チミドロさん
カンカンカンカン。
午後11時過ぎ。
ひと気のない狭い道にある踏切で、遮断機に遮られる。
バイトで疲れてるというのに……ツイてない。
隣では、バイト仲間の岸が、自転車のハンドルに腕を掛けて、スマホを覗いている。
遮断機の赤い明滅と、スマホからの白い光に田島の顔が照らされている。
「そう言えばさぁ ── 」
ガタンガタンガタンガタンガタン。
ゴォ~。
何事か言おうとした岸の言葉が、貨物列車の通る音に遮られる。
カンカンカンカン………ウィーン。
遮断機が上がると、俺たちは無言で自転車を走らせた。
「さっき、なんか言いかけてなかった?」
横を走る岸に問いかける。 正直、どうでもいいっちゃ、どうでもいいのだが、中途半端なのは気持ちがモヤる。
「あぁ、せっかく給料入ったし、たまにはファミレスで話でもしようぜ? って言いたかったのよ」
バイト中にまかないを食べたので、お腹が空いてる訳ではないが、せっかく同じバイトをしているのだから、たまにはドリンクバーで、親交を深めるのも悪くはない。
俺は、そう思った。
◇ ◇ ◇
「チミドロさんって知ってる?」
ドリンクバーから持ってきた、炭酸ジュースを飲みながら、岸が切り出した。
チミドロ……さん。
もう、名前からして、悪い予感しかしない。
「知らない。でも、知らなくていいや」
「いやいや、絶対、おもしろいから聞いてくれよ。 昔な? 本好きの女子高生がいたんだよ」
「おい、やめろって」
「いいから、いいから。 で、その子、いつも文庫本読みながら歩いてたんだ。 二宮金次郎みたいだろ?」
「まじ、そういうの勘弁!」
「で、その子が、広い踏切を歩いてたら、遮断機が降りてきたんだ。 で、止まった。 もちろん文庫本を読みながら……」
嫌な予感しかしない。
「でも、実はさ。 その遮断機……出口側だったんだ。 警報が鳴る前に、手前の遮断機を超えててさ。 踏切を渡り切る前に遮断機が降りちゃったんだよ。 でも、その子は文庫本を読んでるから、そのことに気付かない」
ズズ。
岸が、勿体ぶるように、ジュースを一口啜る。
「で、その子は踏切内にいるとは気付かないまま、遮断機の前に立ってたんだ。 しかも、あんまり近いと電車の風が鬱陶しいと思ってたんだろうな。 わざわざ、遮断機から二歩ほど下がったところでさ。 文庫本を読みながら……。 そして……電車が来て……」
岸が、右手をパッと開いてみせる。
なんとも、嫌な話だ。
「で、こっからが本番なんよ」
まだ続くのか……
「その子は、電車に轢かれた時に手放しちゃった文庫本をさ。 ……探してるんだ。 今でも……血みどろになった姿で……」
やっと終わった。
怖い話は苦手だから、ホラーパートがアッサリしてて助かった。
俺は、少しホッとしながら、炭酸に手を伸ばす。
「この話を聞くと、三日以内にチミドロさんがくるんよ。 夢の中に」
伸ばした手が止まる。
は?
来る?
アホかっ!
