悪役令嬢かぐや姫
こんにちは、僕、あないえのたっとびと言います。
いつもは変なおやかた様にお仕えしてご飯とお金を貰って生活しています。
おやかた様は色んな所へ行くので、牛のもー君と一緒について回るのが僕の仕事です。
今日もおやかた様は宮中へ遊びに行きました。
いつも宮中へは仕事をしに行くと言いますが、和歌を詠んだり、蹴鞠をしたり、気に入らない人の悪口を言うのが仕事なのだとしたら、生産行為をしている処々の方に殴られてしまうと思います。まあ、貴族なので殴られないでしょうけど。
そんなおやかた様ですが、実はそんなに悪い人ではありません。
一言で言えばバカなので。
こうした方がいいですよ、とやんわり言えば、従ってくれます。
僕はこっちの方がいいんだ!なんて意固地になった時も、一日寝て、どこそこの姫君から和歌がきましたよ。なんて言えば、後はどうにでもしといて!と、すばらしい返事をくれます。
そしてその他の政は家人に任せておけば万事OKです。
さて、そんなある日の事です。
今日もおやかた様はくるくる踊りながら牛車に乗りました。
ええ、安定のバカさ加減です。
普通の貴族様は踊ったりなんかせず、ふんぞり返っています。
「ねえ、たっくん、たっくん」
おやかた様はご機嫌で僕の名前を呼びます。
「ほらこの前、なんか成金で宮中にあがってきたさぬきのじじいがいただろ?あいつのとこに、めっちゃ可愛い姫様がいるんだって。し・か・も・独身!これは僕に貰って!って言ってるようなものだよね!」
何が、だよね!でしょう。
すでに限界突破で頭からピンクのオーラが吹き出している様です。
こと、こう言った話題には敏感な人ですからしょうがないですけど、これはもう行き先が決まったも同然です。
「じゃあ、さぬきのおじいさんちでいいですか?」
「もちのろんだよ!恋のサラブレットよ、いざゆかん!」
恋のサラブレットって、あんたの持ってるのは牛のもー君なんですが!
まあ、もー君もだいぶやる気みたいで、いつもの三倍の速さでお車を引っ張ってたりします。それでも歩く人より遅いけど。
そんなこんなでさぬきのおじいさんの家に行ったら、とんでもない事になっていました。
家の周りには垣根があって、その周りには八重垣の人だかりができていました。
おやかた様は笑顔で突っ込め♪と言ってきましたが、もー君がビビって動きません。
しかたなく、僕が代わりにあの垣根を越えて見てくることになりました。
ただ、これにはだいぶ予想外の事がありました。
まず、あの人だかりは全て件の姫を見るための列だった事。そして僕は最後尾について順番を待たないといけなかった事。
最後に見物料を払わないといけなかった事等です。
この人だかりに拝観料をとるなんて、なんて商売上手のおじいさんでしょう!
なけなしのお金を払って日も暮れようかと言うときに、ようやく僕の番になりました。
こう見えても僕も男です。
美人の姫様と言われたら、興味もあります。姫様の前に出て見初められたら等と、妄想してしまいます。
しかし、あんなに大金を払ったのに、姫には直接会える訳ではありませんでした。垣根の葉と葉の間の隙間からのぞく程度のものでした。
だいぶがっかりです。
「ああっ!」
今、奇妙な声を上げたのは僕ではありません。
隣で一緒にのぞいている、貴族のおじさんです。
「なんて事だ。かぐや姫様は美しくて、金の後光を発せられている様だ!」
なるほど、姫様の名前はかぐやというみたいです。
しかし、姫から発せられるオーラ、あれは明らかに魔力です。
「ステータスオープン」
おっと、言うのを忘れていました。
僕、前世は異世界勇者してました。
相手のステータスを見るのなんてお手の物です。この世界に生まれてから今まで魔力なんて
見てなかったので、すっかり忘れていましたが。
名称:なよ竹のかぐや(オリビア・スカーレット)
種族:人族
年齢:ひ・み・つ♪
HP:234/234 MP:567/567
称号:絶世の美女 傾国の美女 異世界流刑人
彼女のステータスを見て僕は思い出しました。
簡単にいうと、彼女は昔、僕が異世界勇者をやってた頃の犯罪者です。
魔王ぶっ倒して戻ってきたら、国で貴族をたぶらかして好き勝手やってたお姫様でした。
あの時はさっさと捕まえて王様に処刑をお願いしましたが、王様はあまりの美しさに、処刑するのではなく、異世界へ島流しをしただけで終わりました。
まさかその姫様がここにいるとは思いもしませんでした。
よくよく気配をたどると人を魅了するチャームの魔法もかかっています。
僕は早速魔法効果を打ち消すディスペルを使ってチャームを消しました。
すると、お金を払ってまでかぐや姫を見るのがばからしくなったのか、あからさまに身分の低い人たちが散り散りになっていきました。
きっと明日になればみんなの目も覚めるでしょう。
こうして僕はおやかた様の所に戻っていきました。
「たっきゅん、たっきゅん、お姫さまはどうだった?」
