手に余る弓 ─ 扱えないものを選んでしまった少年の話
─ 欲しいものがはっきりしている時
人はまっすぐ進んでいるつもりになる
ただ、その道が近道かどうかは別の話だ ─
「 石弓 が欲しいだと?馬鹿を言うな。長弓もまともに扱えないくせに」
親父にバッサリと切り捨てられた。
村で一番上にいる親父に分かるはずがない。俺にとって、”熊狩り人” の名前がどれだけ重いのか。
同世代の連中は既に長弓を持って猟に出ている。俺はと言えば、リーチと筋力が足りなくてまだ使わせてもらえない。中弓が精いっぱいだ。
(あいつらより俺の方がずっと上手い)
その証拠に、奴らの仕留めた獲物を見てみろ。狙い所が悪くて毛皮の価値を落としてるし、急所を撃ててないから獲物を無駄に苦しませている。俺なら絶対にやらないミスだ。親や周りは何も言わないのか。
かと言って、急に背が伸びたり、体格が良くなることを期待するのは現実的じゃない。もっと確実な手段がある。
奴らより良い弓を手に入れればいい。それだけの話だ。
(クロスボウは無理だな。職人に頼むしかないし内緒で作ってくれるわけがない)
森の奥には良いイチイの木があると聞いている。それを採って来て自作するのが手っ取り早い。
(必要な道具は──)
手斧は枝打ち用でなんとかなる。木楔とハンマーは薪小屋だ。
「ガル!」
猟に連れて行ってもらえると思ったのか、尻尾を振りながら嬉しそうに駆け寄って来る。
「ごめんな、今日は狩りはしない。でもお前の力が要るんだ」
連れ立って森の入口の共同作業小屋まで歩く。
「ガル、周辺警戒」
合図して中に入り、見回す。帰りのことを考えるとあまり多くは持っていけない。
短鋸と、荒縄、後は木を包む布くらいか。
急いで背負い袋に詰めると、足早に森へ向かう。
『我はラウルクの御名において、森に分け入る者なり』
…少し考えて、目的を告げる。神さまに嘘はつけない。
「イチイの木を探しに入ります」
──このあたりには立ち入ったことがなかったが、良い木が沢山あって目移りするほどだった。
当たりを付けながらなおも進んでいく。ガルを横目で見たが、不安そうな様子はない。
(まだ、大丈夫)
イチイは成長が遅い木だ。年輪を重ねた太い木の芯材を使えればそれが一番だ。
そうは言ってもそんなに太い木はひとりでは持ち帰れない。妥協が必要だった。
考えながらなおも進むと、不意に目の前に立派なイチイの木が現れる。幹の太さは想定していたよりかなり大きい。だが、理想の木と言って良かった。
(…とにかく伐採しないと)
倒す方向を決めて、受け口を作る。
反対側に回って、受け口の少し上を狙って斧を打ち込む。刃は、思ったよりも浅くしか食い込まなかった。
(イチイは柔らかい木だと聞いてたけど、これは時間を食いそうだ)
──腕が鈍く痺れる。何度も打ち込んでいるはずなのに、ほとんど進んでいる気がしない。
(止めるか?…いや、せっかくここまで進めたんだ)
(同じ場所を、広げずに、角度を意識…)
木こりの基本だと叔父が教えてくれた。
最悪、計画を変更せざるを得ないかもしれない。俺は汗を拭いながら斧を振り続けた。
──どれくらいの時間が経っただろうか、不意に、木の奥から軋むような音が返ってきた。
(いけない、逃げ道を確保しないと)
目を配りつつ、ガルに合図を送り、数回同じ箇所に斧を打ち込む。
次の瞬間、繊維が裂ける鈍い手応えとともに、幹が傾く。枝が周囲の木を払い、葉が擦れる。
「ガル!」
呼びかけながら、離れる。
幹はそのまま倒れ、足元に衝撃が伝わった。
達成感より疲労が先に立つ。
これで終わりじゃない。枝払いに荒削り、楔打ちが残っている。いや、その前に、そもそもこの長さじゃ運べない。
「ガル、ちょっと休憩しよう」
少し離れたところに背負い袋と麻袋が置いてある。多少土埃がかかったけど問題はない。
麻袋を開いて、布包みを取り出すと、ガルが期待に満ちた目で見つめてくる。
「分かってるよ、ちょっと待ってな」
塩漬け肉と、チーズ、それと油を塗ったパン。後は…。
「お前の分はこっちな」
分けられた小さな包みを開ける。パンの端切れと、塩っ気のない少し乾かした肉。
「ほら、昨夜のスープの兎肉もあるぞ」
念のため少しだけ齧ってみたが味はついていない。ガルの前に広げると、嬉しそうに齧りついた。
水を飲んで一息つくと、多少体力が回復した気がする。立ち上がって腕を振ってみたが、重い。気合で枝を払い、玉切りをする。
粗加工の為に持ってきた木楔とハンマーを取り出し、慎重に狙いを定める。
(…この場所でいいはず)
狙いを定めて打ち込む。楔は逃げて斜めに刺さった。
(駄目だ、全然効いてない)
おかしな割れ方をしたら終わりだ。どんなに良い木でも割り方を間違えたら台無しにしてしまう。
──決断しなければ。
それでも、こんな奥まで踏み入れたと知れたらこっぴどく叱られるのは間違いない。自分でも往生際が悪いと思うが、少しでも移動させておきたかった。
荒縄を掛け、力いっぱい引いてみる。何度やっても、丸太はびくともしなかった。
(下面を平らにしてソリみたいに引けないか?)
