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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第3章 冒険者篇

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第105話 選択の時

 リンと一緒に街中デートを楽しんだ後、私達は治療院に向かっていた。

 一度も宿に戻っていないから、まだ二時間程度しか経っていない。

 ちょっと早すぎたかもしれないけど、遅いよりは良いだろう。

 ウィスパーにも休んで欲しいからね。


「確かこっちのほうに病室が……あれ?」


 少女が運ばれたはずの病室に向かったのだが、そこにはすでに誰もいなかった。

 女の子もウィスパーの姿もない。

 一体どこにいったんだ?


「あの、すいません。ちょっと前にここに運ばれた女の子がどうなったか分かります?」


 丁度良く通りがかったお医者さんらしき人に聞いてみる。

 すると、


「ああ、あの子ね。受取人がやってきたから引き渡したよ」


「受取人?」


 聞き慣れないその単語。

 まるで女の子を物のように扱う医師に違和感を覚えた。


「ああ。商人って言うのは儲かるんだろうな。えらい羽振りの良い男だったよ」


 聞いてもいないのに自慢げに語り始める医師。

 なんだろう……凄く嫌な予感がする。


「……行こう」


 リンの手を取り治療院を後にする。

 まずはウィスパーを探さないと。


「……ルナ? どうしたの?」


 早足で街を歩く私に、リンが心配げな表情で語りかける。


「確認しないといけないことが出来た。ウィスパーを探したいから手伝ってちょうだい」


「……分かった」


 リンは私に深く聞き返すこともなく、言う通りにしてくれた。

 もしも私の勘違いだったらそれが一番良い。邪推であったならリンに説明する必要もないからね。


「……こっち」


 以前と同じように匂いでウィスパーを追うリン。

 だけどこの道順には覚えがあるぞ。

 確か、依頼人の家がこっちだったはずだ。

 これはいよいよきな臭くなってきやがった。


「リンはここで待ってて」


「ルナは?」


「私はちょっと様子を見てくる。大丈夫、すぐに戻るから」


 リンを道端に待機させ、依頼人の家にそっと忍び寄る。

 簡単な塀があったが、吸血鬼の運動能力を前にはないも同然だ。

 家の周辺をぐるりと回りながら、中の様子が確認できる場所はないかと探し回り……そして見つけた。僅かに光が漏れる小窓から中の様子を伺うと、豪華な内装の室内が見えた。

 ウィスパーもここにいるはずなんだけど……どこだ?


(流石に中に入るのはまずいよね……さて、どうしようか)


 今の私はどこからどう見ても完全に怪しい奴だからね。

 早いところ状況を確認したいのだが……ん?

 周囲の確認をしていると、妙な物音が私の鼓膜に届いた。

 意識を集中させると、金属の擦れるような音と共に誰かの息遣いが僅かに聞こえてくる。


(まさか……)


 焦れた私は小窓を開き、強引に体を中に滑り込ませる。

 大人には通れるはずもない隙間だったけど、私ならぎりぎり通ることが出来た。完全に不法侵入だけど構わない。バレなきゃ良いのさ。バレなきゃ。

 別に何か盗むわけじゃないし、ちょっと確認するだけ。何の問題もない。


(音は……こっちからか)


