第119話 どんな人にも可愛いと思える部分がある
私達が助けた少女はシアと名乗った。
シアはこれまでの不遇な生活の反動もあってか、非常に人懐っこかった。具体的には私から一切離れようとせず、一晩中引っ付いていたくらいに。
いや、もうこれは人懐っこいとか言う話ではない気がするが慕われて悪い気はしない。ひとまずは好きにさせることにした。
「私も一緒に寝る」
私とシアが一緒に一晩を過ごすことが決定して、まずリンがそう言った。
もしかしたらお泊り会のような雰囲気に浸りたかったのかもしれない。左右の両方を女の子に囲まれて、私は非常に良い気分で眠りに付くことが出来た。
……え? ウィスパーはどうしたのかって?
勿論、別室に一人で寝てもらいました。当然だね。
彼には前科もあるので、油断は出来ない。人としては信用できても、男としては駄目だ。というか私が男と一緒に寝るなんてことが許容できない。どの道無理だ。
そんなこんなで戦闘の疲れも吹っ飛ぶような一夜を過ごした次の日。
私は再び、アリスの使っている宿を訪れていた。
今回も話し合いがメインなので、恐らくいても話がややこしくなるだけであろうリンとシアには宿で待機してもらっている。そんなに一度に押しかけてもスペースが足りないしね。
「来たわね、ルナ」
私達が宿に着いたとき、アリスと師匠は宿の一階に併設されている酒場で食事を取っていた。時間を考えてもそれはおかしくないことだったのだが、見知らぬ老人が相席していることが気になった。
どうも知り合いらしい雰囲気だが……昨日は見なかった人物だ。
「えっと……こちらの方はどちら様です?」
「ただの爺だ」
私の問いに答えたのは師匠だった。
いくらなんでも端的かつ、辛辣すぎると思う。
「ちょっと、マフィ。私達の旅に協力してくれた人をそんな風に言ったら失礼でしょう」
「ほっほ、構わん構わん。儂が爺なのは事実だからのう」
珍しく他人をフォローするアリスに、それを笑って流す老人。
「とはいえ美しいお嬢さんを前に名乗らないのも失礼じゃろうの。興味はなかろうが一応自己紹介させてもらうと、儂はマフィとは古い友人に当たるオスカー・グラハムというものじゃ。お前さんが王都に戻るつもりがあるのなら同行することになるじゃろう。よろしく頼むぞ」
年齢の割りにフレンドリーに接してくるグラハムと名乗った老人。
師匠の知り合いということは少なくとも信頼できる相手と見ていいだろう。
「始めまして、ルナ・レストンです。よろしくお願いします。でも、私はアインズに向かうつもりなので同行するのは途中までになると思います」
軽く握手を交わしながら、先にこちらの目的地を伝えておく。
王都とアインズでは方向が全くの逆……とまではいかないものの、それなりに距離が離れている。ティナがどうなったかを真っ先に知りたかった私は実家に向けて直帰するつもりだったのだが、
「あー、そのことだがな。ルナ、多分お前は王都に行った方がいい」
「え?」
「今日はそのことを伝えようと思ってな。ま、とりあえず座れよ。そっちの兄ちゃんもな」
師匠に勧められ席に着く私達。
グラハムさんにはメニューを勧められたが、話の続きが気になった私は遠慮することにした。
「それで師匠、王都に行くべきっていうのはどういう意味ですか?」
「いや、お前がアインズに帰ろうとしている理由ってのは多分母親のことを心配しているからだろうと思ってな」
何でもないように語る師匠だったが、私は内心驚いていた。
彼女の口からティナの話題が上がるとは思っていなかったからだ。
「し、師匠は知ってるんですか!? お母様がどうなったか!?」
ガタッ! と勢いよく身を乗り出す私に、師匠は「まあ、落ち着け」とどこまでものんびりした口調で告げる。
「お前のお袋さんは無事だよ。大怪我こそしたが、王都の治療院で手術を受けることが出来てな。今頃はもうぴんぴんしているはずだぜ」
「…………」
「……ルナ?」
硬直した私を心配してか隣のアリスが名前を呼んでくる。
だが、今の私にはそれに反応するだけの余裕なんてなかった。
だって……
「よ……良かった。本当に……良かった」
私はその時、人は驚いた時以外にも腰を抜かすことがあるのだと知った。
ぺたん、と椅子にへたり込んだ私の胸中にあったのは痺れるような安堵だった。
「……私、ちゃんとお母様にお礼が言えるんだ」
今はただ、もう一度会えるという事実が嬉しかった。
「お母様にお礼を言うのも良いがな。その前に、俺への感謝も忘れないでくれよ」
「へ?」
「ルナ、あなたのお母様を治療院に通えるように手配したのはマフィなのよ。事件があったのを知ってからすぐに動いてくれたんだから」
師匠の言葉に疑問符を浮かべる私に、アリスが説明してくれた。
どうやら師匠は私が乗った馬車が山賊に襲われたことを知り、調査と怪我人の介護を務めてくれたらしい。普段のものぐさな師匠からは考えられないことだが……私には以前にも師匠に助けられた経験がある。
あの時のことを思い出せば、その光景は容易に思い浮かべることが出来た。
「そ、そんな……私、なんてお礼を言ったらいいのか……」
「だから言ったろ。存分に感謝しろってな。これでお前は俺に一生頭が上がらないわけだな、けけけ」
けらけらと意地の悪い笑みを浮かべる師匠。
こんな時にまでふざけてみせるのは、きっと私が必要以上に恐縮することがないようにだろう。長い時間一緒に過ごした私には分かった。これが師匠なりの照れ隠しなのだと。
「ありがとうございます……師匠」
深く深く頭を下げる私に、師匠はなんとも言えない表情で言葉に詰まっていた。普段から捻くれたこの人は真っ直ぐに感謝された経験がほとんど皆無なのだろう。傍若無人な師匠にしては珍しく狼狽していた。
「ま、まあ……あれだ。俺とお前は師弟だからな。こんくらい、気にすんなっ」
頬を染め、そっぽを向きながらそう言った師匠に、私は始めてこの人を可愛いと思った。
子は親に似るというが、もしかしたらアリスのツンデレはこの人からうつったのかもしれない。なんて、そんな益体のないことを考え付く私だった。




