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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第3章 冒険者篇

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第121話 見えぬ裏切り者

 私が吸血鬼であるということを知っているのはこの国の上層部に加え、師匠、グラハムさん、そしてあの時馬車にいた人達……つまりはティナだ。

 世界中に知らされるよりは随分ましだけど、それでも気が重いのには変わりがない。この調子でどんどん知られていけば、いずれ師匠達でも庇いきれなくなるだろう。

 その点だけはしっかりと注意された。


 ちなみにアリスは私が吸血鬼であることを知らない。

 師匠が気を使って、その部分だけぼかしてくれたみたいだ。

 アリスもまた種族のことで悩んできた一人。その苦悩を一番傍で見ていた師匠にすれば、伝えるに伝えられなかったのだと思う。


「だけど良かったな。お前を心配してくれる人もちゃんといたみたいで」


 宿への帰り道に、隣を歩くウィスパーがそう言った。


「そうだね……感謝してもしきれないよ」


「恩ならこれから少しずつ返していけばいい。お前もそのつもりなんだろ?」


 ウィスパーの言葉に頷き返す。

 私に何が出来るかは分からないけど、私に出来ることなら何でもするつもりだ。アリス達は私にそれだけのことをしてくれた。


「まずは王都に行ってお母様の無事をこの目で確認してからになるけどね」


「……やっぱり行くのか」


「うん。リンのことは王都に付くまでに何とかするよ」


 近くの街で待っていてもらうとか、その辺の対応になりそうだけど。

 リンは私の友達だ。無碍に扱うようなことだけはしたくない。だからまずはリンの意見も聞いてからになるけど……もしかしたら私は選ばなければならないのかもしれない。


 アンナやアリス達のいる場所を陽だまりのような表の世界だとするならば、リンやウィスパーがいるのは陽の当たらない裏の世界。

 もしも、どちらか一つの世界でしか生きられないとするならば……一体、私はどちらを選ぶのだろう?

 今はまだ答えが出せなかった。


「問題は山済みだけど……やるべきことが分からなかった頃に比べればマシだ。結局、一歩ずつ進むしかないってわけね」


「……そうだな」


 私の言葉にウィスパーは思案顔だった。

 多分、アリス達と別れる際に言われたことを思い出しているのだろう。

 それは……


「ルナ、最後に一つだけいいか?」


「何です師匠?」


 いつになく真剣な顔で、師匠は言った。


「俺がお前の事情を知ったのは事件が起きた後だ。だが……明らかにあの事件はお前を狙ってのものだった。これに関しては裏も取ったから間違いない」


「ああ、そのことですか。それに関しては私も気になっていたんですよ」


「お前がそのことを隠していたのは一緒に暮らしていた俺ならすぐに分かった。恐らくほとんどの人間に打ち明けていなかったんだと予想している」


 流石は師匠だ。

 まさにずばりの推測。

 実際はほとんどではなく、全くのゼロなんだけど。

 しかし……そうなると一つだけおかしなことがある。


「ルナ、これだけは忘れるな」 


 私の情報は……"一体、どこから漏れたのか"?


「お前の情報を売った人間が必ずどこかにいる。それもお前の近しい人間の中に。そのことを忘れるな」


 最後に忠告を残した師匠の言葉を思い出す。

 それは私にとっては辛い宣告だった。

 考えたくない……しかし、考えなくてはならないこと。


 私はずっと自分が吸血鬼であることを隠してきた。故に、それを知る人間は私以外にいないはずなのだ。それに気付ける者がいたとするならば……よほど私に近しい人間。それしか考えられない。

 自分が吸血鬼であるということがばれないように、私は細心の注意を払っていた。だけど、もしかしたらどこかでぼろを出していた可能性は否定できない。


 両親の店にいた常連客の中にいたのかもしれない。

 孤児院で勉強する仲間の中にいたのかもしれない。

 それは分からないが、"そいつ"は確実に存在する。

 私の情報を売った誰かが……


「……ルナ、大丈夫か」


「え?」


「怖い顔をしていた」


 ウィスパーの言葉に自分の頬に触れてみる。

 自分では分からなかったが……ウィスパーがそういうのならそうなのだろう。


「リンの前では気をつけろ。心配される」


「……そだね。気をつけるよ」


 正直、今の私は混乱していた。

 もしかしたら友達だと思っていた人達の中に私を裏切った者がいるとすれば……軽い人間不信になってしまう自信があった。

 私が事件に遭ってから出会った人間……つまりはリン達にこの疑いはかからないが逆に言えばそれ以前にあった人間は全て容疑者になる。疑いたくなんてないが、これを忘れれば今後また手痛いしっぺ返しを喰らう可能性がある。

