第10話 スキルって色々あるんだね
子供達に先生と呼ばれていたマリンさんは私の容態を確認すると、ひとまず落ち着ける場所で休みましょうと私を運んでくれた。
彼女が向かった先は日本でも通ったことのある幼稚園みたいな施設だった。子供達の遊び場があって、そこには簡易ブランコやシーソーみたいな遊具もある。
「ここは……?」
「大丈夫、ここは国が運営している孤児院の一つだから。怪しいところじゃないよ」
きょろきょろ見渡す私が怪しんでいると思ったのか、安心できる声でマリンさんはそう言った。
良い人だ。犯罪値も低かったし、この人絶対良い人や。
それから私は医務室みたいなところに連れて行かれ、ゆっくり休むよう言われた。全くの部外者の私がこんなところにいていいのか疑問だったけど、良いって言うなら少し休ませてもらおう。
まだ体が重いのは確かだからね。
「さて……じっとしているのも暇でしょうし、本でも読みましょうか?」
「あ……私、文字読めない……」
元日本人として恥ずかしい限りなのだが、私はまだこの世界の文字が読めない。というのも、本自体この世界では貴重なものなのか、家には一冊も読めるものがなかったのだ。
これでは流石に文字を覚えることもできない。
「大丈夫、私が読んであげるから」
よしよし、と私の頭を撫でてくれるマリンさん。
なんだかお母さんみたいで安心する人だ。
え? ティナ? あれは駄目。精神年齢が私以下なんだもん。
「昔々あるところに凶悪な竜と、それに立ち向かう勇者様がいました……」
あ、昔々から始まるのは異世界共通なのね。
分かりやすくて良いけど。
それから数分マリンはずっと話を聞かせてくれた。
話し方も上手で、慣れているのが分かる語り口だった。きっと他の子供に何度も話して聞かせたことがあるのだろう。
「……こうして勇者様は見事竜を倒し、英雄として故郷に戻るのでした。おしまい。どう、楽しかった?」
「はい、ありがとうございました」
異世界の童話というのもなかなかに面白い。
ぺこり、と頭を下げるとマリンさんは少しだけ驚いたような顔になる。なんでだ?
「えっと……まだ小さいのに随分礼儀正しいのね。いや、勿論良いこと何だけど。お姉さんちょっと驚いちゃったわ」
あ、そういうことか。
確かに敬語で話す3歳児って滅茶苦茶違和感あるかも。
でもなー……初対面の人ってどうしても緊張して、敬語になっちゃうんだよな。
「親の教育が厳しかったので」
と、いうわけで適当に言い訳しておこう。
「教育? もしかして貴方、貴族の方だったりしますか?」
若干、慌てた様子のマリンさん。
この世界でまともな教育を受けられるのは金持ちだけだ。だから誤解してしまったのだろう。ごめんなさい。私の実家は普通の庶民の家です。
「あらそうなの。本当にしっかりしているから、そういうところの子供さんなのかと思っちゃった」
普通の口調に戻る。
私はまだ会った事ないけど、貴族ってのはそれだけ力を持っているってことなのだろう。こんな子供にまで敬語を使わなくちゃいけないって大変だな。
「ああ、でも倒れたことは親御さんにお伝えしたほうがいいかしら。良かったらお名前と住所、教えてもらえる?」
あー、別に報告はいらないですよ?
原因ははっきり分かってますし。
……とは言えないよな。うん。ここは素直に教えておこう。
「分かった。ルナちゃんね。うん。この場所なら私も知っているから後で一緒に帰りましょう。お姉さんはこれからちょっと用事があるからすぐには無理だけど……うーん。ねえ、ルナちゃん? 良かったらなんだけど私のお話、少し聞いていかない?」
「お話?」
「うん。もしかしたら退屈かもしれないけど、きっと将来ルナちゃんの役に立つお話」
「……分かった」
「良し。良い子良い子。それならこっちにおいで、もう立てそう?」
「大丈夫」
マリンさんの手を借りてベッドから立ち上がる。
うん。完全回復。立ちくらみもないし、これなら歩いても問題なさそう。
私が体の調子を確認していると、部屋の隅、入り口からこちらを覗く6つの視線とばっちり目が合う。
「……先生? その子、大丈夫?」
「あら貴方達覗いていたの? 心配しなくても大丈夫よ、ちょっとした日射病だろうから。皆もこの季節は気をつけるのよ。体調が悪くなったらすぐ、日陰で休むこと。分かった?」
「「はーい」」
それはさっきまで一緒に遊んでいた子供達だった。
ガキ大将君、ぽっちゃり君、地味君。
名前を鑑定すると、それぞれイーサン、デヴィット、ニコラと出た。
いや、本当に便利だなこの鑑定。でも自己紹介前に名前を呼ぶことがないように気をつけないと。いきなり名前知ってたら不自然だからね。
「はいはい、それじゃあ教室に行きましょう。今日はこのルナちゃんも出席しますからね」
マリンさんの号令で移動したのは予想通りというかなんというか、座敷の教室だった。脚の低い長机が一定間隔で配置されており、好きな席に座るよう言われた。
「おい、お前俺の隣に座れよ。倒れたらまたすぐ運んでやるからさ」
「え? う、うん」
ガキ大将、もといイーサンに半ば強引に席に座らされる。一番前の特等席。嫌だなー、なんかすごい目立ちそう。
というかマリンさん。やっぱり先生ってそういう意味の先生だったんだ。
【マリン・イーガー 人族
女 26歳
LV1
体力:67/67
魔力:110/110
筋力:87
敏捷:56
物防:63
魔耐:79
犯罪値:26
スキル:『知能』『器用』『睡眠耐性(45)』『速読(21)』『医学の心得(76)』『教育の心得(34)』】
……うん。
何度見ても凄いスキルだ。
『知能』と『器用』はこれまで何度も見たことがあるスキル。というか人族が標準装備しているスキルっぽい。種族スキルとでも言うのかな?
効果はそれぞれ思考力と手先の感覚に補正がかかるもの。
どっちも使えるスキルだ。
吸血鬼の『陽光』『柔肌』と交換して欲しい。
というかなんで私の種族スキルはデバフオンリーなの? ふざけてる? ねえ? ふざけてるの?
ふう……落ち着け。それについては三年前から分かってたことじゃない。今更言っても仕方ない。
それより気になるのは他のスキル。
『睡眠耐性』と『速読』はもう字面から分かるけど『医学の心得』『教育の心得』ってのはどんなもんなんだろ。
【医学の心得:医療に関する知識を保有する】
【教育の心得:教育に関する知識を保有する】
うーん。この辺は相変わらず不親切な鑑定さん。
どんな能力なのかはっきり分からない。というか、この説明前も見たな。
確かお父様が『料理の心得』ってスキルを持ってて、似たような説明をされた気がする。となるとこれはその道のプロが時間をかけて入手した知識とか経験そのものを現すスキルなのかな?
うん。多分そうだ。これからはこれを職業スキルと大別しよう。
この辺は後から入手するタイプのスキルだろうし、覚えておいて損はないぞ。




