深く深く眠れ
『深く深く眠れ』
(一)
昔、世界の至る所で戦が勃発していた。しかし、南洋にある小さな島国ユナイは、大きなカナリーヤシの森に包まれた国で戦とは無縁の地。北方の沿岸に面した村では細々と漁をして生活をしている。又、南方は火山を抱えた麓の僅かな平地に村民達が畑を耕し、静かに暮していた。ある日、一人の村民が火山から流れる小さな小川で水汲みをしていると、若い男女が倒れているのを発見した。小川の上にある崖から落ちたようだ。村民は慌てて村に取って返り、村長に伝えた。村長は何人かを引き連れて畑に使う荷車を引くと、村民の後に続いて小川に行った。確かに、男女が並んで倒れていた。二人共、頭や手足から血が流れており、意識はないようだ。村長は他の者に指示し、二人を荷車に載せて村に戻ってきた。すぐさま、小屋に藁と布で寝床を作り、二人を寝かした。それから三日三晩、村長の妻が甲斐甲斐しく世話をしたお蔭で、二人は少しずつ手足を回復していった。ただ、頭部の傷が癒えても記憶が戻る事は無かった。二人は名前も分からず、村長が男にはシュ、女にはミュと名付けた。シュとミュは、お互いの境遇を不安に思い、慰め合う内に愛し合うようになっていった。村民も二人を温かく見守り、このまま村で暮らし仲間になることを期待していた。ある日、シュとミュは村長始め村民を前に言った。
「私達は、この村の一員になることを決めました。ただ、その時は二人が自分を取り戻し、堂々と皆様の前に立つ事を約束します。その時は宜しくお願いします」
村長始め村民の拍手の中、シュとミュは村を後にした。
それから数年が経ち、小さな島国ユナイにも戦の足音が近付いてきた。カナリーヤシの森に不穏な空気が漂い始めた。敵国同志が森の中に侵入してきたのだ。ただ、カナリーヤシに阻まれ、思うように進めない。それぞれの先発として潜入した時、シュとミュはお互い敵国の兵士だと初めて知る。そして、二人の手には機関銃が握られている。二人の後方には、それぞれ敵国の兵士が控えている現状。どうしょうもない事を悟った二人は、せめてお互い自分達で終わらせようと同時に「愛してる」と言いながら発砲した。両方の兵士達は、二人を見ると慌てて撤退した。静かになった森で二人の遺体を発見した村長達は、それぞれの兵服を見て事態を悟った。
「二人の記憶が戻らず、あのまま村で暮していたら、こんな事にならなかったのに」
村長達は泣きながら二人の遺体を村に運んだ。そして、村長は、それぞれの兵服を脱がした後、二人が並んで入れる深い穴を掘らせ、カナリーヤシの葉を敷いた。お互い綺麗な顔をしていたのが救いだった。二人を並べて寝かせると、祈禱師が村に云い伝えられている永遠の愛を表わすコバルトブルーの岩石で首飾りを作り、二人の首に掛けた。祈祷師の祈りに村民全員で手を合わせた。お互いの手を重ね、上からカナリーヤシの葉を載せて葬った。それから十年の時が過ぎ、火山が大爆発し村は埋もれ、南側一帯は焦土と化した。
(二)
その後、地球上で二度の世界大戦が起こり、それから百年近い時が過ぎても、地球上から戦争が消えることは無い。
ユナイ国の北側は沿岸に面した村に岸壁が出来、観光客を載せた船も来るようになった。漁で取った新鮮な魚介類と白い砂浜を売りにして小さいホテルも何軒が出来た。
ある日、日本から若い男女のカップルがやってきた。男性の名前は村居修司、この旅行中に結婚の申込みをするつもりだっが、彼女は結婚に二の足を踏んでいる。今の仕事が面白いというのもあるし、子供が欲しいとも思っていないようだ。ただ、修司は自分の子供を欲しいと考えている。何とか、説得したいと考えているが難しそうだ。二人はホテルに荷物を置いた後、砂浜を散策した。真っ白な砂浜に打ち寄せる青い海。二人だけの時間。修司は、ここぞとばかり話かけようととしたが、その前に彼女の深井美優が感嘆したように叫んだ。
「ねぇ、見て見て、この石」
そう言った彼女の手の平に、コバルトブルーの色に輝く石が乗っていた。
「やぁ不思議な色をしている石だな」
修司も思わず声を上げた。
「この石で首飾りを作ったら素敵じゃない。婚約指輪じゃなくて婚約首飾りがいいわ、いつも付けていられるし」
修司が結婚の申込をする前に結婚が決まった事に不思議な面持ちだったが、修司が有頂天になった事は言うまでもない。
それから何年後、村居家の朝は美優の叫び声で一日が始まる。
「パパ、早く起きなさい。あなた達も遅刻するわよ」
美優の首元には、いつもコバルトブルーの石が静かに見守っている。




