第101話 世の中期待通りより期待はずれの方が圧倒的に多い
方針を決めた次の日、私達は冒険者ギルドに向かっていた。
ギルド、というのは元の世界の感覚では企業という意味合いに一番近い。
ギルドマスターが社長。ギルドメンバーが社員さん。そして金を預ける消費者が株主ってイメージかな。
だからこそ、この国には色々な形態のギルドがある。
当然一番多いのが商業ギルド。物流や品物の販売を行う店のことだ。
それとは別に冒険者ギルドというものがある。
これは個人の経営者が起業してできる一般ギルドとは違って国が運営する数少ないギルドの一つだ。
そのためどの街にも必ず一つは用意されており、冒険者になろうと思う人間はそこで冒険者として登録することが出来る。
国営ギルド、などと呼ばれるのがそれだ。
他にも司法局と呼ばれているのも国営ギルドの一つ。これは主に裁判などの法律に関わる案件を扱う部署だ。簡単に言うならこれらのギルドに所属する人間は公務員ってわけ。
高い給料と安定した職場が提供されるのも元の世界と共通するところだ。
勿論、私みたいな無学な人間にはなれるはずもない。確か年齢制限とかもあったはずだしね。となると私が働いて稼ぐ手段は相当に限られてくる。
その一つの答えが冒険者としての活動。
冒険者といえば聞こえは良いかもしれないけど、その実態はただの便利屋だ。どこかの誰かが依頼書として提出した案件を報酬のため遂行する。要は冒険者ギルドとは何でも屋の依頼仲介会社のことだ。
手数料が一部取られるが、基本的には個人と個人のやり取りになる。
つまり……
「……本当にろくな依頼がないわね」
「だろ」
私のぼやきに隣に立つウィスパーが短く答える。
私達は今、冒険者ギルドの広場中央に設置されている大型掲示板の前にいる。ここにはこの街の人間が出した依頼の全てが集まっているのだが、その内容がしょうもないものばかりなのだ。
「薬草の調達、報酬200コル……なにこれ馬鹿にしてるの? これだと一日の食費にもならないじゃない」
「こういう依頼は平行作業が出来るからな。魔物の素材集めとか、未開地の測量依頼とか。普通はこれ単体で受けたりはしない」
「ねえ、もっとビッグな依頼はないの? 一度に100万コルぐらい稼げるようなやつ」
「あるわけねえだろ。あったとしても誰にでも出来るような依頼のわけがない。誰にでも出来るなら依頼人が自分でやってる」
「それもそうだよね……あ、この依頼は? 引越しの手伝い一日、5000コル」
「指定日が一週間後だ。その頃には飢え死にしているだろうな」
「むう……なかなか良いのがないわね」
「下手をしたら依頼探しに一日使うことになるかもな」
「だったら依頼書を出しましょう。割の良い依頼を見つけてきてくれた人に300コルってね」
「そりゃ名案だな」
肩を竦めてお手上げだとジェスチャーしてみせるウィスパー。
「都会のギルドならもっと多くの依頼が集まっているんだがな。この辺だとこれぐらいの依頼が精一杯だ。個人で金を持っている奴が少ないんだよ。それに比例して報酬も少ない」
「旅費に必要なのがどれくらいだったんだっけ?」
「最低限2万ってところだな。だけど滞在費が三人合わせて一日2000コルは必要になるだろうから、少なくとも毎日それだけは稼ぐ必要があるぞ」
「2000か……結構難しいかもしれないね」
「野宿する覚悟があるなら宿泊費は抑えられるが、流石にそれは二人とも嫌だろ?」
「まあね」
「…………(こくり)」
私達をどうにかできる人間がそうそういるとは思わないけど、どんな人間だって寝込みを襲われれば反応は遅れる。
私は武道の達人とかじゃないからね。近寄ってくる足音を感知して自動で目を覚ますような機能は搭載されていないんだ。
そうでなくても、私には『陽光』のスキルがある。路上生活なんかしていたらうっかり焼け死ぬまである。