 私の情報を売った人間は間違いなく、私に敵意を持っているはずだから。


「また難しい顔をしているぞ」


「あー……これはちょっと今日中には無理かも。処理する情報が多すぎて、考えがまとまらないよ」


 実際、考えることが多すぎる。

 リンのこと、アリスにはいつ打ち明けるか、隠し通せるなら隠すべきなのか、シアを今後どうするか、そして……私を売った人間は誰なのか。


 元々、考えても分からないことは放置するスタイルの私だが今回ばかりは無理だ。というか、自分のことならいくらでも後回しに出来るけど彼女達の問題となれば考え込まずにはいられない。

 私が……何とかしないと。


「辛くなったら言えば良い」


「……え?」


 考え込む私の隣で、ウィスパーが正面を向いたままそう言った。


「俺は前に言ったな。お前に憧れているって。だけどそれも今日の話を聞いたら少し無責任なことだったのかもしれないと思ってな」


「そんなことないよ。実際、言われて私、嬉しかったから」


「だが……お前はまだ子供だ」


 まるで自嘲するかのような笑みを浮かべ、ウィスパーは言葉を続ける。


「戦うお前を見続けてきたからかな。どうもそのことが頭からすっぽ抜けてたんだよ。許してくれ。こうして隣を歩いているってのに、俺はお前のことを何も見えちゃいなかった」


 今度は立ち止まり、私を正面から見つめるウィスパー。


「きっとお前は二つの顔を持っているんだと思う。人に優しく、誰にでも愛を与える表のお前と凛々しく障害全てを排除する裏のお前。俺たちは……俺とリンは裏のお前の顔を見てきすぎた。だから今日のお前を見ていて思ったよ。多分、お前はそっちがより本質に近いんだろうってな」


「それは……」


「分かってる。どっちの顔もお前だ。そのことは分かっている。俺が言いたいのはどっちにしろお前は与える側だったってことだ」


「与える側?」


「ああ。それが愛にしろ憎にしろ、な。お前の中の血がそうさせたんだろうけど……俺にはお前が酷く孤独に写った」


 孤独。

 ウィスパーは私の在り方をそう断言した。


「なんていうのかな……うまく言葉に出来ないが……一言で言うなら"子供らしくない"。体は子供でも、精神だけ成熟した大人みたいだ」


 ウィスパーの言葉にビクッと体に震えるような感覚が走った。

 恐らくそれは私の本質をより的確に現している言葉だから。


「そうするともしかしたら俺たちに見せている顔も本当のお前じゃないのかもしれないと思ってな。そう考えると……なんだか少し悲しくなった」


「……私は私だよ。他の誰でもない」


「ああ。それも分かっている。だけど……なんでだろうな。お前は本当のお前を見せてくれていないような気がする」


「?」


「もしかしたらお前自身も気付いていないのかもしれないけど……俺にはお前が何かを演じているように見えるときがある」


「え……」


「気を悪くしたならすまない。俺がそう勘違いしただけかもしれないが……お前が少し気にしていたみたいだったからな。参考になればと思って」


 参考……ああ、前に言っていた私の性格が吸血鬼の血に関係しているかってくだりの話か。確かに、今日の話し合いで昔の私の面影を見たウィスパーには今度こそ比べることが出来たのだろう。

 そして、さっき言ったことがそのままその感想だったと。

 それならそう先に言ってくれればいいのに回りくどい。


 だけど……そうか。ウィスパーにはそういう風に見えていたのか。

 ウィスパーの言ったこと、その心当たりが私にはあった。


 それは吸血鬼の血のことでも、色欲の罪に関することでもない。

 それは私の性別に起因する話だ。

 ここのところそれに触れる機会もなかったから忘れかけていたけど……私は男だった。すっかり馴染んでしまった口調も、長く付き合えばやはりどこか違和感はあったのだろう。

 そのことに気付いてもらえたことが今は嬉しかった。


「ありがとね、ウィスパー」


「……まさか感謝されるとは思わなかった」


「はは、何でよ」


「いや、結構ひどいことを言ったつもりだったから……」


「そんなことない。全然そんなことないよ」


 私は本心からその言葉を口にする。

 私は本当に嬉しかった。

 ずっと仮面をかぶり続けた私。男なのに、女であるように振る舞い続けた私は誰一人正面から向き合ってこなかった。だけどそれでも……本当の私を見つけてくれた人はいたのだ。


「だから、ありがとね。ウィスパー」


 もしかしたら彼には話すことになるかもしれない。

 本当の私のことを。

 宿への帰り道、私はぼんやりとそんなことを考えていた。

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