第二章5 『三王、対峙』
中は煙が充満していてよく見えない。一歩踏み出すと足元にぬるりとした感触が走った。
赤い、血だ。傍には店主と思わしき男が顔を潰された状態で倒れていた。
思わず舌打ちした。
――刹那、風を切る音が鳴り響いた。剣を取り出し防ぐ。ガキンッとぶつかる音がした。
視野が悪いなか目を凝らし敵の位置を確認する。だが、煙が濃いのと四方八方から飛ばされる攻撃で居場所は掴めない。
「不動の王者」
そう唱えると、俺の周りに魔法陣が幾つも浮び上がりそこから剣が飛ばされる。
(見えないなら、全方向に放つまでのこと。
避けられぬ者は――その運命を受け入れろ。)
すると剣を打ち返す音がした。その場所へと攻撃を集中させる。
煙が薄くなってきた。敵の姿は何処にもない。仕留めきれなかった。そう思ったとき、
空気が裂けるように頬をかすめ、背後から何かが迫ってくる。
金属同士がぶつかり火花が静寂を切り裂いた。
敵が接近してきたことで姿が見えた。
その男は、赤い髪が肩まで揺れ、傷だらけの体に薄い布を纏っていた。
目は柔らかく、落ち着いた光を宿す。だがその奥には、確かな闇と冷たさが潜んでいるのが分かる。
「やぁ、あなたがナイト……だよね?
僕はルーク。なんだか君とは仲良くなれそうな予感がするよ。」
「王と仲良くするなど百年早いわ」
「ふふっ、面白い人だね。」
再び火花を散らす。鍔競り合いで距離が近くなったときに気づいた。
奴の顔が赤く、微かに酒臭いことに。
「貴様、酔っているな。そんな状態で戦いを挑むとは馬鹿げている。」
「そんなことないよ、これはいつもさ。僕は戦いのときは酒を飲むって決めている。」
ふざけた奴だ。この王に泥酔状態で挑むとは身の程知らずにも程がある。
そして、手に握る武器――三節棍。短く見えるが、動きは予測不能。
(ふざけた武器だ。だが、こいつの扱いを見る限り、確かにただ者じゃないな…)
金属同士が再びぶつかり、火花が散る。
三節棍の特異なリズムに合わせて攻撃を打ち返す。
威圧感よりも、どこか軽妙で厄介な戦い方だ。
距離を詰め、剣を振るおうとしたその時、
ーー手の力が抜け剣を落とし、足がもつれその場に膝をついてしまった。
(クソっ…!!あの時の酒が響いて……。)
「あれ、どうしちゃったんだい?……まぁいいや。僕の勝ちってことだよね、偽王様。」
その隙をルークは見逃さず、クスクスと笑いながら俺を見下ろし三節棍を振るった。
魔法陣を展開させるが間に合わない。
その刹那、金色の光が眩しく輝いた。
◇◇◇
街の方から爆発音がした。南の方から微かに魔力の気配がした。
(この魔力の気配……俺は知っている。)
「……まさか、王候補者同士が…。」
「え?どうして候補者同士で争うの?……もしかして候補者全員殺すことも勝利条件になるの…?」
シグレが恐る恐る質問する。
「違うよ、王戦の勝利条件はただ一つ。祭壇に王印をかざすことだ。」
「じゃあどうして争うの?」
「簡単だ。祭壇に辿り着く前に、邪魔者を排除するためだ。」
「でも……祭壇なんて、どこにあるか分からないんでしょ?」
「1週間だ。」
バトラーが静かに言う。
「鍵の王印が現れた瞬間から1週間。王戦は始まる。
その間、祭壇の場所は伏せられる。」
「伏せられる……?」
「だが最終日の夜、全ての王印は共鳴し、祭壇へ導かれる。」
シグレは息を呑んだ。
「じゃあ、それまでに……」
「ああ。鍵を押さえた者が圧倒的に有利になる。」
シグレはペンダントに手を当てうつむいてしまった。
「大丈夫だ!確かに、鍵は候補者達から狙われる。候補者の中には手段を選ばないやつもいる、だけどどんな奴だって俺が倒す。
俺がシグレを守るよ!!」
俺がそう言うと、シグレが顔を上げ少し微笑む。
「…ありがとう。」
「……!あぁ!!」
シグレに守ることを否定されなかった。その事実に嬉しくなる。
すると、バトラーが先ほどの爆発音がした方を確認している。
「まずいな…。
アルト、これ以上騒ぎが大きくなる前に見に行ったほうがいい。もしかすると、ルークかもしれない。ルークならば好都合だ。ここで仕留めておこう。」
「わかった。それから、シグレはここで待っていてほしい。大丈夫、ここはバトラーの結界があるから外に出ない限り安全だ。」
「……うん。待ってるから、絶対に帰ってきてね。」
シグレが不安そうにこちらを見つめる。
安心させるように俺は強く頷いた。
酒場の様子は酷かった。グラスの破片が地面に落ち、酒瓶が倒れたことで地面に染みを作っている。椅子や机は倒れ、煙が立ち込んで視界が悪い。
元々人通りの少ない通りにあったからか幸い被害者はいなかった。
すると、奥から金属同士がぶつかる音がした。
「……バトラー。」
「あぁ、わかっているさ。」
バトラーと共に奥へと進む。戦いは白熱しているようでさっきから音が絶えない。
奥の扉を開く。
そこには、銀髪の男が跪き、赤髪の男が不思議な武器を振りかざす瞬間だった。
反射的に間に入り攻撃を受け止めた。すると赤髪の男は一瞬、目を丸くしたがすぐにニヤニヤと笑い出した。
「滑稽だね、王様。まさか他の候補者に庇われるなんて。」
(庇われる……。やっぱりコイツはあの時の、ナイト…!)