「あー、楽して稼げる方法とかないのかな」
思わず漏れた愚痴はどこからどう聞いても屑人間の台詞だった。
「……大きく稼ぐ方法。一つだけ知ってる」
「え? 本当?」
慢性的な金欠状態に陥っていた私はリンの呟きに音速で反応していた。
「迷宮に潜れば良い。あそこで取れる魔鉱石は高く売れる」
「それだけは嫌!」
そして、その方法を聞いた瞬間には光の如き速さで拒否していた。
何が悲しくて折角脱出した迷宮に出戻りしなきゃならんのか。
あそこにはもう一生行きたくないね。絶対に。
「お前とリンぐらいの強さがあれば危険度は低いと思うがな」
「それでも0じゃないでしょ。命懸けの戦いなんてもうこりごりよ」
ようやく平穏な世界に戻ってきたのだ。
だったらもう戦う必要なんてない。
血を見る必要はないのだ。
「実際、迷宮に入ったっきり帰ってこない人は多いんでしょ? 結局どの宿にもウィル達は止まってなかったわけだし」
「まあ、な」
ウィル達の話題を出すと、ウィスパーは苦い表情を浮かべた。
ここに来る前に近くの宿を全て回ったのだが、その宿泊名簿にはパーティメンバーの名前は誰一人として書かれていなかった。つまり、まだ彼らは迷宮の中にいるってこと。
そしてそれがすでに物言わぬ骸となっている可能性は否定できない。
今から探しに行ったところで合流できる可能性は限りなく低い。私達には彼らの無事を祈ることしか出来ないのだ。
「どの道、今の私達に他の人間を心配している暇なんてないわ。今は目の前の問題を片付けることに集中しましょう」
「……そうだな」
苦虫をかみ締めたような表情のままウィスパーが頷く。
……みんなのことを心配しているあたり、やっぱりウィスパーも良い人なんだよね。ちょっと頼りないところはあるけど、もう少し信頼しても良いのかもしれない。
「……ルナ」
私が内心でウィスパーの評価を上方修正していると、リンが私の裾を取ってくいくいと引っ張ってきた。
「どうかしたの?」
「これ」
そう言ってリンが差し出してきたのは一枚の依頼書だった。
「えーと依頼内容は逃亡犯の確保? そんで報酬が……1万コル!?」
報酬の欄を見てびっくり。
今までの依頼がゴミに見えるようなほどの高額依頼だった。
「これは依頼書と言うよりはどっちかというと手配書だな。国が出していないから依頼書の扱いになっているだけで」
「となると報酬は早い者勝ち……急がないと他の冒険者に先を越されちゃうわね」
「だが土地勘のない俺たちが無闇に探し回ったところで捕まえられるはずもない。何か作戦を立てる必要があるぞ」
確かにウィスパーの言うとおりか。
私達はこの街にきてまだ二日しか経っていないのだ。路地の構造だって何一つ把握していないし、人目につきにくい場所も何も分からない。
他の冒険者だっているんだし、ここは確実に先手を取れる方法が欲しいところだ。
「……それなら任せて」
「リン? 何か秘策でもあるの?」
「ん」
言葉になってない言葉と共にリンが指差したのは……
「なるほど。鼻を使って匂いを辿るってわけか。良く思いついたね。えらいよ、リン」
自分の鼻を指差し、僅かに自慢げな表情をしているリンの頭を撫でてあげる。
尻尾がぶんぶんと横に揺れる様はまるで犬だ。非常に愛らしい。ずっと愛でていたい衝動に駆られたけど、今は一刻を争う。
「早速動きましょう。他の冒険者に取られる前にね」
しかし、まさか冒険者としての初任務が人探しになるとは。これだと迷子のペット探しと大差ない。
まあでも別に構わないさ。
何の得にもならない魔物との死闘を続けるよりは百万倍マシだからね。
意気揚々と任務に向かう私。
しかし……
「その前にお前はまず冒険者登録してこいよ」
「あ……はい。そうでした」
すっかり忘れていた冒険者登録。
こうして私の冒険者家業はいきなり出鼻を挫かれる形でスタートするのだった。




