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チミドロさん

掲載日:2026/07/02

 カンカンカンカン。


 午後11時過ぎ。

 ひと気のない狭い道にある踏切で、遮断機に遮られる。

 バイトで疲れてるというのに……ツイてない。

 隣では、バイト仲間の岸が、自転車のハンドルに腕を掛けて、スマホを覗いている。

 遮断機の赤い明滅と、スマホからの白い光に田島の顔が照らされている。


「そう言えばさぁ ── 」


 ガタンガタンガタンガタンガタン。

 ゴォ~。


 何事か言おうとした岸の言葉が、貨物列車の通る音に遮られる。


 カンカンカンカン………ウィーン。


 遮断機が上がると、俺たちは無言で自転車を走らせた。


「さっき、なんか言いかけてなかった?」


 横を走る岸に問いかける。 正直、どうでもいいっちゃ、どうでもいいのだが、中途半端なのは気持ちがモヤる。


「あぁ、せっかく給料入ったし、たまにはファミレスで話でもしようぜ? って言いたかったのよ」


 バイト中にまかないを食べたので、お腹が空いてる訳ではないが、せっかく同じバイトをしているのだから、たまにはドリンクバーで、親交を深めるのも悪くはない。


 俺は、そう思った。


 ◇ ◇ ◇


「チミドロさんって知ってる?」


 ドリンクバーから持ってきた、炭酸ジュースを飲みながら、岸が切り出した。


 チミドロ……さん。


 もう、名前からして、悪い予感しかしない。


「知らない。でも、知らなくていいや」


「いやいや、絶対、おもしろいから聞いてくれよ。 昔な? 本好きの女子高生がいたんだよ」


「おい、やめろって」


「いいから、いいから。 で、その子、いつも文庫本読みながら歩いてたんだ。 二宮金次郎みたいだろ?」


「まじ、そういうの勘弁!」


「で、その子が、広い踏切を歩いてたら、遮断機が降りてきたんだ。 で、止まった。 もちろん文庫本を読みながら……」


 嫌な予感しかしない。


「でも、実はさ。 その遮断機……出口側だったんだ。 警報が鳴る前に、手前の遮断機を超えててさ。 踏切を渡り切る前に遮断機が降りちゃったんだよ。 でも、その子は文庫本を読んでるから、そのことに気付かない」


 ズズ。


 岸が、勿体ぶるように、ジュースを一口啜る。


「で、その子は踏切内にいるとは気付かないまま、遮断機の前に立ってたんだ。 しかも、あんまり近いと電車の風が鬱陶しいと思ってたんだろうな。 わざわざ、遮断機から二歩ほど下がったところでさ。 文庫本を読みながら……。 そして……電車が来て……」


 岸が、右手をパッと開いてみせる。

 なんとも、嫌な話だ。


「で、こっからが本番なんよ」


 まだ続くのか……


「その子は、電車に轢かれた時に手放しちゃった文庫本をさ。 ……探してるんだ。 今でも……血みどろになった姿で……」


 やっと終わった。

 怖い話は苦手だから、ホラーパートがアッサリしてて助かった。

 俺は、少しホッとしながら、炭酸に手を伸ばす。


「この話を聞くと、三日以内にチミドロさんがくるんよ。 夢の中に」


 伸ばした手が止まる。


 は?


 来る?


 アホかっ!


 俺は、岸を睨みつける。


 彼は、何処吹く風と、ジュースを一気に飲み干す。


「見分け方は簡単。 遮断機の音だ。 真っ暗な夢の中に遮断機の音が鳴り響くわけ。 カンカン、カンカンってな」


「おい、ふざけんなよ」


「ふざけてなんかねぇよ。 今から、チミドロさんが来た時の対処法を教えてやるんだから、ありがたがって聞けよ」


 ニヤリと笑う岸に苛立ちを覚える。

 自分で、チミドロさんが来る方向に持っていきのがったくせに、自分で対処法を教える。 なんつうマッチポンプだ……


「やる事は二つ。 文庫本を探して拾う。 で、その文庫本をチミドロさんに渡す。 な? 簡単だろ?」


「暗闇の中でか? それのどこが簡単なんだよ」


「そこは大丈夫! わかりやすくなってるから。 問題は、やっちゃいけないことがあるってこと。 一つは、親指を見せない。 要は、親指を握って、誰にも見えないようにするってこったな」


