「メランコリックなーう」
夏の大三角が夜空を彩る。一際大きなデネブの近辺にきらりと何かが通りすがった。彼は「今度の生物の補習に引っかかりませんように」と願掛けしており、藤島はなんて風情が無いやつなんだと心の底から思った。
「メランコリックなーう」
「うるさいイナバ」
彼の頭の半分を占めるのは夏期講習中に特別に実施される補習について、である。
彼がそこまで頭が悪いわけではない。むしろ学年で十の指に入るほど頭の切れる人だということを藤島は知っている。しかしどうも藤島が教科係をつとめる生物だけは苦手意識があるようで。
生物でもそれなりにテストでは良い成績を叩き出している彼だが、日常的態度に問題があるのだ。教科書は持ってくる方が珍しいし、提出物は提出期限を忘れてくることもざらにある。そのため彼は生物の強面の教師から目をつけられており、補習は成績が良いながらも補習を受けさせられている。
「俺、絶対に生物の先生から嫌われてるよ」
「どっちかというとイナバの将来を案じてる」
「へ?」
「教科連絡するとき、イナバの忘れ癖をどうにかしてくれっていつも言われてるんだけど。どうにかして」
「予習してると忘れるんだって」
「予習しなきゃいいじゃん」
彼は変なところで生真面目で、それでいて抜けているのである。藤島は深くため息を吐いて、ここでいい、とストップをかけた。
「んじゃ、また今日」
「今日は生物あるから忘れないでね」
「んー、善処します……」
「あとイナバ、補習枠に入ってたからそのつもりで」
「まじかよ」
打って変わってぐったりとうなだれる彼に藤島は笑みをこぼす。
「うわー楽しくねえ展開」
「イナバの頭の中はいつでも楽しそうなのにね」
言ったな、と彼がぶう垂れる。そんなことしても可愛くないから、と藤島がぴしゃりと言うと舌打ちの音が聞こえた。