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Episode 001

 人は死ぬと魂が天に昇る。天に昇った魂は冥界を目指す。

 地球10周分の距離を昇り、魂は冥界に辿たどり着く。

 魂は冥界で浄化された後、雨に混ざって地上に降り、草木に吸収される。

 草木は実を結び、その実を食べた男の精子に魂が宿る。

 男は女と交わり精子が胎内にそそぎ込まれ、やがて胎児になり、新たな命として誕生する。


 ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆


 猿田公彦は48年間の人生を終えた。

 身体の異常を感じて幾つかの病院にかかり、痛み止めや整腸剤を処方されたが体調は改善されず、紹介状を書いてもらっていった大学病院でスキルス性胃癌いがんと診断された。

 職場の健康診断で年に1度はバリウムを飲んで胃部X線診断も行っていたが、この検査ではスキルス性胃癌いがんを見つけられなかった。

 既に全身にがんが転移していたので、スキルス性胃癌いがんと診断されてから人生を終えるまで3か月もかからなかった。

 公彦の魂は身体から抜け出すと徐々に空へと昇って行った。

 病室の天井から自分の亡骸なきがらを見下ろしていたと思っていたら、病院の屋上になり、周囲の街並み、関東平野、日本列島、果ては地球全体が見えてきた。

 何かに引き寄せられるように地球から離れていく。


 やがて辿たどり着いた地表から見上げれば地球が見える。

 ここで幾多の魂とともに浄化の儀式が執り行われる。

 儀式では前世での記憶を洗い流す。経験も煩悩も洗い流されきよめられる。そして雨となって現世に降る。

 浄化された魂には善しか残っていない。人は善だけを持って生まれてくるのだ。


 ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆


「ちょっ、この()あか、こびりついていて落ちないよ!」

「現世では煩悩塗ぼんのうまみれの生涯を過ごしていたのかしら?」

かなたわしにクレンザーをつけて擦っているんだけど、全然ダメ!」

「余りにもあかひど()彼方あっちの専用レーンに流して頂戴」

れに比べ、其方そっち()は浄化がいらないくらい綺麗きれいですね」

「この()は生まれて間もなく亡くなったの。現世のあかに塗れることなく生涯を閉じたからね」

「わ、またあかだらけの()が流れてきた!」

「熱湯にしばらくつけてから擦るとあかが落ちやすくなるわよ」

「熱っ! 本当に熱湯なんですね」

「この浄化作業が現世では『八熱地獄』と呼ばれてしまって・・・」

「一生懸命、浄化しているだけですのにね」

「ちょっと手が滑ってレーンから落としちゃうだけで『無間地獄』で、汚れを削り落としただけで『等活地獄』ですもの」

「あぁ、言っているそばから手が滑っちゃった!」


 ガッチャーン!


「割っちゃった・・・」

欠片かけらが他の魂とくっついちゃうから、急いでき集めて!」

「あぁぁ! まだ浄化していない魂にくっついちゃった」

あかの上に魂の欠片かけらがくっついちゃうと、浄化できなくなっちゃうのよ!」

「えー、どうしましょう・・・」

「主任っ! 主任っ!」

「どうしたの、貴女あなたたち

「新人が魂を落として割ってしまい、欠片かけらが未浄化の魂にくっついてしまって・・・」

「魂は繊細です。落として割らないよう、常に注意していてください」

「すいません・・・」

「その魂はこのトレイに乗せておいてください。専門部署に再構築を依頼します」

「お手数をおかけします・・・」

「研修で教えたように左手でしっかり魂を固定してから、右手でやさしく擦ってください」

「・・・はい」

貴女あなたもしっかり指導してください」

「はい、申し訳ございませんでした」

「では気をつけて作業を続けてください」

「「はい」」

「トレイを此方こちらに」

「はい、よろしくお願いします」

「あ・・・」

「転がっていった・・・」

「しゅ、主任・・・」

「別のレーンに流れて行っちゃいましたよ」

「・・・こほん、未処理の魂は出品前に検品係が見つけてくれます。見つかり次第、専門部署に引き渡されることでしょう」

「「はい」」

「それでは、作業に戻ってください」

「「はい」」


「先輩、あの魂を検品係はちゃんと見つけてくれますかね?」

「検品係はベテランさんが多いから、きっと大丈夫よ」

「そうですよね!」

「ほら、次の魂が流れてきたわよ」

「これもあかだらけですね」

「しっかり左手で固定してからよ!」

「はいっ!」


 ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆


此処ここ何処どこだ?)

