明るく、真っ直ぐ、元気な青年の過去の話。
名だけ可愛い般若面の、恋人となったオルカの過去の話です。
…今は、よく、生活は明るくて、真っ直ぐで、元気な…とよく言われるが、昔からそうだったと言う訳じゃない。小さい頃は内気であり、背も高くなるのが遅めだったこともあり、よくそれを理由にいじめられていたものだ。
よく、俺が何かを持ち歩いていると、俺をいじめに来た奴らがそれを取り、俺にその物が戻らないように、走ったり、投げ合ったりする。最終的に俺の物はどこかに投げ捨てられて、泥まみれになっていることが多かった。
『か、返して!』
今日も同じように、俺の物は奴らに取られた。近くに行って、手を伸ばしても、俺より背の高い奴らばかりなので届かない。あっと言う間に投げ合われて、物を求めて行ったり来たりしている俺を見て、そいつらは笑っていた。
物を取られるのはいつものことであったが、今日は、もう既に亡くなってしまっていたおばあちゃんから作って貰った手さげ袋だった。どうしても、返して欲しかった。思い出の物を汚したくなんてなかった。だから、いつもより必死で取り戻そうとするが、無駄だった。今日もまた、どこかに捨てられて、汚れた状態で帰って来るのだろう。
『返…して…!』
泣いている様子の俺を見てあいつらは笑う。どんなに求めたって戻って来ないおばあちゃんとの思い出の物。大切に使うんだよと言われて渡された物。返して欲しくて仕方ないのに、どうしても取り返せなくって…。
俺に一筋の涙が零れ落ちても、そいつらは笑っているだけだった。だが、そいつらの笑い声が止まった。俺の手さげ袋を持っていた奴を、ある人が殴り、手さげ袋を取り返したからだった。
何すんだよ!そうあいつらは言おうとしてその人を見たが、見た途端、顔面が青ざめた。
『ば…化け物!』
あいつらはそう言って、その人から逃げて行った。化け物と呼ばれたその人はこちらへ来て、取り戻したくって堪らなかった手さげ袋を、俺に差し出してくれた。
俺はお礼を言おうと口を開こうとした。だが、その人はその前に言った。
『…お前を助けたかった訳じゃない。あいつらが気に入らなかっただけだ』
そんなの関係ない。そう思いながら俺は首を振って、それから言う。
『ありがとう。これ、おばあちゃんが作ってくれた大事な手さげ袋だったんだ。本当にありがとう』
手元に戻って来たことが嬉しくって、俺は笑顔でその人に頭を下げた。顔を上げると、その人は困惑した顔をしていた。
『……俺と話してて、怖く、ないのか?』
『え?助けてくれた人を、何で怖がるの?』
『いや、その…化け物って言われてただろう。俺は』
確かに、さっきあいつらはそう言っていた。俺には訳が分からなかった。
『そうだね。何でだろう?怖くないのに…』
『…嘘つけ』
『嘘じゃないよ』
『嘘つけ』
『嘘じゃないってば』
『…………そうかよ』
その人はそう言って下を向く。何で落ち込むの?怖くないって言っているのに。
『あっ。そうだ!』
『…何が?』
『笑えば、いいと思うよ!』
『……はぁ?』
俺はそう言って、ニコッと笑いながら言った。
『それなら、きっと、誰も怖がらないよ』
『んな訳あるか』
『あるよ!ほら』
背の低い俺でも、手を伸ばせば届く位置にあったから、その人の口を、無理やり笑顔の形にする。
『これなら、怖くないよ』
俺は笑顔でそう言った。だが、その人は俺の手を払ってから言った。
『…馬鹿にしてんのか?』
『え?』
『……そんな訳、ないだろ!』
そう言って、その人は俺から立ち去って言った。一瞬、その人は涙目のように見えた。俺は必死で追いかけたが、俺より背の高いその人に、俺は追いつけなかった。
待って。嘘じゃない。本当だよ。馬鹿になんかしてないよ。貴方は怖い人なんかじゃない。俺を助けてくれた、優しい人だよ。だから、泣かないで。泣かないで。でも、呼び止めたいその人の名前を、俺は知らない。
『待って…待ってぇ…!』
「待ってじゃねぇよ!さっさと起きろこの馬鹿!」
また、頭突きをされて、俺は目覚めた。俺はあいつを抱きしめながら寝てしまう癖があるらしく、俺を起こすにはこの方法が確実なようだ。
「いってぇー!何で起こすんだよ!今日は俺ら休みだろ!」
「お前が力強くぎゅうぎゅうして来るからだよ!苦しくって仕方なかったわ!お前は俺を窒息させるつもりか!」
「寝てるし、無意識だから許せ」
「人殺しかけといて、許せじゃねぇよ!」
再び、今日も朝から言い合う形で一日が始まる。言い合っているこの人は、俺の恋人、ミイタ。
……あぁ、そうだったのか。思い出した。
あの時、呼び止めたかった名前を、漸く、俺は知ることが出来ていたんだな。
「ミイタ」
「何だよ!?」
「…ありがとうな」
「はぁ?」
お前が助けてくれたあの時から、俺は明るく、真っ直ぐで、元気な俺になったんだ。あの時から俺は強くなれたんだ。よく、お前に馬鹿馬鹿言われるくらい、猪突猛進になってしまったけれど。
「何がだ?」
「俺の側に、戻って来てくれて」
お前に追いつくためには、背もお前より大きくなるような時間が必要で、長い時間の間に、あの事は忘れていたけれども、俺は漸く、わかる事が出来たんだ。
「お前、笑ってなくても、十分、可愛い」
…問答無用で、あいつにはパーで殴られてしまった。だが、顔を真っ赤にしているあいつは、もう笑わなくても、十分、怖くなんかない。
…あの時、笑えないなら、照れて顔を赤くすればいいと、教えてあげれば良かったかな?
まぁ、言わなくても別に良いか。今は、真っ赤になった顔を隠すために、布団に頭まで潜って、不貞腐れているあいつを、俺は明るく、真っ直ぐ、元気に、宥めることに全力を尽くそう。
ここまで、ご覧になって下さり、ありがとうございました。
オルカの恋は、今よりももっと幼き頃から始まっていたと言う話でした。