第103話 暗雲
慣れない道をリンの先導のもと進んでいく私達。
本当に匂いで辿れるかは半信半疑だったけど、リンの迷いない足取りを見るにもう少し信の側に比率を傾けても良いのかもしれない。
「……こっち」
リンに導かれるまま脇道にそれる。
恐らくリンは最短距離を選んでくれているのだろう。
だけどここはもっと大きい道を選ぶべきだったかもしれない。
私達が向かったその先は行き止まりになってしまっていたのだ。
こういうところが地理に疎い弱点だよね。
「どうする。戻るか?」
「……大丈夫、問題ない」
リンは呟くとタタンッと壁を垂直走りで踏破してしまった。
さすがは身体能力に優れる獣人族。なんつー身のこなしだ。
「いや、そんなのできるのお前だけだから。流石に俺は無理だぞ」
ジャンプしても頂上に手が届かないほどの壁を前にウィスパーは完全に諦めていた。
仕方ない。ここは私が手伝ってやろう。
私は壁際に背中をつけて手を組み、ウィスパーの前に突き出してみせる。
バレーのレシーブみたいな格好だね。大体、その格好で私のやりたいことは分かってもらえると思う。
「へい、ウィスパー。カモン」
「普通、男と女で役割逆だと思うんだが……」
まあ、確かにそうだけどさ。
人には適材適所ってのがあるじゃん?
「リンは上で引っ張り上げるのを手伝ってあげて」
「分かった」
躊躇いがちだったウィスパーを急かし、タイミングを合わせて思いっきり上空にウィスパーの体を持ち上げる。
こうしてウィスパーは女の子二人の協力を得て無事に行き止まりを抜けることが出来ましたとさ。
「……筋トレでも始めるか」
その代わり、男のプライド的な何かが酷く傷ついたようだけどね。
「……大分、近い」
「いよいよか」
更に捜索すること30分近く。
ポツリと漏らしたリンの言葉に表情を引き締めるウィスパー。
これからが本番。向こうは逃亡犯ということだから下手したら戦闘になる可能性がある。その時は私が前にでて戦うつもりだけど、人を取り押さえたことなんてないからちょっと不安だ。
「縛るのは俺がやる。ルナとリンは体を押さえることに専念してくれ」
「了解」
役割分担を決めたら後は動くだけ。
どうやらホシは現在使われていない廃屋に潜伏しているらしい。
元々は何かの工場だったのか、中はかなりの広さを持っていた。
日の光も届かない屋内は薄暗かったが、私とリンにとっては何の障害にもならない。ここでもまたウィスパーだけが付いて来れない形になったがこればっかりは仕方ない。
「ウィスパー、私の手を握って離れないように」
「あ、ああ……」
こんなところで迷子になるわけにもいかなかったので、ウィスパーを引っ張り歩く。
誰かと手を繋いで歩くなんて本当に久しぶりだから少し新鮮な気分だ。
今は感慨にふけっている場合でもないけど。
「あそこ。あの物陰に……いる」
リンが指差したのは大きな木箱が並ぶ一角。その影になっている部分だった。
「二人とも準備はいい?」
最後の確認をすると、二人は同時に頷いた。
良し……行こう。
慎重に、ことさら慎重に距離を詰める私達。
相手は私達と変わらない年齢の女の子だとは分かっている。
普通ならそこで油断でもするんだろうけど、私達のメンバーに限って言えばそんな暢気なことを思っている奴はいない。
私やリンという実例がいるからね。
油断なんて出来るはずもない。
そっと物陰に忍び寄り、ゆっくり回り込むとその先には……
「……え?」
思わず漏れた声。
予想に反して、そこには誰もいなかったから……ではない。
確かにその少女はそこにいた。
茶髪で身長や身なりも報告にあった通り。まず間違いなく私達が探していた人物のはずだ。しかし……その女の子は地面にぐったりと横たわり、全く動く気配がなかったのだ。
まさかと思って、駆け寄り確認してみるが……良かった。脈はある。だけど顔色が悪いし、明らかに普通の状態ではない。
「ウィスパー、この子を運ぶの手伝って!」
「分かった」
ウィスパーとふたりがかりで少女の体を運ぶ。
女の子はびっくりするぐらいに体重が軽かった。
それだけ衰弱しているということなんだろう。痩せ細ってしまっているのが握った手足からも分かった。
「早く診療所に運びましょう。確かここに来るまでに一軒あったはずよね」
「ああ。だが民間の診療所は当てにならんぞ」
「それでも少なくとも休める場所は確保できるでしょ。ほら、急いで」
民間の診療所がヤブばかりだってのは私も知っている。
前にマリン先生が教えてくれたからね。だけど、今はそれ以外にも頼るものがないのも事実。
(これだけ動かしているのに起きる気配がないし……まさかこのまま、なんてことはないよね)
僅かに過ぎる不安を押し殺し、診療所への道を急ぐ。
すぐに終わりそうだと思っていた初任務。
しかし、すでにその雲行きはこの時点で怪しくなり始めていた。