 目を開けても景色はかすんで見える。霧がかかったように白くぼんやりとしている。

 耳からは英語でもなく、フランス語でもなく、でもそんなニュアンスの言葉が聞こえている。

 おぼろげな記憶では宇宙から地球を見た。

 それから視覚も聴覚も曖昧あいまいになり、気が付いたら此処ここにいる。

 しかし此処ここ何処どこだかはわからない。

(誰か!)

 声が出ない。喉に何か詰まっている。しかし上手うまく吐き出せない。

(く、苦しい・・・)

 いきなり天地が逆さまになって尻をたたかれ、その拍子に口から何かを吐き出した。

(げぷっ)

 喉が通るようになったので空気を目一杯吸い込んだら、一気に感情がたかぶった。

 喜び、怒り、かなしみ、楽しみ。頭の中でグシャグシャに混じり合う。

「オンギャーっ! オンギャーっ!」

 赤ん坊に戻ったかのように泣いた。泣きじゃくった。


 俺は死んだ。確かに死んだ。しかし新たに誕生した。

 れが「輪廻りんね転生」なのか。

 前世の記憶を持ちながら生まれてきた、という人がチベットだかインドにいると言う話をテレビで見たが眉唾だった。

 死んで生まれ変わってと繰り返すなら、この世界の生き物は常に一定数にしかならない。

 それに「最初に死んだ人」と言われる閻魔えんま大王が転生したなんて聞いたことがない。

 だから死んだらそこでおしまいだと思っていた。

 俺の中の常識が崩れた。

 こうして俺は此処ここにいる。人は死んでもまた生まれ変わると言う話は本当だったんだ!


 これから始まる人生では、前世でやり直したいと思っていたことをしよう。

 幼い頃からピアノやギターを習って、演奏しながら歌えるようになりたい。

 海外旅行したときに「もっと英語が話せたら」と思ったので、英会話も習おう。

 字が汚いので習字も習おう。勉強も今からしておけばいい大学に行けて、いい会社に入れそうだ。

 野球やサッカーも早くから始める。甲子園でヒーローになれるかもしれないし、ワールドカップ日本代表になるかもしれない。

 そして前世ではかなわなかった結婚もしてみたい。子供も欲しい。


 新しい人生は希望がいっぱいだ!


 今は泣いて寝て、おっぱいを飲むしかできない。目もよく見えないし。


 ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆


「あの魂の欠片かけらがくっついちゃった()、どうもそのまま流れていっちゃったみたいよ」

「え? 検品係がスルーしちゃったんですか!?」

「主任も確認したらしいんだけど、専門部署に回らなかったみたい」

「えーっ、そんなこともあるんですか?」

「たまに、ね。滅多めったには起きないんだけど」

「大丈夫なんですか?」

「元々の魂と違うレーンに流れて行ったから、違う現世に転生したと思うの。親兄弟、親戚一族や友人、知人もいないから大丈夫だと思うけど・・・」

「まあ、7~80年もしたら此処ここに戻って来ますしね!」

「・・・長命種に転生しちゃっていたら1000年くらい後になるわよ」

「まあ、何時いつかは此処ここに戻って来ますね!」

「そうだけど・・・」

「何か問題でも起きたら、きっと主任から声がかかりますよ!」

「そうよね、まだ転生したって分かった訳じゃないし」

「そうですよ、先輩!」


 ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆


 しばらったらある程度の視力が出てきた。

 周りを見渡して分かったことだが、どうやら俺はとんでもなく貧乏な家に生まれてきたようだ。

 まずベビーベッドがない。とうでできた籠に寝かされていて母親が移動するときは持ち運ばれる。

 おもちゃがない。ガラガラもおしゃぶりもない。ベビーベッドがないのだからベッドメリーだってない。

 哺乳瓶がない。腹が減ると昼夜問わず泣き、おっぱいを要求しているがいつも母親が乳をだして母乳を与えてくれる。粉ミルクをお湯で溶いて哺乳瓶で与える、ということがない。

 母乳を冷凍庫で保存しておいて、必要なときに電子レンジで温めて哺乳瓶で与えるということもない。

 それとも母親は俺を母乳だけで育てたいのか?

