「曲がりなりにも女の子なんだからさ」
藤島 安芸が深夜徘徊をすることには理由がある。一つ目に星を見るのが好きだから。それだけであったら家の窓から見ることができる。しかし藤島には二つ目に家の中が窮屈だから嫌だ、という何とも子供っぽい反抗的な理由があった。
補導されかけること13回。未だ補導に至ってはいないが危ない線は何度も潜ってきた藤島は、どこをどのように歩けば彼らに遭遇しないかを熟知している。
「曲がりなりにも女の子なんだからさ」
隣を歩く因幡 楓にキッと睨みを効かせながら藤島は「正真正銘のオンナノコですけど」と容赦なく蹴りを放った。彼は短く呻きつつ、そこまで痛くなさそうな声で文句をたらたらと言った。
藤島と彼、因幡は決して深い仲ではない。たまたま深夜徘徊をしていたところを運悪く目撃され、そのままふっ付かれただけの浅い仲である。藤島自身、彼もそこまで暇ではなさそうだし少ししたら止むだろうと思っていたがそれは勘違いだった。止む気配など更々感じられず、初めて出会ってから半年経った今でも続いている。
「ここまで夜遅くまでほっつき歩いてると補導されそうだけど大丈夫なの?」
「……まあ過去に何回はされかけた。でも見回りの動きは熟知してるから大丈夫」
毎週水曜日と日曜日に藤島は家を抜け出す。決まってその日にどんぴしゃりと彼と鉢合わせするのだ。藤島は軽薄そうな今流行りの外見をした彼を横目で見た。
揃えられた日焼けした髪色。そのくせ肌はそこまで黒くない。人懐っこそうな顔をした彼はクラスの中でも、かなり人気である。女子ならずや男子からの評価も、教師陣からの信頼も厚い。
七分丈のジーンズとシャツを着ている彼はくぁ、と眠気を押し殺したような欠伸をする。
「眠いんなら帰れば?」
「いやいやオンナノコを一人でこんな夜更けにぶらつかせるわけいかないでしょ」
それが例え、俺より血気盛んで蹴りが鋭い子だったとしてもね。と要らないことを言ってきた彼に藤島は思わず金的を狙おうかとも思ったが、それをぐっと堪えた。
「私の家、ここだから。割とイナバの家と近いの」
「へえ。俺の家と200メートルくらいしか離れてないね。……あの電気付いてるとこ藤島さんの部屋?」
そんなことを聞いてどうする、と言わんばかりに藤島は彼をじとっと見る。
「そうだけど。それが何か?」
「いや、ちゃんと勉強装って出歩いてるんだなって」
「当たり前。まあちゃんと親が寝てから出歩くようにしてるけど」
「んじゃ、また今日」
何がまた今日だ、藤島はそう毒舌をかまそうかとも思ったが、そこは素直に「気をつけてね」と言うことにした。そうすると彼は驚いたように目を見開いてはにかんだ。