第114話 変わらないモノ
ためらう私の手を強引に引っ張り、立ち上がらせたアリスは周囲に視線を向けて一言。
「話をするにしてもここは相応しくないわね。とりあえずこっちに来なさい、ルナ」
私の意思を確認するよりも早く歩き出すアリス。
どうやら手を離すつもりすらないらしく、私は引きずられるように彼女の後をついていくしかなかった。
この強引さ。間違いない、あのアリスだ。
懐かしい温もりを感じながら、私が感じていたのは幾つもの疑問だった。
「ね、ねえ、アリス」
「なに?」
「さっき言ってた言葉の意味って……もしかして私のこと探してくれていたの?」
先ほどのアリスの物言いにそんな予想を立てた私の問いに、アリスは、
「べ、別にルナの為じゃないわよ。そろそろ私も外の世界を見てみるべきかなーって思っただけだから。だから、その……つ、ついでよ、ついで」
これまた久しぶりにツンデレを見せてくれるのだった。
ツン成分が限りなくゼロに近いところまで変わらず。
長い期間を共に過ごした私にはすぐに分かった。
彼女のその物言いがただの照れ隠しなのだと。
だからこそ……
「ルナ?」
「……なんでもないよ」
私は胸の奥から溢れ出す感情を止めることが出来なかった。
「ただ……嬉しいだけだから」
「……そう」
鼻声のまま、ごしごしと目元を擦る私の頭にぽんとアリスの手が重なる。
そのまま、不器用な手つきでアリスは頭を撫で続けてくれた。
裏路地を抜け、彼女が現在利用しているらしい宿に着くまで。
「それで? アリスはどうして私がここにいるって分かったの?」
ある程度気持ちが落ち着いたところで私は一番気になっていたことをアリスに聞いてみた。だが、それは答えを聞いてしまえばなんてことのない簡単な理由だった。
「それはまあ、私の手柄じゃないわね。だからまずは"彼"に感謝するといいわ」
「彼?」
首を傾げる私に、アリスはその個室の部屋を空ける。
開けた視界の先、その部屋で私を待っていたのは……
「ウィスパー!?」
「……よう」
バツの悪そうな顔のまま片手を上げるウィスパーだった。
そして……
「────ッ!?」
視界を紅が駆け抜ける。
低い姿勢で疾走するソレは私の手前で止まると、打ち上げるような掌底を放ってきた。
顎下を狙ったその一撃に、私は反射的に上体を逸らし回避を試みるが……
「足元がお留守だぜ」
短い言葉と共に、ぐるりと視界が反転する。
自分が足払いをかけられたのだとすぐに分かった。
体勢が悪かったこともあり、簡単に引っかかってしまったが……
──その一連の流れには覚えがあった。
体に染み付いた感覚は、考えるよりも早く行動に移す。
足払いと同時に、自ら重心を変えバク転の要領で体勢を立て直していく。
私が正面に視線を移したときにはすでに次の掌底が私の眼前に迫っていた。
バシィ! と二の腕でガードした部分に軽い痺れのような感覚が訪れる。
「いっ、きなり何すんですか! "師匠"」
容赦のないその一撃に、私はついに叫んでいた。
前の前でにやりと笑みを浮かべる私の師匠……マフィ・アンデルに向けて。
「どうやら体も鈍ってないみたいだな」
「……まさかそれを確かめるためだけに?」
「まさか。久しぶりの師弟のスキンシップだ」
こんなスキンシップは絶対に間違っている。
下手したら初手で気絶していたぞ。
でもまあ……そんなところも彼女らしいか。
「ははっ、でもまあ思ったより元気そうで良かったぜ。五体満足だしな」
「ええ、まあ。おかげさまで」
半分皮肉で告げた言葉に師匠は「良いって事よ」と当然のように言葉そのままの意味で受け取っていた。皮肉すら通じないとは、流石師匠だ。
しかし、これまで生き残ってこれた理由の一つは確実に師匠直伝のしごきがあったことは紛れもない事実なので、特に訂正するつもりもないけど。
「それで……なんで師匠とウィスパーが一緒にいるんですか?」
「私もいるわよ!」
ああ、うん。アリスを忘れたわけじゃないよ。
だから頭をぐしゃぐしゃするのはやめて。整えるだけでも一苦労なんだから。
「俺達がこのいかつい兄ちゃんと一緒にいるのはな……」
「……これだ」
師匠の言葉を告ぐようにそれまでだんまりだったウィスパーが口を開く。
その手には一枚の紙が……というかそれ、ギルドの依頼書?
「どうやらお前の師匠と姉弟子は各地でお前のことを探していたみたいでな。ギルドに張り出されていた捜索依頼から知り合った」
ああ、なるほど。
つまり、私が以前に受けた任務のときと同じようにアリス達はギルド経由で私の捜索を大々的に行ってくれていたらしい。そして、その努力がついにこの街でウィスパーという私を知る者に繋がったと。そういうことか。
確かにこの広い世界で人探しをするとなればそれが一番確実ではある。
だけど……
「捜索って……まさか王都からここまで?」
「まあな。そこのアリスがどうしてもって言うからこっちの研究もほっぽりだして……」
「べ、別にどうしてもなんて言ってないわよ!」
「でもお前、『マフィが来てくれないなら私一人でも行くわっ!』って言ってたじゃねえか。さすがに保護者としてそれは見逃せねえし、実際あの爺にあんな約束までして……」
「あっ、あー! マフィ! それは言わない約束でしょう!?」
「え? それって言ってくれって意味じゃねえの?」
「そんなわけないじゃない! どうしてそんな変な言葉の受け取り方するのよぉ!」
「いや、だってお前いっつも言ってることと思ってること反対じゃん。どうみても」
ぽかぽかとマフィに殴りかかって反撃されているアリスには悪いけど、確かに普段のアリスの言動を考えればそれも頷ける。
「ねえ、師匠。約束ってなんのこと?」
「ん? ああ、それはコイツが……」
「だからルナには言わなくて良いのーっ!」
どうやら今回は本当に聞かれたくない内容らしく、真っ赤な顔で叫ぶアリス。
久しぶりの再会ではあるが、こういう部分は本当に変わらない。
そのことがどこか嬉しくて、私は久しぶりに……本当に久しぶりに心の底から笑ってしまうのだった。




