「完璧って苦しいよね」
「完璧って苦しいよね」
「……なに。自分が完璧だと思ってるの」
藤島は彼に嫌みを含んだ口調で言い放つ。何をやっても平均以上の結果を残すことができる彼と、人並みである自分を瞬時に比較した藤島はとげとげとした雰囲気を纏っていた。
「いや、俺って結構平々凡々だよ。兄貴が本当に完璧だったんだ」
「一応イナバでも人並みに劣等感とかあったんだね」
「とてつもなく嫌味に聞こえる」
「嫌味だから」
かっこよくて、文武両道で性格もよくて。何でも揃ってたよ、と遠くを見る彼をふうん、と眺めながら藤島はキツく当たったことを少しだけ後悔する。その表情があまりにも寂しげで魂が抜かれたようにやるせないものだったのである。これは地雷を踏んでしまった、と藤島は内心冷や冷やとする。
「兄貴って言っても、15歳ぐらい年が離れた従兄なんだけど。まあ完璧だった」
「……さぞかし重圧がありそうだね」
「ああ。将来はエリート街道まっしぐらだろうって思われてた。思ってたよ。でも、ぽっくり死んじゃったんだよね」
「ぽっくり?」
「うん。限りなく自殺に近い交通事故で」
人生何があるか分からない、とは言ったものだなあと藤島は思う。何で死ぬか、いつ死ぬかも分からない。それが急に恐ろしくなった藤島は肩をぶるりと震わせた。
「たぶんさ。寄りかかれる人が居なかったんだと思うよ。完璧だから自分で何でもしちゃうっていうか。一人で生きていけるって思いこんでたから、あの人は」
急にこんな話して悪い、と彼は頭を掻いた。目尻はいつもの何倍も下がっており、表情も暗い。無理に作った苦笑いの表情。藤島はこの表情の意味を知っていた。無理をしている時の表情だ。誰かに頼ることができず、自分の殻に閉じこもってばかり居るひとの顔だ。
「……イナバは死なないよ」
「へ?」
「生物の教科書いっつも忘れてくるし、漢字よく凡ミスするし、寒いのに薄着でいるし。完璧じゃないじゃん。ちょっとは周り頼ったら」
「……おう」
彼は照れたように藤島の目を見る。じっと見つめ返してくる黒曜石の目。それが妙に居心地が良く感じられたのだろう彼はほっと息をついた。
そろそろ藤島の家に着く、「ここでいいや」と急に足並みを止める。随分と長く話し込んでしまっていた。携帯を確認すれば既に午前1時。たった1キロほどを一時間もかけて歩いていたことに彼は驚きながらも、藤島に手を振る。
「……私、完璧なひとより不完全なひとの方が好きだよ」
「何? それは俺に対しての愛の告白?」
「いやただの持論だけど」