 窓からかなり近かったようで、その音源はすぐに見つかった。

 鍵のかかっていないその扉を開けたその先には……


「……やっぱりか」


 前に見つけた時と同じように、ぐったりと横たわる女の子の姿があった。

 治療院から運ばれてすぐにこの部屋に押し込まれたのだろう。服装もそのまま手足に鎖付きの手枷、足枷が嵌められていた。

 どこからどう見ても監禁されている。

 そしてこれをやった人物なんて考えるまでもない。


「…………っ」


 気付けば私は血が滲むほどに唇を噛み締めていた。

 それは怒りから……ではない。

 形容しがたい情けなさみたいな感情が私を満たしていた。


「ウィスパー……なんで……」


 謎の多い男だけど、私は彼を信用していた。

 ぶっきらぼうで、強引なところもあるけど本当は良い奴なのだと、そう思っていた。


「……う」


 立ち尽くす私の前で女の子が呻き声を上げた。

 そして、ゆっくりと開かれる瞳。

 その瞳が私を捉えた瞬間に、少女は震える手を私へと伸ばし訴えかけてきた。


「……たす、けて……」


 か細い声だったが、少女は確かに私に助けを求めていた。

 咄嗟に伸ばした手。だが、それが繋がれる事はなかった。


「……それでいつ頃に売りに出すつもりなんだ?」


「次の市は三日後だ。こういう業界は信用が大切だからな。予定通りに出品することが出来て助かったよ」


 扉の向こうから聞こえてくる声。

 その片方には聞き覚えがあった。


(ウィスパー!? こっちに来てる!?)


 近づく足音に私は大急ぎで物陰に隠れる。

 こんなところを見られたら言い訳出来ない。

 息を潜めて隠れると、ぎりぎりのタイミングで扉が開かれ二人の人物が室内に入ってきた。


「見てくれ。なかなか可愛らしい顔立ちをしているだろう? これなら相当の高値が付くはずだ。労働用としては使えないがな」


「……そういう奴らに売るつもりなのか」


「誰が買うかなんてのは分からねえよ。オークションだからな。まあこんな若いガキをわざわざ買おうなんて考えるのはよっぽどの物好きだろうがな」


 小馬鹿にするような笑みと共にそう言うのは小太りの男。

 恐らくはこの家の主、つまりは依頼人なのだろう。

 そして、その依頼人と一緒にいるのが……間違いない。ウィスパーだ。


「しかしもう少し商品の管理は何とかならないのか。こんなに衰弱していたら商品価値が下がるだろうに」


「維持費にも金がかかるんでね。限界まで削減したいんだよ。なに、オークションの日まで生きてさえいればそれでいいさ。後のことは知ったこっちゃない」


 こちらに全く気付かないまま会話を続ける二人。

 変な緊張で喉が痛くなってきた。

 しかし、それにしても……やっぱり私の予想は間違っていなかったみたいだ。

 つまり少女は私やリンと同じ、"奴隷"だったのだ。

 主人の元から逃げた奴隷。それを捕まえるために私達は動かされていたのだ。


「だが見た目にも悪いだろう。せめてまともな食事くらいはさせてやるべきじゃないのか?」


「ふん。奴隷にそこまでの金は出せないね。こいつら家畜には人権は存在しないんだ。何をどうしようと今の主人は俺。売れない可能性もあるってのにそこまで金をかけられるか」


 そうとは知らず私達は少女をこんな男の元に送り返す手助けをしてしまっていたのだ。1万なんてはした金の為に。私は……この女の子を売ったのだ。

 私達が捕まえさえしなければ逃げ切れていたかもしれないのに。


「お前も次逃げたりしたら今度こそ殺すぞ? 分かったか?」


 最後にそうはき捨てて部屋を出て行く依頼人。

 どこまでも尊大な態度に吐き気すら覚える。

 どうしてそこまで非情になれる?


 相手は同じ人間だっていうのに……

 だけどそれが許される世界だというのもまた事実。

 いくら人道的に許されないことだろうと合法であれば口を挟むことは出来ないのだ。ここで私が少女を連れて逃げ出すことは簡単だ。だけどそれでどうする? 一体何が変わる? 自分たちの生活費を稼ぐことで精一杯の今、更にもう一人を抱えることが出来るのか?


 そもそもウィスパーの考えていることも分からない。

 あんな男に協力してウィスパーはどうするつもりなんだ?

 分からない……まるで迷路に迷い込んだみたいだ。


(私は……どうするべきなの?)


 世界の法律に背を向け、少女を助けるのか。

 それともここで見てみぬ振りをして立ち去るのか。


 見知らぬ土地で一人、私は選択を迫られていた。

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