とても可愛らしい。このままずっとこうしていたいけど、流石にリンの体調が心配だ。リンにはこれから一仕事してもらわないといけないからね。
「んっ……そろそろ良いかな。ありがとね、リン」
「はあ……はあ……だ、大丈夫」
若干足が震えているような気がするけどそこは身体能力に優れた獣人種。
息を整えるにつれ、足取りもしっかりしてきた。流石にタフだ。
「それで感覚はどうだ」
事の成り行きを見守っていたウィスパーが私に問いかける。
手を握ったり開いたりして体の具合を確かめた私は魔力を集中し、影槍を作ってみる。うん……これはいつもの吸血モードだ。
「大丈夫。意識もはっきりしてるし問題ないよ」
「そうか……なら吸血は関係ないってことだな」
今回私が確かめたかったこと……それは以前に私が意識を失うほどに吸血衝動に呑まれてしまった狂血モードの発動条件についてだった。
幾つかの仮説はあったのだが、その中でもシンプルかつ最悪なパターンが私の吸血モードが悪い方向に進化してしまった場合だ。これに関しては対処方法がない。血を吸わなければいずれ吸血衝動が抑えきれなくなる可能性もあるからだ。
「ふう……ひとまずは安心ってところか」
深く息を吐いたウィスパーは手に持っていた魔鉱石を懐にしまう。
それと合わせて私は足元に広がっていた魔法陣から外に出る。
今回、もしも私が狂血モードになってしまった場合に備えて拘束用の術式を準備してもらっていた。それでも危険には変わらないけど、私はどうしても確かめておきたかった。私の血の、その全てを。
「リンもありがとね」
「……構わない。ルナが望むなら」
健気なことを言ってくれるリンの頭をぽんぽんと撫でつけ、私は改めて正面に向き直る。
「さーて、それなら実験第二段階……行ってみますか」
周囲の地形を利用した天然の要塞。その最深部にあるという山賊のアジトを眺める。吸血モードになった今の私ならそれが視認できた。
「ははっ……この感じも久しぶりだ」
自分で自分が笑っているのが分かった。
師匠には残党を狩るように言われていたけれど……やっぱりそれだけじゃ面白くないもんね。
好戦的な態度は普段とは違うもう一人の私の証明。
その笑みは天使のようと言われていたかつてのそれではない。
例えるなら……
「さあて……狩りの時間だ」
獲物を見つけた獣の笑み。
紅く光る瞳の奥には隠しきれない嗜虐心が火を灯していた。