すると、ナイトが魔法を唱え、剣を俺に向けて飛ばしてきた。
「……不動…の王者」
間に合わない、そう思ったときバトラーが間一髪弓矢を飛ばし剣を弾き返した。
俺は慌ててナイトから距離を取った。そして改めて今の状況を観察する。
(……なんだろう、こいつら。なんだか顔が赤いし、ナイトに至っては目元が少しトロンとしてる……。もしかして…!)
「お前ら、この状況で酔っ払ってる!?」
「失礼な、彼に関しては完全な酔っ払いだけど、僕は酔ってなんていないよ。それに、これが普通の状態なんだ。」
「おれも、よってなど、ないわ…!」
あまりの光景に絶句する。それはバトラーも同じだったようで顔を顰めていた。
「3対1か、いいね、楽しくなりそうだ。
誰が王に相応しいか、決めるとしよう。」
「正確には、2対1対1だぞ。」
そんな俺の言葉は聞こえないのか、
ルークは棒が三つ連なった武器ーー三節棍を取り出し酒瓶をそのまま口に含む。
「随分と、舐められたものだ。俺はそんなに弱く見えるかな…。」
そのまま、剣を振るう。剣は受け止められたが足でルークの腹を蹴り後ろへ飛ばす。
ルークの視線が俺から逸れた。
すると、辺りから凄まじい量の魔力の気配がした。
上からだ。見上げると天井を覆い尽くす大きさの魔法陣が展開されていた。
バトラーが焦ったように叫ぶ。
「アルト!撤退だ…!」
間に合わない、そう思ったとき
「退く必要はない。」
凜とした声が響いた。
「王印よ、我が血脈に応えよ。
血と威を代償とせし我が意志、受け入れよ。
隔たる距離を否定する。
空間よ、王の命に従え。」
ナイトの詠唱と共に魔法陣が展開され、床から天井に伸びて部屋中覆う。
ルークの魔法もいつの間にかナイトの魔法に飲み込まれてしまった。
紫色の魔法陣が詠唱と共に血色へと変わっていく。
「クソっ!
王印による詠唱魔法…空間転移か……!」
剣を持ちナイトへと振り下ろすが遅かった。
「虚空を裂き、我が立つべき座標に――接続せよ。」
最後の一文を唱え終わると空間が飛ぶ。目の前が眩しいほどの光に包まれる。
――目を開けると廃闘技場だった。崩れ落ちた石のスタンド、ひび割れた観覧席、砂煙に覆われた戦場。
円形フィールドにはここでの戦いを象徴するように血痕や武器の破片、魔法の跡が刻まれていた。
「王の戦場が、あのような狭い檻では興が乗らんからな。」
ナイトの冷たい声が響いた。
「我が名はヴェイン。
王の名だ。覚えておけ。」
ルークは一瞬瞳を細めたが、すぐに三節棍を構え臨戦態勢に入った。
俺は再び剣を構え二人を見据える。後ろでバトラーの弓を引く音がした。
「さぁ、続きといこうではないか。」
――戦いの舞台は、王たちの真剣勝負にふさわしい廃闘技場に整った。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回は新たな候補者・ルークが登場しました。
ヴェインとルークという強敵を前に、アルトたちはどう立ち向かうのか。
次回もぜひお楽しみに。
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