第六話
昨日で定期更新は終わりですが、やっぱり書きたくなったので追加ですw
エルダー連合によるシロクマ装備先遣隊が北の都に到着したとき、すでにそこはプレイヤー装備に溢れる町になっていた。
何もエルダー連合が占拠しているわけではなく、すでに到着していた他の氏族が、様々な優先権を国から得ていたのだった。
商業専売権、市場占有権、議会議席権、等々など。
彼らが関わっていない場所はないと言うほどに広がった活動をみれば、既にエルダー連合が出来ることはない。
何しろ、エルダー連合は「彼ら」と関わらないことを宣言しているのだから。
町の情報から南に行くルートの片方がダンジョンの出口であり、片方が東の迷宮の出口であるという。
そこから広がる平原フィールドにはいくつもの国があり、そしてその方向に大きく東進している彼らの噂を聞けば、同じ道を行くだけで交わること必至であると言えるだろう。
ともなれば、北の都周辺のモンスターを始まりの町に持ち込みつつ装備強化して南の迷宮を攻めるほか無いだろう。
いや、北の都で手に入れた地図からすると、始まりの町は、大陸的には西端で、西のダンジョンの先はすぐに海、町などはなく、南のダンジョンの先は未開の密林となっている。
もっとも重要な方向であった東を押さえられ、その上交流禁止を厳守するならば、もう、詰みの状態と言える。
ふれちゃによる報告を聞き、エルダー連合会議は絶望を感じていた。
猛烈な勢いで東進を続ける「斜め下」。
すでに北の市場と国に食い込んでしまっている「斜め下」。
隣国以東にも食い込んでいることは確実。
立ち上がりの遅さから、もう既に引き返せないレベルまで引き離されているように感じていた。
北の都の北にはさらに過酷な北のフィールドがあるという。
なぜかそこまで「斜め下」は進出していない。
ならばそこに行けばいいのかというとそうではない。
あの「斜め下」ですら進んでいないのだから。
「・・・北のフィールドでの強化を推進いたしますわ。強化素材と納品、コレで時間を稼ぎ、南迷宮のドロップにかけますわ」
あまりにも無謀な大方針であったが、未だ彼女らは北の迷宮の宝物庫に気づいていない。
そこにさえ気づければ、有り余る装備の強化が出来ただろうに。
ちなみに、氏族:斜め下のちーと強化後でみると、始まりの町周辺の宝物庫は、ネタ程度の価値しかないのは今更な話であった。
南大密林の先にあったのは、漁港町であった。
ただ、魔物に漁場をあらされ、息も絶え絶えの、ではあったが。
鶴見隊が到着したときには警戒されたが、漁場の浮きの上を軽快に爽快に飛び跳ねながら魔物を刈る「虎仮面」が非常識に、いや非常に感謝され交流の切っ掛けとなった。
実のところ彼らは西の迷宮の先に住んでいたらしいのだが、魔物に追われ追われてこの大密林の先まで来てしまったらしい。
「え、鯱、ここまで来るんですか?」
「ば、ばかいうな! あんな化け物いたら、密林生活してるわ!!」
鯱より虎の方がましと申されるか、うむ、と首を傾げる虎仮面。
「そういえば、魚+虎でしたね、鯱って」
「仲間意識があるのか?」
「いや、ライバルだろ」
アホな話はおいておいて、鯱は西の迷宮の先が縄張りのようで、コッチまでこない。
ならば居るに違いない。
「なにがっすか、鶴見ちゃん」
「南のボス」
「「「「「・・・・・」」」」」
無言で虎仮面をみんなでみましたが、一応意味はないですよ? 一応、と内心を口にする鶴見ちゃん。
ボス、が彼ならば、心おきなく殲滅できるんですが。
「いやさぁ、西みたいに海底神殿の可能性はないか?」
「それも考えたんですけど、漁港がある時点で、その可能性は低いかと」
そんなものがあったら、この人たち、密林に逃げるでしょうし。
では何があるかというと予想の範囲ですが、海岸線沿いのモンスター地域か、絶対に勝てそうもないボスモンスターでしょうね。
とりあえず
「とりあえず?」
凍らせて足場を作ってシーステージへ大進撃ですね。
「ああ、見た目がお嬢様だから勘違いしていた」
「そうだよな、あの熊を殺してるんだもんな」
「やっぱり、氏族「斜め下」は斜め下、か」
なんですか、その不満そうな声は。
足場なんて言わず、全身を凍らせてボトルメールごっこでもいいんですよ?
