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何度でも繰り返す

作者: 宮原周一

だいぶ粗い小説になった気はしますが、個人的にはこれで完成かなと思います。



「朝だよ、起きて」

「一応起きてる。寒いから布団から出ないだけ」

「いつもそういって時間を無駄にするだけだろ」

抵抗されつつも布団を引きはがす。

「やーん、エッチ」

「んなこと言ってると襲うぞ」

「それは嫌かなー」

一応起きているというのは本当だったらしく、優奈は寝起きらしくない動作で起き上がった。

「出来れば自分で起きてほしいんだけど?」

「せっかく同じ家に住んでるんだし私は起こしてほしいかな?」

「シェアハウスだけどな」

優奈が突然来た時は驚いたものだ。

確かに男女共用で誰もも気にしないからと言って、男一人しか住んでいないシェアハウスに女が来ると聞いた上に、ふたを開けてみれば優奈だったのだから。

「起きたなら手伝ってくれよ」

「みそ汁でいいなら」

「それ以外のことができるようになったら誉めてやろう」

「味噌汁作るだけでも誉めてよねー」

お前が作ってるの、全部インスタントなんだけどな。

もしかしてインスタントみそ汁以外知らないんじゃないだろうか。

そんな俺の疑問をよそに優奈は電子ケトルに水を注いでいた。

皿に乗せた魚を電子レンジに入れてから炊飯器からご飯をよそう。

最近は特殊な皿にのせるだけで魚が焼けるなんて便利になったものだ。

「今日のお昼空いてるよね確か」

「うん、席取っとくね」

学校の食堂はいつも昼時になるとほぼ満席になる。

だから時間のあいているほうが食堂の席を取っておくのがいつもの約束だ。

両方とも時間がない時は週に一度ぐらいだから俺が弁当を作って空いてる場所で食べる。

特に親しい友人がいるわけでもないし、お互いに好きあっているから特に問題はない。

「じゃあ先に行くね。片づけよろしく」

「いってらっしゃい。席の場所教えてね」

優奈が元気よく飛び出していった。

いつもの通り占めていかなかった鍵を閉めておき、自分の部屋に戻る。

壁に掛けられたカレンダーは六月。

今月も今週で終わり。

梅雨なんて早く終わってくれればいいのに。




退屈な教授の話をスマホをいじることで聞き流し、終了の合図とともにさっさと出席カードを出して教室を出る。

講義棟の窓から見える空はどんよりとした曇り空で、いまだ終わらない梅雨の空といった感じだった。

雨、降らないといいんだけど。

休み時間特有の騒がしい廊下にごった返す人ごみをすり抜けるようにして進んで講義棟から食堂へ。

少し探すと優奈の顔が見えた。

「お待たせ」

「お疲れ様」

それだけ言って優奈は財布を手にして立ち上がった。

今日は何にしようかとか、最近出た期間限定の何がおいしいだとか、そんな会話をしながら列に並ぶ。

それでも毎回似たようなメニューを手にして二人で席に戻ってくるのはいつものことだった。

「あ、雨降ってきたね」

外を見ながら優奈がそんなことを言った。

確かに外を歩く人は早足になっていたり、折り畳み傘をカバンから出していた。

「降っちゃったか」

「傘忘れた?」

「うん、持ってこなかった」

しっかりと天気予報を確認しておけばよかったと後悔する。

もう何度似たような後悔をしているのは、自分が成長していないから、ではないと思いたい。

そのまま昼ご飯を食べ始めたものの、あんまりおいしいとは思えないのはいつものことだった。

今度こそは、と思っていたのに優奈に心配されたときにはすこし呆れてしまった。

「アイスでも買おうか」

「寒いよ」

「じゃあ何が良い?」

彼女は不思議そうな顔をしながらもゼリーでいいと言った。

ブドウ味が好きなんだよなと確認しながら食堂の端で売っているせりーを買う。

もちろん一番高いやつだ。

それをおいしいと微笑みながら食べる優奈を見て、キスがしたくなった。

今まで一度だけキスをしたあの時を思い出す。

あの時は緊張していたし、かなり昔のことだったからもう覚えていない。

けどキスと言ったら愛情表現の一つだ。

だから今ここで優奈にキスをして、好きだ付き合ってくれというのもいいかもしれない。

きっと私も好きだから、付き合おうと言ってくれるだろう。

俺は優奈が好きで、優奈も俺が好きで、けれどお互いがお互いの気持ちに気づきながらも告白をしない。

それが俺と優奈の関係だ。

でも告白したとして、それが数時間後にすべて無駄になるなら?