ああ、すっかりこの人の事を忘れてました。
「あの人に関わるのはやめた方がいいですよ。命を取られます」
「あれ?たっきゅんて、そんな辛辣なこという子だった?」
辛辣も何も、事実を言ったまでですが。
「まあ、明日になればあの人だかりもなくなりますので、そしたら見てみてください」
そうして次の日になりました。
あの見事にあった人垣はきれいさっぱりなくなりました。
ただし、おやかた様と同じぐらい大きな牛車が四つほど並んでいました。
「これ、何をしておる!先を越されてしまっておるではないか!」
豪華な牛車を見て、おやかた様もご立腹です。
おやかた様は走っている車の扉を開け、すこすことおじいさんの屋敷の中に入って行かれました。
もうかぐや姫のチャームの魔法は消えているので、この人たちは本当にかぐや姫に首っ丈なんでしょう。
でもやめておいた方が身のためです。
かぐや姫は傾国の美女。
きっとさんざん遊ばれてぽろっと捨てられるのが落ちです。
そう思っているうちに、おやかた様とその他四人貴族様が戻って参りました。
そして、各々が急スピードでどこかに行ってしまいました。
うちのもー君はそんなに速く動けないので、ゆっくりしたスピードで動いています。
おやかた様は珍しく、腕組みしながら悩んでいます。
「どうしたのですか?かぐや姫様はタイプではなかったですか?」
「何を言う。おまえにはわからんだろうが、姫君はそれは美しく、気品にあふれた方だったぞ」
「でもまるで浮かない顔をされているのはどうしてですか?他の方に取られそうだからですか?」
「いや、ぱっと見私以上に姫に合う奴はいなかったから安心していい。それよりも姫に出された課題が難しいのだ」
「課題ですか?」
「ああ。姫は貴族でイケメンであっても、深い愛がなきゃイヤだ、というのだ。それはもっともな事だし、僕もこんなに愛しているよって得意の和歌で伝えたんだが、それよりも愛の証にそれぞれ簡単な品物をとってきて欲しいというのだ」
「それが実は簡単ではなかったと?」
「その通り」
ほれほれ、やはりかぐや姫の悪い面が出てきたようです。
なんと言っても傾国の美女ですから。
こうやって男たちを誑かせて楽しんでいるに違いありません。
「ちなみに姫様は何をご所望されたんですか?」
「私にはツバメの子安貝だ」
「へ?」
「他の皇子にも、竜の首飾りや火ネズミの衣、蓬莱の枝や仏の御石の鉢なんかも欲しがっていたぞ」
僕はびっくりしました。な、なんかまともだ。
結婚、出産を望む女性はだいたい欲しがる物です。
「どれも伝説の中にあるような物だが、だからこそ姫を想う気持ちの深さを測るにはちょうどいいかもしれないな」
おやかた様はしたり顔でいいました。
そうでした、ここは異世界ではないのです。
ツバメの子安貝は鬼ツバメの巣にある貝の事で、安産祈願に使われています。
竜の首飾りは亜竜の玉を使った装飾品で露天なんかにいけばすぐ買えます。実はこの玉、赤ちゃんのおしゃぶりにちょうどいい形をしているのです。
蓬莱の玉の枝は世界樹の枝の事でエルフの里でよく売られていました。光の加減が赤ちゃんの眠気を誘うらしく、大人気の民芸品でした。
火ネズミの衣とはファイアーラットの毛皮の事でしょう。外部の温度を遮断し、着ている人を快適に過ごさせてくれます。赤ちゃんの産着にも最適です。
仏の御石の鉢は神官の聖杯の事でしょう。聖杯には回復呪文がかけられており、ちょっとした風邪なんかはすぐ治ります。赤ちゃんのいる家庭には必需品で、神官が小遣い稼ぎでよく売っています。
つ、ま、り。
かぐや姫は本当にちょっとした物を頼んでいるのです。異世界だったら。
それにしても、全てベビー用品だなんて、本当に深い愛をちょっと見せて欲しかったようです。
確かに、異世界で女の子にそれを持ってくるよう言われたら、遊び半分の人は引いて逃げていくでしょう。
しかしここにはその意味を分かる人が僕しかいません。
さらに、この世界では全て手に入りづらい物です。
「おやかた様、ここはもうあきらめましょう。それが賢明です」
僕はやんわりとおやかた様に進言しましたが、おやかた様は意固地になって首を振ります。
わかりました、頑張ってくださいとだけ伝えました。
大丈夫、おやかた様はバカなので、きっと明日になったらかぐや姫のことは忘れてくれるでしょう。
そんな風に思っていた時期も僕にはありました。
次の日になってもおやかた様は忘れていませんでした。僕と牛のもー君を率いて京中のツバメの巣を見て回っています。
もちろん、そんな所にあるわけもなく、いつの間にか十日も経ってしまいました。
その間に他の皇子様はいろんな不正や、騙された挙句偽物を掴まされ、悉く品物を受け取ってもらう事はできませんでした。
おやかた様はバカ正直なので、こうやってツバメの巣を一つ一つ確認しているのですが、あるはずがありません。
僕ももうそろそろ飽きてしまいました。
異次元BOXからもう鬼ツバメの子安貝、出しちゃおうかな?
