「一回殴ってもいい?」
「あれほど絡むなと言ったのに」
「いや、不可抗力でしょ!」
わなわなと拳を握った彼女を制止しながら因幡は青い顔をして反論した。こればかりは許せない、と言わんばかりに彼女は怒りに震える。
「そもそも藤島さんが昨日休んだのが悪い」
「どうせなら玉入れとか綱引きが良かった」
発端は体育祭の種目決めだった。運悪く種目を決める日に休んでしまった彼女はあろうことか勝手に決められていた。それも出場が決定してしまったのはクラス中誰もが敬遠する、必ず異性と組まなければならない二人三脚だった。
「まあ相手が俺で良かったじゃん。ほら、足首縛るから紐貸して。あと肩組んで」
「はあ……」
「その嫌々そうにするのやめてよ、傷つくから」
「……イナバでも人並みに傷つくんだね」
「なんかデジャヴを感じる」
因幡は彼女より頭一つ分ほど背の高い。そのため彼女は少し背伸びをしたように苦々しく肩を組んだ。
秋晴れした空には雲一つ見あたらない。絶好の体育日よりである。半袖のシャツをぱたぱたとしながら、因幡は紐を結った。その間にも彼女のため息が盛大に聞こえてくる。それに因幡は苦笑しなから、冷たい視線を何も言わずに受け止めた。
「はい。準備完了、おーけー?」
「のーいえっと。もう動きたくない、こんなことして誤解されたらどうするの。恨むよ」
この種目はカップル枠なのだ。そもそも当人同士が同じクラスになることなんて滅多にないと言うのに、と彼女は堂々と舌打ちする。付き合ってない二人でも、この種目に出場すると付き合い始めるだなんてジンクスもあるのである。彼女にしてみれば勘弁してくれ、という心境だった。
「むしろ噂になってみる?」
「一回殴ってもいい?」
「痛くなければね」
グランドの砂利を踏む。因幡は彼女との身長差を埋めるように少し屈んだ。走っている最中のかけ声について、続いてつまずいた時にどの足から踏み込むかを早々に決めて、ゆっくりと歩きだす。
「毎週水と日に練習しようか? まだ体育祭まで1ヶ月もあるからかなり速くなりそう」
「……もう勘弁して」