それならしなくてもいいんじゃないかと思う。

「ぼーっとしてる。話聞いてた?」

頬をつねられる。

「今日は教授が休みだから早く帰るんだろ?」

拗ねたような顔をした優奈が目の前にいた。

「そ。だから買い物とかあったら私がしておくけど」

「特にないよ。気を付けて帰れよ」

子供じゃあるまいし、と笑って優奈は立ち上がった。

その背中を見送ると俺も別の方向へ歩き出す。

ごみを捨てるついでにスマホも放り込んでやろうかと思ったけれど、後で面倒なことになるのはわかっていたからやめておいた。



その後の授業中、スマホの画面が着信を示す画面になった。

それを確認すると立ち上がり、教室を出る。

何人かの学生が俺のほうをちらりと見るが何事もなかったかのように視線を前に戻した。

廊下に出てから電話に出る。

その内容が、優奈が事故にあったというものだということはだいたい予想がついていた。




「隣いいですか」

授業中声をかけられた。

遅刻してきたのだろう、周りを見るとどの席もほとんど埋まっていた。

特に断る理由もなかったのでどうぞと言ってカバンをどけた。

「ありがとうございます」

特におしゃれもしていないような優奈とは違って精いっぱいのおしゃれをしたような女の子。

遅れてまで授業に来たから真面目に受けるのかと思いきや以外にもその女の子は話しかけてきた。

「いつもスマホいじってますよね」

「暇だからね」

「ゲームじゃないんですか?そう言う人もいるみたいですけど」

「そこまではできないかな。なんか自分の中でスマホはいいけどゲームはだめ、みたいなのがあって。よくわからないけど」

「つまり中途半端に真面目なんですね、先輩は」

先輩と、呼ばれた。

なら彼女は後輩なのだろうか。

上の学年の授業は取れなかったはずだけど。

「優奈ちゃんから聞いてますよ、なんでもとっても大切な人なんだとか。だから気になっちゃって」

つまり彼女は俺と話をするためだけに全く関係ない授業をやっている教室に入ってきたらしい。

何とも変わった子だ。

そのあと教授に気づかれず、なおかつ周りの迷惑にならないように気を配りながら少し話をした。

そのあと優奈と合流して三人で話をした。

大学ではほとんど優奈としか話をしないから三人で話をするというのはなかなか新鮮な感じだった。

そのあとはサークル活動に行くのだという後輩と別れ、優奈と一緒に帰ることにした。

「先輩、いつ小夜華と知り合ったの?」

「今日、授業の時に突然隣に座ってきた。なんかお前から話を聞いて気になったとか言ってたぞ」

「ふーん。何か言ってた?」

「特に気になることは言ってなかったな。なんでこんな授業取ってるんですか?とか聞いてきたから適当に話してた」

とっても大切な人だって聞いたとか言ってたなんて言ったら優奈はどう思うだろう。

ばれていないと思っているのか、ばれても構わないのかいまいちわからないんだよな。

俺は別に構わないし、むしろいつ言うか考えているぐらいなんだが。

「それで、先輩はどう思ったの?結構いい子だと思うけど、ちょっとあれだよ、あの子」

「あれじゃわかんないよ。なんなんだよ」

「なんというか、人のものに憧れるって言うか、お揃いがいいって感じ?気に入ったものがあるとすぐに手に入れて『見てみて、私も買ったの!』ていうの。私は気にしないんだけど、なかにはあんまりよくないと思ってる子もいるみたい」