もちろん僕はかぐや姫の言っていた物全て持っています。
子安貝をおやかた様に渡そうと思った瞬間の事です。
「うわっ!」
おやかた様が梯子から落ちてしまいました。
しかも腰を強く打っています。
「だ、大丈夫ですか?」
心配して駆け寄る僕たちに首を振り、プルプルとした手である塊を僕に渡しました。
「これを、これを姫君に――」
それは黒光りする、ツバメの糞でした。
「わかりました、必ずお届けします!」
僕はツバメの糞を受け取ると、涙を拭いてかぐやの元へ走りました。
一刻も経たないうちに僕はかぐやの屋敷に着きました。
しかし、僕ごとき人物が屋敷内に入れるはずがありません。
真っ向勝負で勝てないなら、力業でごり押しします。これ、異世界勇者の基本です。
僕はミラージュの魔法を使うと、周りの景色と同化して、そのまま彼女の部屋までいきました。
部屋まで行くと魔法を解除します。
突然現れた僕にかぐや姫はびっくりしています。
「あなたは誰ですか?」
「僕はあないえのたっとびと言います。この前五人の貴族があなたの所にきたでしょう?その中で一番テンションの高かった貴族に仕えている者です」
「ああ、覚えています。たしか、ツバメの子安貝をお願いした方ですね?」
「どうですか?みなさんあなたが望む物を持ってきましたか?」
「それが、誰も持ってきてはくれないのです。みんな偽物で私の心をたぶらかそうとするのです!」
かぐや姫はとても怒っていました。
確かに、百均で買ったイミテーションの婚約指輪を渡したら、誰だって怒るでしょう。
僕は懐から子安貝を出しました。
かぐや姫はそれを見た途端、目を見開きます。
「これは私のおやかた様からです。どうぞ、受け取ってください」
「まあ、ありがとう。是非ともあなたのおやかた様とおつきあいしたいわ」
「それは難しいでしょう。おやかた様はこれを採られる際、高所から落ちてしまい虫の息です。まもなく死んでしまうでしょう。あの世で一緒になりたいとおっしゃるなら、介錯をいたしますが?」
かぐや姫は青ざめました。
「それはかわいそうに」
「あなたが望んだ品物は、全てこの世界では手に入らない品物です。どんなに愛が深かろうと、もってくる事はできません」
「この世界?じゃあ、これは……」
不思議がるかぐや姫の前から僕は姿を消しました。
「もう、元の世界ではありません。あなたを深く愛する人はきっと現れますよ」
僕はそれだけ言うと、その場から去りました。
かぐや姫は以前のような悪役令嬢ではありませんでした。
かと言って、おやかた様とくっつける事などしたくはありません。
僕は急いでおやかた様の所に戻ります。
おやかた様はもう、死んでいました。
普通なら悲しむところですが、僕は腐っても異世界勇者。蘇生魔法でちゃっちゃと生き返らせてしまいます。
「おお、たっくん!姫様はどうだった?」
生き返って早々、それを聞くんですか?
バカは死ななきゃ治らないと言いますが、うちのおやかた様は死んでも治らなかったみたいです。
「おやかた様の渡された子安貝なんですが、実はただのツバメの糞だったみたいです。おやかた様がとっても頑張って探していた事を伝えたんですが、誠意は伝わらなかったようで。まあ、縁がなかったとあきらめて下さい」
僕の言葉におやかた様はすすり泣き始めました。
少しかわいそうな気もしましたが、命まで落としたんです。しょうがないでしょう。
「まあ、おやかた様でしたら、どこの姫さまでもイチコロでしょう」
僕の見え見えのおべっかが効いたのか、おやかた様は途端に顔を明るくします。
「そうだね!たっきゅん、実は近江の古都にべっぴんさんが畑仕事をしているって噂があるんだ!今度はそこへ行ってみようと思うんだけど!」
この人の立ち直りの速さは天下一品です。
しかし今度は近江ですか。まあ、いいですよ。愛しのもー君と一緒なので、随分ゆっくりな旅になりますけどね。
了