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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第3章 冒険者篇

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第118話 孤独の痛みを知る者

 ウィスパーが指差した先、そこに待っていたのは黒っぽいシルエットをした一人の人物だった。小柄なその人影は私を発見するや否や、ものすごい勢いで駆け寄ってきて……


「ルナっ!」


 まるで弾丸のような勢いで私の胸に飛び込んでくるのだった。

 その声、温もりには覚えがあった。


「リン、もしかして待っててくれたの?」


 私が聞くと、リンはこくりと小さく頷いた。


「遅くなってごめん。心配かけたね」


「私のことは良い……ルナが無事で良かった」


 帰ったばかりだというのに、なんと嬉しいことを言ってくれるのだろう。

 嫁にしたい可愛らしさだ。リンちゃんマジ天使。

 だけど、今はリンの可愛らしさに骨抜きにされている場合でもない。それより先に確認すべきことがある。


「リン……"あの子"はどうしてる?」


「今はルナの部屋で休ませてる。できれば診に行ってあげて欲しい」


「分かった。すぐに行くよ」


 そっとリンの体を離し、宿に向かう。

 途中でリンはちらりと私の後ろにいたウィスパーに視線を向けた。

 そして、たった一言。


「……おかえり」


「……おう」


 お互いもう少し気の効いたことが言えんのか。

 まあ、私も人のことは言えないけど。


 二人のやり取りに呆れながら部屋に向かうと、私がいつも使っていたベッドに丸まるようにしてその女の子は眠っていた。鑑定を使い、体力を確認したが衰弱してはいるもののすぐにどうこうなるような数値ではない。ひとまずは安心して良いだろう。


「……う」


 私達がドタバタと入ってきたせいか、女の子は目を覚ましたらしい。

 私達がいることを見つけると、びくりと体を震わせ、さっと反対側に身を引いた。それを見るだけで、彼女がどんな風に過ごしてきたかが想像できる。


「大丈夫。私達は貴方の味方だから。危害を加えるようなことはしないよ」


「あ……」


 私の言葉に何かを思い出した様子の少女。


「お姉ちゃんは……前に……」


「うん。あの時はごめんね。何も出来なくて」


 以前に一度、奴隷商人の屋敷で彼女の伸ばした手を掴めなかったことを思い出す。助けてと手を伸ばした相手に見捨てられるのは辛かっただろう。私は少女が怖がらないよう、ゆっくりと近づき……


「でももう心配はいらない。貴方を傷つける人はもういないから。いたとしても……私が傷つけさせない」


 ぎゅっと痛くならない程度にその小さな手を掴む。

 細く、冷たい指先は僅かに震えていた。


「お姉ちゃんが……助けてくれたの?」


 恐る恐ると言った様子で私の瞳を見る女の子。

 何と言ったものかと逡巡する私の代わりに後ろにいたリンが口を開き答える。


「ルナはあなたを助ける為に全力を尽くした。あなたにとってこれが望む結果でなかったとしても、そのことだけは分かって欲しい」


 奴隷という存在の不安定さを知るリンだからこその言葉だった。

 以前にウィスパーが言っていたように、奴隷を解放することは当人にとってメリットばかりではない。むしろデメリットの方が多いかもしれないくらいだ。


 将来の不安はあるだろう。

 過去の恐怖もあるだろう。

 だけど、それでも女の子は一度目を閉じると、


「ありがとうっ……お姉ちゃん!」


 私の体に飛びつくように身を寄せてきた。

 びっくりするくらい軽い体で、少女は精一杯の感謝を私に告げてくる。

 震えながら、今にも涙を零しそうな有様のまま。


「わたし……ずっとあの部屋から逃げ出したかった……でも、ひとりだとどうしてもできなくて……ずっと、ずっと待ってた……お姉ちゃんみたいな人が来るのを……」


 鼻声のまま、更に強く私の体に抱きついてくる女の子はずっと不安を抱えていたようだ。不安を抱えない奴隷がいるかといえば、そんなことはないが、あの環境は私やリンの時と比べても劣悪だったと思う 

 そういう意味で、彼女は私達よりずっと辛い暮らしを強いられいたのだ。


「私を見つけてくれて、ありがとうっ!」


 搾り出すようにそういった少女の言葉には聞き覚えがあった。

 聞き覚えがあるどころか、ついさっき私がアリスに対して言ったのと同じ言葉だ。

 その声を聞いた瞬間、私は妙に納得してしまっていた。


 人は独りでは生きられない。それは吸血鬼であろうと人であろうとも同じこと。暗い路地裏で独り泣いていた私のように、この少女もあの薄暗い部屋で独り泣いていたのだろう。

 そのことが分かってしまったから、

 その時の痛みを知ってしまっていたから、


「うん……大丈夫。もう大丈夫だから……」


 小さな体躯を抱きしめ、その頭をゆっくりと撫で付ける。

 安心させるように、もう独りではないよと告げるように。

 じわりと涙を溜める少女と同時に、私も瞳の奥がじんと熱くなるのを止めることが出来なかった。

 最早少女に言っているのか、自分自身に言い聞かせているのか、それすらも良く分からなかった。


「う、う……うわああああああああんっ!」


 ついに我慢しきれなくなった少女が大声で泣き始めても、私は撫でるのをやめなかった。彼女は私だから。独りで泣いていた彼女には救いが必要だと思ったから。

 彼女が泣き止むまで、何度も、何度でも。

 私は少女の体を抱きしめ続けた。



---



「やっぱり俺の言った通りだったな」


「……どういうこと?」


 ルナの後ろで事の顛末を眺めていたウィスパーの言葉に、リンが反応する。

 ウィスパーはその問いに答えるかどうか逡巡し、結局は情報を共有することにした。リンには知る権利があると思ったのだろう。長く三人でパーティを続けてきた彼らしい判断だった。


「ルナはこれで本当に良かったのかどうか迷っていた。だから俺は言ったのさ。『お前の進む道が正しい』ってな」


「……そうなの?」


「ああ、少なくとも俺はそう思っている」


 それはウィスパーの偽らざる本心だった。

 ルナの行いが良いことかどうかと聞かれれば否だ。司法局に見つかれば罪として咎められることだろう。奴隷を守る法律が存在しない以上、ルナの行ったことは客観的に見るなら強盗殺人、重罪に値するものだ。

 だが、それでもウィスパーはそれが"正しい"ことだと信じていた。

 なぜなら……


「この光景を見て、それが正しくないなんて言える人間がいると思うか?」


「……なっとく」


 たったその一言でリンも全てを認めたようだった。

 まるで過去の焼き直しのように奴隷を助けたルナ。

 その姿を眩しげに見つめるウィスパー。


 彼は言った。もう二度と義に背くようなことはしたくないと。それはルナに対する期待も多分に含まれていた。

 願わくば……その美しい心をどうか失わないでくれ。


 勝手な期待だとは分かっていても、思わずにはいられなかった。

 まるで奇跡のように純粋な心を持った彼女達がそのままに育つ未来を夢想して、ウィスパーは僅かにその口元を緩めるのだった。

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