「そんなこと言われてもわからないな。まだ会って数時間だし、それだけだと何も嫌だと思ったことは無いぞ」

「それならいいけど、気を付けてねってこと」

「何にどうやって気を付ければいいんだよ」

そう言っても、優奈は気を付けてねというだけだった。

多分彼女もどう気を付ければいいかなんてわからないんだろう。

「そういえば今朝すごく顔色悪かったけど大丈夫だったの?いまはそこまでってわけじゃなさそうだけど」

「ああ、少し嫌なことがあってさ。一応今はおさまってるかな」

「先輩があんなふうに顔色悪そうにしてるのあんまりないし心配だよ。風邪だったりしない?」

そう言って優奈はおでこに手を当ててくる。

そんなことされるとうれしくなるからやめろといいたい。

「熱はなさそうだけど顔が赤くなったね」

「お前がいきなりおでこに手当ててくるからだよ」

「もしかして喜んだ?」

「もちろん」

「そういう事言われると私も喜んじゃうよ」

そういう優奈の顔も少し赤くなっていた。

なんとなくそのままでいたかったけれど、まだ大学の中にいることを思い出して、急に恥ずかしくなったので急いで家に帰ることにした。




家に帰り部屋にこもる。

とりあえずカレンダーの今日の日付にバツをつける。

今回は何日もつだろう、そんなことを考えてしまって少しだけ嫌になる。

何でこんなことを始めたのか、今ではもうあまり思い出せない。

ただただ一つの目的のために始めたこの生活ももう何年も過ぎている。

最初は少しだけのつもりだったのに今ではこのざまだ。

いったいいつ終わればいいのだろう。

もはやこの生活を終えることができなくなってしまっている事に気が付きつつも、自分ではどうしようもなくて頭をかかえるしかなくなってしまっている。

もう誰かに止められるしか止まる方法がないのだ。

翌日また雨が降った。

梅雨だから雨が降るのは仕方がない。

ただ、雨が降って優奈が外出するたびに彼女が死んでしまうのに、そろそろ俺は耐えられそうにない。



「先輩、今日も隣いいですか?」

机に伏せて寝ていたらまた小夜華という後輩がやってきた。

「いいよ」

あれ以来ほぼ毎日やってくる。

暇な時間におしゃべりの相手を求めているかのように。

向こうはいいかもしれない、ただ毎回勝手にやってこられてそろそろイラつき始めていた。

今日も彼女は他愛のない話を繰り返し、時折見せびらかすようにいろんなものを見せてくる。

その半分が俺が持っているものと同じか似ているもので、中にはそう簡単には手には入らないものもあった。

それ自体はどうでもいい、勝手にすればいいと思っていた。

ただ、優奈から誕生日に贈られた手帳と全く同じものを出してきたときにはさすがに苛立ちをおさえられなかった。

「それ、どうしたの?」

「この手帳ですか?先輩が前もってるのみていいなぁって思ったんですよ。先輩ってたまに羨ましくなるぐらいセンスのいいもの持ってますよね。ハンカチとか、キーケースとか」

彼女は嬉しそうに手帳を抱えていた。

これが優奈の言っていたことか。

「これ、優奈からもらったんだよ」

他にも、ハンカチもキーケースも優奈からもらったものだ。

そのとき彼女は恥ずかしそうに笑いながら「色違いだけど、お揃いだね」と言っていた。

「悪いけどセンスに関しては優奈をほめてくれ。あと、人とお揃いにするのが好きみたいだけど嫌だと思う人もいるから気をつけた方がいいよ」

そう言って立ちあがる。

授業に出る意味もないし、今ここにいるより優奈と一緒にいたいと思った。

確かこの時間は暇していて、食堂にいるはず。



食堂で読書をしていた優奈の手を引いて、大学を出る。

どこに行くのと聞いてくる彼女についてきてとだけ伝えて歩くこと十数分。

古びた小さな喫茶店に着いた。

「ここ、前に行きたいっていってたでしょ?」

「言ったけど、どうして今日いきなり連れてきたの?午後だって授業あるし」

どうしてといわれても、大学を離れたかっただけでここにきたのもきっと小夜華は知らないだろうと思ったからだ。

「少し話したいことがあってさ」

ひとまずそうやってごまかした。

店内に入り、適当な席に座る。

彼女は覚えているだろうか、前に一度ここに来てみたいと言ったのを。

それともあれは別の彼女だけが言った言葉だろうか?