俺は、岸を睨みつける。
彼は、何処吹く風と、ジュースを一気に飲み干す。
「見分け方は簡単。 遮断機の音だ。 真っ暗な夢の中に遮断機の音が鳴り響くわけ。 カンカン、カンカンってな」
「おい、ふざけんなよ」
「ふざけてなんかねぇよ。 今から、チミドロさんが来た時の対処法を教えてやるんだから、ありがたがって聞けよ」
ニヤリと笑う岸に苛立ちを覚える。
自分で、チミドロさんが来る方向に持っていきのがったくせに、自分で対処法を教える。 なんつうマッチポンプだ……
「やる事は二つ。 文庫本を探して拾う。 で、その文庫本をチミドロさんに渡す。 な? 簡単だろ?」
「暗闇の中でか? それのどこが簡単なんだよ」
「そこは大丈夫! わかりやすくなってるから。 問題は、やっちゃいけないことがあるってこと。 一つは、親指を見せない。 要は、親指を握って、誰にも見えないようにするってこったな」
「はぁ? 親指握ってたら、どうやって文庫本を拾うってんだよ」
「親指を握った拳で、挟むようにすんだよ。 拾う時は、ちょっとてこずるんだけど、一度、持ち上げちまえば、案外、なんとでもなる。 あとは、文庫本を探してる時に、なぜか婆さんだか爺さんだか、よくわかんねぇ老人が来る。 で、やたら覗き込んできて、話しかけてくるんだが、絶対に返事はしちゃダメだ」
「なんで、そんなんが出てくんだよ」
「知らねぇよ。 そういうもんなんだろ? そりゃ、サッカーでなんで手使っちゃダメなんだよって言ってるようなもんだわ」
むぐ。
なんか腹立つ奴だなぁ。
「で、拾ったら踏切に行く。 踏切の中に水たまりみたいなんがあるんだけど、それ、チミドロさんの血溜まりなんよ。 その血溜まりに文庫本を置く」
「バシャってやっていいのかよ?」
「ん? あぁ、いいんじゃね? 乱暴にやって、血しぶきがかかってもいいんなら」
それは、勘弁願いたい。
「最後に、『そぜん ぶう』って10回唱える」
「なんだよ、『そぜん ぶう』って、意味わかんねぇよ」
「だから、知らねぇよ。 そんなに知りたかったら、全部終わった後にチミドロさんにでも聞きゃいいんじゃねぇ? 『そぜん ぶう』ってなんですか?って」
「聞くわけねぇだろ!? だいたい、こんなん作り話だろ?」
「……だといいんだがな。 まぁ、いいや。 それで夢から覚めるから、あとは一週間以内に、この話の事を知らない奴を探して、チミドロさんの話をする。 それで、完全におしまい」
岸が、肩を竦めて見せる。
相変わらず、腹立つ奴だなぁ。
「これで、俺のノルマは終わり。 お前が、チミドロさんの事知らなくて、ホント、助かったわ」
「はぁ? おまっ! 最悪やん!」
「いやぁ、よかった、よかった。 じゃ、そろそろ帰ろうぜ」
全然、よくねぇし……
◇ ◇ ◇
「じゃ、俺、こっちだから……。 あとよぉ、まあ、その、なんだ。 あ~、がんばれよ」
ファミレスを出た俺たちは、いつも別れる三叉路まで一緒に自転車を走らせた。 去り際の岸の言葉で、余計に憂鬱になる。
「……じゃあな。 また明日、店で」
「あぁ……」
岸と別れた俺は、夜道に一人でペダルを漕ぎながら、チミドロさんの話について考えていた。
いや、頭から離れないと言った方が正しいかもしれない。
よくある作り話だ。
実際に、そんな夢なんか見る訳がない。
ありえない。
『そぜん ぶう』だっけ?
そぜん ぶう そぜん ぶう そぜん ぶう そぜんぶうそぜんぶうそ…………ぜんぶうそ?
全部、嘘?
なんだよ、アイツ。
恐怖は一気に吹き飛び、笑いが込み上げてくる。
あいつ、すげえな! よく、こんなん、あんな真面目に話せるな!
いやぁ、ぜんぶ うそかぁ!
今度、他の奴に、同じことやってやろう。
俺も、岸みたいに真面目に話さないとなぁ……
くくく、夢は広がるぜ。
その晩、俺は、少し愉快な気持ちで、眠りについた。
◇ ◇ ◇
気が付くと、俺は暗闇の中に一人立っていた。
…………なんだ? この状況。
カンカンカンカンカンカンカンカン。
突然、鳴り響く、遮断機の警報。
まじか……
俺は、慌てて親指を握った。
完




