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吸血少女は男に戻りたい!  作者: 秋野 錦
第2章 迷宮攻略篇

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第99話 ホルンの街

 私達が迷宮を脱出してから更に三日が経った。

 道中は魔物に襲われたりもしたけど、迷宮内の魔物に比べればゴミみたいなもんだった。あの最弱だと思っていたスライムより低ステータスだったのには驚いたね。

 土蜘蛛を相手にした後だと二桁ステータスの魔物なんてそれこそ赤子の手を捻るように撃退することができた。

 私やリンどころかウィスパーですら対処可能なレベル。

 迷宮の魔物がいかに高ステータスだったのか改めて認識させられたよ。


「さて、これからホルンの街に入るわけだが……一つ確認したい」


 ホルンの街が目に見える位置まで来てからウィスパーが私達を止めて、そう言った。

 何か気になることでもあるのかな?


「ルナは迷宮に入る前、吸血鬼であることが山賊達にバレていた訳だよな?」


「そうだね。理由は分からないけど」


 ウィスパーの問いに私は頷いて答える。

 私が山賊達に捕まって奴隷にされていたことは二人に前もって伝えていた。

 本当なら隠しておきたい情報だったけど、これから一緒に行動するなら話しておかないといけないことだろう。

 特に……


「ならルナの手配書が出回っている可能性もあるってことだ。一応気をつけろよ」


 そう。そこなのだ。

 私が吸血鬼であることを知っている人間が外に何人かいる。

 馬車に乗っていた乗客や、山賊連中もその内の一人。

 誰かが国に報告していると考えるのが普通だ。となると私の写真は流石にないとしても、容姿や名前で指名手配されている可能性がある。


「だから打ち合わせ通り私はこれからシロって名乗ることにするよ。二人も街中ではそう呼ぶようにしてね」


「ああ」


「……分かった」


 一応の予防策として偽名を用意しておいたけど、正直それほど効果があるかは怪しいところだ。

 もしかしたら私はこの国にいられなくなるかもしれない。

 そのことを頭に入れて動かないと、後手に回ることになる。


「もしもルナの手配書が出回っている場合はどうする?」


「その時はリンと一緒に獣人族の国にでも亡命するかな。かなり長旅になるけど」


「……それなら言葉も覚えないと」


 獣人族の国はずっと西にある。

 東側に固まっている人族や長耳族が一般的に使う東方語とは別の西方語と呼ばれている言語を習う必要があるのだが、


「『西方語なら一応話せるよ』」


 私はすでにその言語もマスターしている。

 師匠の家にいたときに暇を見つけたは色んな本を読み漁っていたからね。

 その中の一つが西方語について書かれていたことだから頑張って取得してみたのだ。

 私が若干どや顔で西方語を使ってリンに話しかけると……


「? 今何て言ったの?」


 リンはきょとんとした顔で小首をかしげるのだった。

 思わずお前は分からんのかーい! と突っ込みを入れそうになったけど、よくよく考えればそれも当然のことだった。

 奴隷として生まれたリンはずっと東方語しか話したことがない。

 西方語を習うことも出来なかっただろうし、話せるわけがないよね。


「言葉を覚えないといけないのはリンの方だったわけね……」


「通訳してもらえれば大丈夫」


「それは誰でもそうだね」


 獣人族であるリンがいれば、西に行ってもそんなに困らないかと思っていたけど案外そんなこともなさそうだ。

 むしろ私の苦労が増えそうな気さえしてきたよ。


「方針が決まったならそろそろ行くぞ。ここまできて野宿なんてごめんだ」


「そうね。何かあったらまたその時に考えましょう」


 いくらなんでもがばがばすぎる戦略だとは思ったけど、いい加減ベッドが恋しい。今は一刻も早く宿を取りたい。そして泥のように眠りたい。

 後は美味しいものを食べて、ゆっくりのんびりお風呂に入りたいかな。

 迷宮だとどっちも手の届かない代物だったからね。

 一応、食べるものも水浴びできる場所もあったけど快適とは程遠かったし。


「無事街に入れるといいがな……」


 不穏な言葉を呟くウィスパーと共に門番の下へ向かう。

 街は魔物が寄り付かないよう、周囲に結界を張り巡らしている。

 安全性を保つ意味ではこれ以上ない防護策だが、私達のように外から入る人間にとってみれば厄介な代物だ。

 限られたルートでしか街に入れないため、山賊などへの警戒から街の入り口には警備兵が常駐している。

 つまりは街に入るにしても彼らの許可が必要ってことだ。

 金属探知機のゲートをくぐる時みたいな妙な緊張感を感じるね。


「……ルナ」


 ぎゅっと私の袖を掴むリン。

 彼女も不安を感じているんだろう。

 今回は色々ばれたら大変なことが多いからね。

 少しでも安心できるよう、手を握っておいてあげよう。

 あんまり主従には見えないかもしれないけど。


「……問題なし。二人とも行って良いぞ」


 それから私達は門番の前で犯罪者が付けられる烙印がないかを確認され、街に入ることを許可された。

 二人って言われたから一瞬びっくりしちゃったよ。

 ここではリンは一人とは数えられない。

 なんだか少し嫌な気分にさせられるね。

 でもまあいい。こうして無事に街に入ることが出来たんだから。


「……意外と呆気なかったね」


「田舎の警備なんてこんなもんだろう。それよりまずは換金所を探すぞ。金がないと宿すら借りれん」


 ウィスパーの言葉に頷き、換金所を探して歩く。

 門から街中までは暫く歩く必要があったため、私がその光景を見る事になるのは更に10分程度の時間が必要だった。

 荷馬車に追い越されながら歩き続けたその先に……その光景は広がっていた。


「…………」


 忙しそうに駆け回る商人。

 観客を集め、おひねりを求める大道芸人の姿。

 人の手で造られた建造物の数々。


「どうかしたの、ルナ?」


 立ち止まった私を不審に思ってか、リンが呼びかけてきた。


「いや……なんでもないよ」


 そう、なんでもない。

 これはどこにでもあるありふれた光景だ。

 だけど……今はそれがとても新鮮なもののように瞳に写っていた。

 迷宮から脱出したばかりの頃はまだ実感が湧かなかったけど、今まさにその感覚を味わっている。


「……やっと、帰って来れた」


 長く続いた迷宮生活の終わり。

 それは私にとっての平穏への帰還を意味していた。


 つまり……私は生き延びたのだ。

 あの地獄のような日々を。


 今、胸に感じるこの感情。

 それは確かな生への喜びだった。

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