「「「いえ、滅相もない!!」」」
鶴見の怒りにふれると、リアルボトルメールというまことしやかな噂が流れたとか。
ガンさん率いる北フィールド隊は、この地域の国との友好条約締結を完了していた。
東1、北1、と出だしを抑えたところで、装備の充実を図り、さらなる北ルートの開拓を目指しているところで、エルダー連合が来たのまちに到着した旨の連絡が入った。
どうやら北迷宮を越えてきたらしい。
「・・・そうか、エルダー連合の装備で抜けられるってことは、北ルート越えが正式ルートらしいな」
「そうっすね、ガンさん」
登録宿で一泊中の会話であった。
ともあれ、「斜め下」の生産者が作り出す耐寒装備は非常に好評で、猛烈な勢いで売れている。
加えて既存のNPC職人も弟子入りに来ており、随分とNPC売りの装備のレベルも上がっている影響で、各地のNPC売りの装備レベルも上がっているそうだ。
この辺の伝播速度はゲームっぽい感じだろう。
西フィールドの鯱狩隊は、とうとう完成させた。
木造建設なのになぜか動力付きの変態機動動力船であった。
まぁ、何のことはない「足ふみペダル」式なだけだが。
その設計段階から無茶だという声を押し切って作ったらできてしまたっと言う鬼子で、一応擬装用の帆もついているが、基本使わないだろうというのが制作関係者の総意である。
なぜ使わないか?
だってもったいないから。
なにしろ足ふみペダル、これを長時間使用していると、足技系のスキルが習得出来たり、足技系のスキルのレベルが上がったりするのだ。
それも確実に。
初めリュウジがそれを体感したのは、ペダル動力の実験中だった。
出力実験と負荷実験だったわけだがその途中でいきなりシステムメッセージがポップしたのだ。
何事か、と思ったら、「トンデモ格闘」のレベルが上がったという。
おお、と思ったが、技の範囲でレベルが上がっているのが軒並み足技だけだったのだ。
まさかなぁ、と思いつつ実験を続けると、再びシステムメッセージ。
内容も同じ方向性。
これは実験するべ、という事で、トンデモ格闘系と生産系のプレイヤーで実験。
結果は、トンデモ格闘系は足技系のレベルアップ、生産者系は足技の格闘スキルを習得した。
まさか実験でスキル上げが出来るとは、という事で、サイクルマシンのようなものを作って集団実験をしたところ、結果は物凄いものだった。
ゲーム内時間一時間、負荷付サイクルマシーンをすると、スキルレベルが上がる。
スキルをもっていなくても、足技スキルがつく。
あまりに酷い内容であった。
そんな騒ぎの後、ギルドホームにはサイクルマシーンが数台置かれ、常にトレーニングをするプレイヤーにあふれたのは言うまでもないだろう。
が、それ以上の結果が出た。
そう、トンデモ格闘がトンデモ格闘であるという正面から見たらありえない「それ」が実現したのだ。
それを実現したのはもちろん氏族:斜め下のエルダーリュウジ。
西フィールドのメインである海へ向かって彼が走り出した瞬間現実になった。
あれだ、あれ。
右足が沈む前に左足を出す。
左足が沈む前に右足を出す。
まさかのトンデモ疾走が現実のものになったのだ。
これを見て燃え上がったのは氏族全体。
全体の攻略時間が少なくなってもいいから習得すると各員が集まりすぎた。
そのため、西フィールド班は致し方なく船製作にのめり込み、動力ペダルの囲い込みに走ったのであった。
というわけで、完成した変態機動動力船は、帆による操船も可能だが、基本的には十基つまれた足ふみペダルによって前後左右右回り左回り自由自在の動きが出来、タグボートなしで港に着くという頭の痛い変態性を確保した、憎いアン畜生仕様になっている。
これを再現したシステム側の裁量にきわめて敬虔な尊敬を覚えなくもないが、このレベルまでシステムはOKなんだ、と変態製作職は燃え上がった事を忘れない方がいいだろう。
一時的に攻略が停滞したが、トンデモ格闘系の遊歩は攻略自体を前進させた。
南フィールドの漁港では、足元を凍らせることもなく海を渡って魔物を撃破するようになった鶴見隊がマジ尊敬されているし、足跡を残すことなく北フィールドを縦横無尽に走り抜けるガンさん達は白き獣たちの天敵になりつつあった。
加えて東を進める隊は「氏族:斜め下」の広報ともいえる英雄活動をしており、妹はその名声の影響で各地の「姫」にモテまくっていた。
「っていうか、あたし女だし!!」
「「「「「きゃー、おねえさまぁすてきぃ!」」」」」
当然のごとく、婚期を前にしてそれを拒絶、妹ファンに走る姫たちを快く思わない「結婚相手」が次々と決闘を申し込みに来るのだが、音もなく滑るように消えるように遊歩を使う彼女の敵ではなく、限りなく瞬間的に勝負は決まり、なぜか姫が引っ付いてきたりする。
「・・・きみになら、姫を任せられる」
「おいおい、男だろ、もっと自分磨けよ、頑張れよ、熱くなれよ!!」