 幸いにも母親は豊かな胸をしており、母乳が足りなくなるという心配はないようだが。

 何と言っても最大の懸念は「家には電気がない」事だ。支払いが滞っているせいなのか、暗くなっても蝋燭ろうそくかランプのあかりだけだ。

 こんなに貧乏な生活をしていては「いろいろな習い事をしたい」とは言い出せない。

「ここはお金持ちで、何不自由ない貴族の家」という淡い期待は泡のように消えていった。

 俺の小さい頃は家の手伝いをさせられ、友達と遊ぶこともできない、塾にも通わせてもらえないというやつが結構いたけど、自分がそういう家庭に生まれ変わるとは思っていなかった。

 せめて携帯ゲーム機くらいは買ってほしい。学校で友達同士の話題に入れないと仲間外れになりそうだし、インターネットでいろいろな情報を集めたい。


 そうか。生まれ出てから1度も父親の顔を見たことがないから、きっと母子家庭なのだ。母親は苦労して俺を産んだのだな。

 もしかしたら父親は行きずりの男で、何処どこの誰かも母親は知らないのかも。

 俺が大人になったら父親を探し出して1発殴ってやろう。うん、そうしよう!


 ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆


「ヨーランダ! 陛下にお世継ぎが産まれたのだ!」

「ニック、帰ってくるなりお世継ぎの話? それより貴方あなたも父親になったのよ!」

「おぉ、産まれていたのか。そんなことより陛下のお世継ぎだ!」

「・・・せめて、男か女かくらい聞いてほしいわ」

「ヨーランダ、乳母にならないか?」

「は?」

「君の胸は大きくて乳が良く出そうだ。乳母だよ!? 王子の乳母だよ!?」

「ちょ、ちょっとニック!」

「僕と城に行こう!」

「・・・確かに乳母になればニックといつも一緒にいられるわね」

「そうだよ、ヨーランダ。それに君が王子の乳母となったら僕も出世できる。衛士長だって夢じゃない!」

「そうね。王子様と乳兄弟になれたらこの子も出世するかもしれないし・・・」

「そうだよ! 行こう、城に行こう!」


 ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆


 家の中が何やら騒がしい。母親が見知らぬ男と荷造りしている。

 もしかしたら新しい恋人と「恋の逃避行」をするつもりなのか!?

(俺は捨てられてしまう!)

 そう思ったらかなしみとさびしさが同時に押し寄せ、その感情に我慢できず、泣いた。

(母さん、俺を置いていかないでくれーっ!)

 俺からしてみればかなり年下の、少女と言っても過言でない女性だが、その母乳を毎日飲んでいたせいかもう母親にしか見えない。この娘は俺の母さんだ。

(その男は誰なんだ? そんな男より俺を選んでくれーっ!)

 この男は俺の母さんを奪っていく悪いやつだ。思い通りに動けないこの未成熟な身体がもどかしい。


 ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆


「ニッキー、泣かないで。良い子だから、よしよし」

「その赤ん坊が僕の子供なのか」

「そうよ、ニックが城勤めの間に産まれたのよ」

「ニッキーって、僕と同じ名前にしたの?」

「そう、この子はニコラス・ヴィンセント・ベックフォード・ジュニアよ」

「そうか・・・同じ名前か。初めての子供だし、まあいいか。初めましてニッキー、僕がパパだよ」

「あぅぅ・・・」

「・・・ヨーランダ。この子、僕をにらんでいるよ・・・」

「気のせいよ、まぶしいんじゃないの?」

「うぇぇ・・・」

「・・・ヨーランダ。この子、僕を殴ろうとしているよ・・・」

「パパに抱っこされてうれしくて手足をバタつかせているだけよ」

「んぃぃ・・・」

「・・・ヨーランダ。この子、おしっこした。僕のことが嫌いなんじゃ・・・」

「ニック、いい加減にして。間違いなくこの子は貴方あなたの息子よ。もっと愛情を持って接して!」

「何だか、まだ自分の子供だっていう実感が湧かないなぁ・・・」


 ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆


 見知らぬ男が俺を抱き上げた。

 お前になんか母さんをやるものか!

 俺は精一杯の抵抗をした。殴る蹴るはかなわないのでおしっこをしてやった。

(こんにゃろめ!)

 しかし母親が俺を抱き上げすぐに襁褓おしめを替えられた。

 言葉はまだわからないが、この男と母親はものすごく親しそうだ。もしかしたら俺が産まれてくる前からの付き合いなのか?


 もし、そうだとしたらこの男は俺の父親だったのか!?

 母親ほど多くの時間を一緒に過ごしていないせいか、全く実感が湧かない。

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