彼女は楽しそうにメニューを見ている。

昼時だったので二人して珈琲とデザートがつくランチセットを頼んだ。

彼女は日替わりパスタを、俺はパンとグラタンを頼み、デザートは二人してチーズケーキだった。

「二人して同じなら別のもの頼めばよかった」

「どうせ物足りなかったとか言って帰りに買うだろ。半分しかくれなかったとか言って」

「先輩が甘いもの好きだから悪いんだよ、こういう時は全部くれたっていいでしょ?」

なんとも横暴なことだ。

それを知っているからこそわざと同じものを選んだのだけれど、もともとチーズケーキは好きな方だ。

珈琲を飲むならもっと甘いものが合う気もしたけれど、こういうときは気分に従うのが一番だと思ってる。

「それで、話って何?」

それぞれ頼んだものが来て、半分ぐらい食べたところだった。

「今聞くの?」

「先輩、話があるとか言って言い出すまで時間かかるときあるでしょ?今回もそうなんじゃないかと思って私から聞いてあげたってわけ。感謝してよね」

そう言われても話なんて何もないのだから、聞かれても困る。

「次の誕生日プレゼントは何が良い?」

結局、そんなことを言ってごまかすしかなかった。

「ちょっと気が早くない?まだ二ヶ月ぐらいあるし。それにそういうのって聞くものじゃないって言わなかったっけ?」

「さすがにそろそろ何を渡せばいいかわからなくなってきたし、参考にしたいな、と思って」

これは本音だ。

去年はぎりぎりまで迷った挙句、店員に頼ってしまったけれどなかなか恥ずかしい経験だった。

「じゃあ冬に使うものが良いな」

「それこそ気が早いな。二か月後だって言ってもまだ夏みたいなものでしょ」

「先輩が夏に冬物くれるでしょ?そしたらさっそく使いたいんだけどまだ夏だから使わないで、飾っておくの。毎日早く使いたいなって思いながら冬になったら使うんだよ。そして冬が終わったらまた元の場所に飾って眺めながら冬を待つんだよ」

「好きな人からラブレターもらった、みたいな感じだな」

「そうだよ、だって好きな人からもらったプレゼントだし」

頭が白くなった。

いままで優奈からこんな積極的な言葉を言われたことはなかった。

この彼女だけが特別なんだろうか?