熱心な説得で修業後に再戦する約束をして別れるのだが、なぜかもう来ない気がする彼女であった。
「すげぇ、妹さん、ハーレムだ」
「あたしは正常な恋愛感覚を持ってるんだぁ!!」
といっていたのだが、東の先端にある軍事大国では、女を何人も侍らせる色情勇者として有名であり、大いに警戒されているのだが、それは彼女たちの知らない話。
妹がハーレムを満喫している頃「してないわよ!!」、その兄はVRながら海の男を満喫していた。
まぁ、本当の海と違って温いものだが、それでも海の男感覚を観光で体験しているぐらいには満喫できている。
「リュウジさーん、そろそろ動力班がレベルを試たいそうでーす」
「了解、じゃ、錨を下せ―」
「「「「「おおお」」」」」
本当に気分だけ船員だが、それでも楽しいので皆ノリノリである。
とはいえ、目指すスキルがあるので、時々こうやって海の上でアメンボごっこが開かれるのだが、今だ遊歩を取得していないメンバーは進んで動力ペダルを踏んでは試しているわけであった。
「見張りから伝令~、鯱×10、鯱×10~~」
瞬間、似非海の男たちの目が本格派「鯱殺」の目に変わった。
「遊歩取得者は近接、その他は遠距離攻撃だ、いくぞ、ふれんず!!」
「「「「「おおおおお!!!!」」」」」
基本、海だろうと山だろうと、マーダータイムは変わらない、そんなブレない彼らは今、割とハッピーライフを満喫していた。
始まりの街を起点とするエルダー連合。
北エリアの獲物を傷を少なく収集できるようになってから、白い毛皮が流行りだしていた。
それは始まりの街だけの流行と言うわけではないが、タイミング的には遅い感も無きにしも非ず。
加え、南迷宮を攻略し始めた連合であったが、その攻略は難航していた。
東迷宮よりは難易度は低いのだが、中ボスクラスの階層で即死系のMOBが大量に現れていたからだ。
その名も「グラップラー」。
ビキニパンツにクロタイツ、レスリングブーツにマスクと言う正面から相手をしたくない恰好であったが、これが強く、そして当たらない。
海外RPGの忍者は、脱げば脱ぐほど強くなるというのだが、その属性があるかのように感じさせられていた連合だった。
物理的に攻撃が通らないため、範囲攻撃を魔法で叩き込むが、倒しきれない状態で仲間を呼ばれてしまい、汗臭いレスリング体系のおっさんマスクが山ほど集まってきて撤退を呼びなくされるという状況に終始していた。
白熊にすら打ち勝てる自分たちがなぜ、と怒りを感じているようであるが、今だ弓道を抜けるという発想に至らないため、迷宮党派に挑み続ける連合であった。
正直、これが氏族:斜め下ならばどう対応するか?
基本力押し、だめなら搦め手。
その搦め手もやはり斜め上だろうことは間違いない。
南の漁港に見たこともない船が到着した。
勿論、変態機動動力船であった。
「おにーさん、おひさしぶりです!」
「おお、鶴見ちゃん! げんき?」
ハイタッチであいさつする二人を見て、漁港の衆は何事かと何事かと集まってきていた。
「あ、村長。紹介します、こちら我が氏族の親、リュウジさんです」
「あ、ども。初めまして。氏族:斜め下のエルダー、リュウジです」
にこやかに握手するリュウジは、お近づきの印にと、鯱肉を燻製にしたものを大量に持ち込んだ。
「しゃ、鯱、これ、鯱肉じゃないですかぁ!!」
「ああ、うちの氏族なら、わりと簡単に鯱を狩りますよ?」
「あの、鯱を? あの海の悪魔の鯱を!?」
驚きで目を丸くしていた村長だったが、持ち込まれた鯱の肉の量を考えれば死んだ鯱を処理したという量ではない事がわかる。
「で、で、では、もしかしまして、この漁港を、母港にしていただける、と?」
「願ってもないお話です。お願いできますか?」
「よろしくお願いします!!!」
ここに、正式な友好条約が結ばれた。
加えて、現在開発中の西の海岸の所有権を正式に委譲してもらう事も出来た。
「はぁ、あんな地獄のような土地で、何をしているんですかのぉ?」
「いやいや、黙っていても鯱が狩られに来るなんておいしい土地、占有できるなんて夢のようですよ?」
「・・・氏族と言う方々が常識で測れないことは、あの鶴見殿で理解していたのですがねぇ」
と、村長と一緒にリュウジが鶴見ちゃんを見ると、にっこりほほ笑む彼女しか見えないが、まぁ、仕方ない。
そういうモノなのだから。
「力が正義なのではない、正義が力なのだーーー!」
遊歩を使って海を駆け巡る「虎仮面」をみて、少しだけ苦笑いの皆の衆であった。
努力と言うのは、成果が出ないと評価されにくいものです。
しかし、積み重ねた努力と言うモノは血肉になって成長を助けます。
テストがあるからとか試験があるからとか、そういうモノではなく、興味と意義を満たす積み重ねこそ、自分自身への貯金なのではないかと考える神代でした。