「はぁ? 親指握ってたら、どうやって文庫本を拾うってんだよ」


「親指を握った拳で、挟むようにすんだよ。 拾う時は、ちょっとてこずるんだけど、一度、持ち上げちまえば、案外、なんとでもなる。 あとは、文庫本を探してる時に、なぜか婆さんだか爺さんだか、よくわかんねぇ老人が来る。 で、やたら覗き込んできて、話しかけてくるんだが、絶対に返事はしちゃダメだ」


「なんで、そんなんが出てくんだよ」


「知らねぇよ。 そういうもんなんだろ? そりゃ、サッカーでなんで手使っちゃダメなんだよって言ってるようなもんだわ」


 むぐ。

 なんか腹立つ奴だなぁ。


「で、拾ったら踏切に行く。 踏切の中に水たまりみたいなんがあるんだけど、それ、チミドロさんの血溜まりなんよ。 その血溜まりに文庫本を置く」


「バシャってやっていいのかよ?」


「ん? あぁ、いいんじゃね? 乱暴にやって、血しぶきがかかってもいいんなら」


 それは、勘弁願いたい。


「最後に、『そぜん ぶう』って10回唱える」


「なんだよ、『そぜん ぶう』って、意味わかんねぇよ」


「だから、知らねぇよ。 そんなに知りたかったら、全部終わった後にチミドロさんにでも聞きゃいいんじゃねぇ? 『そぜん ぶう』ってなんですか?って」


「聞くわけねぇだろ!? だいたい、こんなん作り話だろ?」


「……だといいんだがな。 まぁ、いいや。 それで夢から覚めるから、あとは一週間以内に、この話の事を知らない奴を探して、チミドロさんの話をする。 それで、完全におしまい」


 岸が、肩を竦めて見せる。

 相変わらず、腹立つ奴だなぁ。


「これで、俺のノルマは終わり。 お前が、チミドロさんの事知らなくて、ホント、助かったわ」


「はぁ? おまっ! 最悪やん!」


「いやぁ、よかった、よかった。 じゃ、そろそろ帰ろうぜ」


 全然、よくねぇし……


 ◇ ◇ ◇


「じゃ、俺、こっちだから……。 あとよぉ、まあ、その、なんだ。 あ~、がんばれよ」


 ファミレスを出た俺たちは、いつも別れる三叉路まで一緒に自転車を走らせた。 去り際の岸の言葉で、余計に憂鬱になる。


「……じゃあな。 また明日、店で」


「あぁ……」


 岸と別れた俺は、夜道に一人でペダルを漕ぎながら、チミドロさんの話について考えていた。


 いや、頭から離れないと言った方が正しいかもしれない。


 よくある作り話だ。


 実際に、そんな夢なんか見る訳がない。


 ありえない。


『そぜん ぶう』だっけ?


 そぜん ぶう そぜん ぶう そぜん ぶう そぜんぶうそぜんぶうそ…………ぜんぶうそ?


 全部、嘘?


 なんだよ、アイツ。


 恐怖は一気に吹き飛び、笑いが込み上げてくる。


 あいつ、すげえな! よく、こんなん、あんな真面目に話せるな!


 いやぁ、ぜんぶ うそかぁ!


 今度、他の奴に、同じことやってやろう。

 俺も、岸みたいに真面目に話さないとなぁ……


 くくく、夢は広がるぜ。


 その晩、俺は、少し愉快な気持ちで、眠りについた。


 ◇ ◇ ◇


 気が付くと、俺は暗闇の中に一人立っていた。


 …………なんだ? この状況。


 カンカンカンカンカンカンカンカン。


 突然、鳴り響く、遮断機の警報。


 まじか……


 俺は、慌てて親指を握った。




 完

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― 新着の感想 ―
ファミレスで聞かされた踏切の都市伝説が、「そぜん ぶう」の仕掛けで一度は笑い話へ変わる流れが巧みでした。全部嘘だと安心し、自分も誰かに話そうと眠りについた直後、暗闇で遮断機の音が鳴る結末にぞっとします…
主人公の感情の浮き沈みが面白かったです。 特に『そぜん ぶう』の秘密を知り、気が抜けた後に夢に遭遇して律義に親指を押さえる姿がシュールで笑ってしまいました。 チミドロさんの話もリアリティーがあってしっ…
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