手斧で端を削ってみる。二度、三度…。
……無理だ。絶対、無理。
ため息交じりに上を見上げる。鬱蒼とした枝葉が重なって、陽の光はほとんど見えない。それでも体感で、戻る時間だと知れた。夜になれば霧が深くなる。
(まさか使う羽目になるとは…)
ガルとはぐれたとき用に持っていた赤い布を裂き、側に立つ木の枝に結ぶ。色は森の中で浮いて見える。これなら見失わない。
(出来るだけ入口近くまで持たせたいな)
視認性を落とさない程度に細く裂き、確認しながら進む。足取りは重かったが、気にしないことにする。
ガルの歩みに迷いはなく、俺が振り返って木に印を結ぶ度に、すこし先で立ち止まって待っていてくれた。
俺が見当をつけた方角とガルが進む方角は大体同じだ。
(見失ってない、大丈夫)
──甘かった。俺がそれに気づいたのは日が暮れて辺りに霧が立ち込めてからだった。方向感覚は完全に失われていた。
いつもより重い荷物が邪魔だ。こんなに奥まで来てしまっていたとは予想外だった。空腹と疲れで足が止まる。
先を行くガルが立ち止まって俺を見る。
「ガル、ちょっとだけ休もう」
ガルはしばらく俺を見つめていたが、何かを探すような素振りを見せると不意に音も立てずに姿を消した。
「ガル?」
不安になる必要はない。ガルは意味もなく主の側を離れたりしない。
俺は近くの木の幹に寄りかかって座り込むと息をついた。明かりが欲しい。無意識に腰の物入れを探り、ほくち箱を取り出す。
「枯れ枝がいるな…」
のろのろと立ち上がり、周囲から枝を拾う。茂みの奥で、わずかに音がした。時を置かず、ガルが戻ってくる。
口に咥えているのは、小さな野兎だった。
「…早いな」
それだけ言って受け取り、処理を始めた。
いつもより大分時間がかかってしまったが、何とかやり遂げた。ごく薄く削いで小枝に差し、火にかざす。生枝なら燃えにくいだろう。
火に近づけ、両面を何度も返す。こんなところで腹痛はシャレにならないから、念入りに焼く。煤で黒くなったのか焦げたのかイマイチ分からないが、この辺りは勘だ。
(ガルにもご褒美をあげなくちゃな)
顔を上げると、ガルの姿は消えていた。
「──ガル?」
何度か呼んでみたが返事はない。俺は立ち上がりかけ、思い直して座った。とにかく腹ごしらえだ。探すとしてもそれからの話だ。
───静かだった。
時折、枝が爆ぜる音以外は何も聞こえない。森が無音のはずはないから、俺の感覚が鈍っているんだろう。
残りの枝を放りこむと、少しだけ炎が立った。
見渡しても、何も見えない。
(森で夜を過ごすのは初めてだな)
そんなことを考えながら、火を見つめた。
「こそこそと何かやってるとは思っていたが」
──バレてた。俺の話を聞いた親父と叔父、セタとソルまで仁王立ちしてこちらを見ている。何故かガルが項だれていた。
「まぁ…、丸太を置いて戻ろうとしたのは正しい判断だな」
叔父が取りなしてくれる。
「だが、自力で戻れなかった。それが今のお前の実力ということだ」
後日、弓職人が用事の合間に、放置してしまったイチイの丸太を回収しに行ってくれた。ついでだからと芯材に加工までしてくれていたので、俺は居たたまれなくなってひたすら頭を下げた。
猟から帰った親父は無言でそれを見つめると、礼を言うために出ていこうとして立ち止まり、一言だけ告げた。
「良い木だ。…だからこそ、お前にはまだ早い」
早い?早いからこそ、この弓木が俺には必要なのに。
こいつを乾燥させるのには三年はかかるだろう。最高の弓にするためには、それくらい必要だった。
その間にガルと共に腕を磨き、弓に相応しい使い手になる。三年は長いが、焦る気持ちを抱えて日々を過ごすよりずっと良い。
こいつを仕上げてガルと共に狩りに出るのが待ち遠しかった。
(もう不安な日々を過ごさなくていい)
久し振りに、ワクワクしていた。
─ End ─
【次回予告】
少年は、相棒とともに森へ入った。
帰ってきたとき、
何かが変わっていた。
――それが何だったのか、
彼はまだ分かっていない。
※次回は、『ザエッダの弓手 07:黄金の瞳』の予定です。




