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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第3章 冒険者篇

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第110話 裁かれぬ罪

 薄暗い路地を歩く二つの影。

 私とリンは奴隷商人の屋敷の近くで身を潜めていた。

 頭上に広がる星空はまるで私たちの未来を暗示しているかのように曇天だった。雲間から除く月明かりだけが照らす中、私たちは最後の段取りを確認する。


「裏口から入ってすぐに別行動するから中の簡単な間取りは頭に入れておいて。それとリンは救助したらすぐに宿に戻ること。良いね?」


「……分かった」


「良し……なら行こう」


 最後に頷き、私たちは行動を開始する。

 奴隷の女の子を助けるために。


「ここだ。ここから侵入する」


 以前にも使った窓枠の傍でリンに合図すると、そっと身を寄せたリンが囁く。


「ルナ、血はどうする?」


 リンの問い、というか提案に私は逡巡する。

 ここでリンに血をもらっておけば身体能力は上昇するけど、隠密行動するにはあまり意味がない。もともとドンパチする予定じゃなかったからね。血を吸う必要はないだろう。


「今回は大丈夫。このままで行くよ」


「……分かった」


 万全を期すならここで血を吸っておくべきなんだろう。

 だけど、吸血モードになると身体能力の上昇と反比例して判断力が鈍るような気がするんだよね。攻撃的な思考回路になるというかなんというか。

 それにあの自分が自分でなくなる感覚が少し怖いという本音もある。

 出来る事ならあんな状態にはなりたくない。それこそそうしなければ死ぬという状況に追い込まれでもしない限りは。


「準備は良い?」


「……(こくり)」


 頷いたリンに私はそっと窓枠に手を伸ばし、ゆっくりと小窓を開けていく。

 大の大人には無理だろうけど、私やリン、そしてあの女の子なら通れない事もない。


(そういえば、まだ名前聞いてなかったな)


 全てが終わったら聞いてみよう。

 そんなことを考えながら私たちは以前に女の子が捉えられた部屋へと足を向ける。するとそこには以前と変わらず……いや、さらに衰弱した様子の女の子が倒れるように身を横たえていた。

 ぐっすりと眠っているようで、部屋に入ってきた私たちに気付く様子はない。


「今のうちに頼むよ、リン」


「任せて、ルナは……」


 ちらりと、こちらに視線を向けるリン。

 その表情に僅かな不安が見えた私は安心させようと、リンの頭をゆっくりと撫でてあげる。


「大丈夫。私が強いこと、リンは知ってるでしょ?」


「……うん」


 やれやれ、女の子を心配させるなんて私もまだまだ頼りがいが足りないみたいだ。ここはさくっと終わらせてくるとしよう。


 奴隷の女の子をリンに任せた私は奴隷商人がいるであろう、上階に向けて歩き始める。

 ここからだ。

 ここからが肝心なところ。

 絶対にしくじる訳にはいかない。

 これにはあの女の子の命と自由が懸かっているのだから。


 私はこれから……あの男を殺す。

 そもそも死んで当然の男だ。自らの欲のため、他者を虐げ隷属させる。そんな横暴を許してはいけない。

 罪には罰が必要だ。

 この世界の法がその暴挙を許すというのなら……


 ──その罪は、私が裁く。


(どこだ……どこにいる?)


 暗闇に包まれた廊下を慎重に進む。

 すると、僅かに火の光が漏れる部屋が見つかった。

 どうやらまだ起きているらしい。見つけやすくなったのは助かるが、少しだけやりにくくなった。

 けどまあ……やるべきことは変わらない。


 私はすっと静かに扉を開け、部屋の中に侵入する。

 男は暖炉の前でなにやら書類と格闘しているのか、こちらを背に羽ペンを走らせていた。

 完全に油断している。これなら簡単にやれそうだ。


 懐から取り出したナイフは安物の粗悪品。

 だけど、これでも男の命を刈り取るには十分すぎる。

 詠唱で気付かれてもつまらないし、魔術ではなくこのナイフで終わらせるとしよう。


(気付かないでくれよ……)


 ゆっくりと……ゆっくりと男に近づく。

 そして……


「…………ッ!?」


 これまで何度も死の淵を体験した私の直感が盛大に警鐘を鳴らしていた。



 ──避けろ! と。



 本能に導かれるまま、私は横っ飛びにその場を離れる。

 すると……ブンッ! と鋭い風斬り音と共に先ほどまで私の首があった部分を白刃が横切っていく。

 背後に視線をやれば、いつの間にそこに立っていたのか口元を布で隠した長身の男が立っていた。

 手には大振りな戦闘用のナイフ。

 あれで私の首を刎ねようとしていたのだ。


「ほう……よくかわしたな」


 男は感心したように言うと、私と商人の間に立ち塞がった。

 その可能性を考えなかったわけじゃない。これだけの豪邸だ。護衛や守護兵の一人や二人はいてもおかしくない。

 だけど……


(私がこれだけ近づかれるまで気配に気付かなかっただと?)


 吸血モードでこそないとはいえ、私は吸血鬼だ。

 その探知能力は人間の比ではない。

 それなのにそれをすり抜けて襲ってくるなんて……少なくとも油断できる相手ではなさそうだ。


「なっ、何だお前は!? どうやってここに!?」


 商人はそこでようやく私の存在に気付いたのか、派手に椅子を転げさせながら後ずさり狼狽している。

 ちっ……この男さえいなければやれたはずなのに。ついてない。

 とはいえ愚痴を言っても始まらない。

 邪魔をするというのなら……この男も斬って捨てるだけだ。


「お、おい! ハーミット! 早く私を守れ!」


「言われなくても守りますよ。そういう契約ですからね」


 商人の前で、すっとナイフを隙なく構えるハーミットと呼ばれた男。

 その堂に入った立ち姿は彼の戦闘経験の豊富さを予想させた。

 だが……


(戦闘経験だけなら……私だって負けてないぞ!)


 先手必勝とばかりに私はハーミットに向けて駆け出す。

 狙うは男の武器であるコンバットナイフだ。あれさえ取り上げてしまえば取りあえずの脅威はなくなる。いざとなれば魔術もあるし、私が負けるってことはまずないだろう。


 となると問題となるのは商人がこの場から逃げてしまわないかというただ一点。

 それなりに意識した立ち回りをしないと、見逃す可能性が出てくる。

 今までにない戦い方になるが……やるしかない。

 私の両手には今、少女の命が懸かっているのだから。

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