それとも、前の俺が何か言っていたのだろうか。

入れ替わるたびに細かい違いは感じていたけれど、これは俺にとって全然細かくはない。

俺は彼女が好きで、彼女が俺のことが好きで、それぞれ思いを伝えないままでいいと思っている。

だからこそ俺はこの生活を続けていられた。

とてもうれしいこの言葉が、俺を困惑させる。

顔を赤くしながら、笑顔でケーキを食べる優奈。

彼女が愛おしい。

この時間がずっと終わらなければいいのに、そんなことを思った。

だって店の外では今     

雨が降っているのだから。



もう何時の事だか覚えていないけれど、雨の日に優奈が車にはねられて死んだ。

身近な人が死ぬのは初めてじゃなかった。祖父母はもう死んでしまったし、病弱だった友人は気が付くと息を引き取っていた。

ただ、愛していたといえるほどに好きな人が死んだのは初めてだった。

その後数日の記憶は曖昧で、何をしていたのかはっきりと覚えてはいない。

何かを考えていたのか、何も考えていなかったのか、部屋に籠ったり外を歩き回っていたような気がする。

いつしか彼女の幻覚を見るようになり、声をかけてしまうほどにはダメになっていたんだと思う。

その彼女が返事をしてくれた時は驚いたものだ。

ぼやけていた視界とはっきりしなかった思考が晴れ渡るのを感じた。

彼女が生きている、それだけのことが俺を正常な状態に戻した。

ただ、それは俺の勘違い。

彼女は俺の知っている彼女とは別人で、俺がただ単に平行世界のよなものに迷い込んだだけだった。

それがわかっていなかった俺は思わず彼女を抱きしめてしまい、突き放されたときに感じた『違い』に戸惑った。

優奈に会えたことにしか目がいってなかったのかもしれない。

その後、用事があるという優奈と分かれ、家に向かった。

そこで見かけたのだ、その世界の俺自身を。

そこから先はよく覚えていない。

俺は好奇心でその自分に声をかけようとしてその自分の肩に手を置いて、そいつが俺を見たときそいつは消えてしまったのだ。


そまるでそれはそう、ドッペルゲンガーに会ってしまったかのように。


そのあとはずっとそんなことの繰り返しだ。

優奈はいつも雨の日に死んでしまう。

止めても無駄だった、何を言っても無駄だった、どうしてもだめだった。

彼女はいつも死んでしまった。

だから、ずっと繰り返した。

いつの日か、雨が降っても死なない優奈に会えることを願って。


「そろそろ行こうか」

そう言って優奈は帰り支度を始めた。

まだ外は雨が降っている。

帰りたくない、帰らないでくれ、そういいたかった。

「まだ話は終わってないよ」

「時間切れです。もう行かないと授業間に合わないし」

彼女は少しおどけたように言った。

仕方なく席を立ち、伝票をとる。

自分の勝手で連れてきたのだ、代金ぐらいもつべきだと思った。

「あれー、雨降ってるよ」

彼女はきっと気が付いていなかったのだろう、いまさらそんなことを言っていた。

窓を背にして座っていたし、店内では音楽が流れていたから雨音は聞こえなかった。

「折りたたみあるから待ってて」

店の外へと飛び出そうとする彼女に声をかけ、レジで代金を払う。

最近財布の中身が寂しい。

優奈にプレゼントを買うならなにか考えなければいけない。

かといって、今の状態でバイトなんて、とも思う。


店の外へ出て、彼女の隣に立つ。

話があるんだ、と前置きをして想いを伝えた。

手が震えているのがわかった、それ以外にもどこか震えてる気がした。

もしかしたら全身震えていたかもしれない。

寒いからとごまかしたけど、緊張していたから以外に理由は無かった。

彼女はずっと笑っていたけれど、最後には少し泣いていた気がする。

その後は、緊張の分だけ安心と喜びを味わった。

それから大学まで一緒に行った。

俺はもう授業がなかったから家に帰り、スマホを片手にずっと祈っていた。

無駄な祈りだとわかっていながら、ただ祈り続けた。

スマホが着信を伝えるために震えた。

登録していない、けどもう何度も見た番号。

その電話には出ないで、家を出た。

右腕にはまだ彼女のぬくもりがあった。



それから外を歩いた。

何で外に出たかはわからなかったけど、とりあえずマフラーを探した。

彼女はどんな柄のマフラーなら気に入ってくれるだろうか。

彼女がマフラーを付けた姿や、部屋に飾ってそれを眺める姿を想像した。

それでもいまいち想像がつかなくて、結局実物を見ながら考えたほうがよさそうだと思った。

ただ、こんな時期にマフラーなんかおいてる店はそうそうない。

知っている限りで売ってそうな店を見てもどこにもなかった。

それから途方に暮れて知らない道を歩いた。

マフラー専門店なんてあったらいいななんて思いながら。

もしあったら優奈と来てみるのもいいな、なんて思いながら。

だから気が付かなかったんだ。

目の前から、自分が歩いてきていたことに。

右の脇腹に鈍い痛み。

ナイフか何かかと思ったけれど、そんなものではなく俺じゃない自分の手が俺の体にめり込んでいた。

「やっと見つけたよ、お前を」

いままで自分でやっておきながら、まさかその逆をやられるとは思っていなかった。

別の自分のほうから俺に会いに来たことに少しだけ驚いていた。

「優奈は死んだぞ」

「そうだろうな」

その言葉に怒りを感じた。

ただ、何もできなかった。

「お前じゃ優奈を救えない。だって、お前のいる世界の優奈は死んでしまうんだからな」

膝から力が抜ける。

前のめりに倒れそうになって、自分に支えられた。

「もう終わりにしようぜ」

ああ、意識が遠のく。

待ち望んでいたその言葉に、少しだけ安らぎを感じた。




「すみません」

受付の女性に声をかける。

先輩の名前を伝えると、部屋の番号と行き方を丁寧に教えてくれた。

心配半分、期待半分で階段を駆け上がる。

走るなと言われない程度に、でも急いで部屋に向かう。

何せ三ヶ月ぶりの再会なのだ。

先輩がくれたマフラーをつかんで心を落ち着ける。

気が付くかな、もう忘れてるかな。

だめだ、全然落ち着かない。

もどかしい思いをぶつけるようにしてノックする。

少し大きすぎたような気がして、周りを恐る恐る見て、誰もいなくて少しだけ安心した。

「どうぞ」

懐かしい先輩の声。

「失礼します」

顔をのぞかせるようにして部屋の中を見る。

病院らしく白い部屋に、薄い水色のカーテンが揺れていた。

ベッドの上で体を起こしていた先輩は私の顔を見て少し驚いたような顔をした。

でも、すぐに笑顔を見せてくれた。

あまり見たことのない、安らぎと喜びが入り混じったような笑顔だった。

「いらっしゃい」

なんとなくだけど、先輩がマフラーを見てくれたような気がした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 展開のテンポがいいです 自分に殺される所が好きです タイムリープ作中特有の記憶が混濁している感じの表現がかなり好きです。 [気になる点] 最後の1章分はいらないと思いました。 書き方の癖…
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