第二章4 『ヴェイン・レオパルド』
この世界を治める王が必要だというのならそれは俺だ。
俺がこの世で一番王に相応しい。
幼い頃からそう信じていたし、今もそうだ。間違っていない。
ベッドの感触は柔らかく、眠気が戻ろうとしていた。
だが、扉の開く音にピクリと目を覚ます。
「おいおい、お前まだ寝てたのかよ。オレ、必死に駆けずり回ってたんだぜ?」
青い髪を短く整え、耳上で軽くまとめた男――傀儡が現れる。
前髪は額に自然にかかり、耳元で揃えられている。
落ち着いた佇まいと整った顔立ちが目に入り、思わず目を細めた。
「うるさい、俺は王だ。貴様に命じられる筋合いはない。」
俺は布団の中で、軽く溜息をついた。
「はぁー…。お前、王なんだろ?こんな時間まで寝てていいのかよ。」
(…ごちゃごちゃとうるさい奴だ。貴様ごときが王を語るな。)
その瞬間、冷たい風が頬を撫で、布団を剥ぎ取られた。
振り返ると、傀儡がにやにやしながら立っている。
「おい、ヴェイン!いい加減起きろ、もう昼だぞ。」
「貴様っ!王の休息を邪魔するとは不敬極まりない!」
「…あー。はいはい、王様。オレが悪かったですよ。」
雑な返事だ。傀儡は肩をすくめるだけで少しも慌てていない。
「なぁ、ヴェイン。ルークの奴、最近暴れ出してる。少なくとも10人は殺しやがった。このまま野放しにするわけにはいかねぇ。」
(……なるほどな)
「いいだろう、手を貸してやる。王である以上、無関係な臣民を見捨てるわけにはいかん。今夜、奇襲でも仕掛けるか。」
俺は布団を蹴り、身支度を整える。王としてやるべきことはやる。
「サンキュー、ナイトであるお前がいたら心強いぜ。」
「この俺が力を貸すのだ、大船に乗った気持ちでいるがいい。
それから、風呂を沸かせ。美食と美酒も用意しろ。」
生意気にも傀儡は目を細め微笑む。
「はいはい、わかりましたよ、王様。」
俺は豪華な浴室に足を踏み入れた。湯の温かさが全身に広がる。
「ふむ、なかなかいい浴室ではないか。気に入った。」
そのまま湯に浸かる。ぬるすぎず、熱すぎない湯加減はちょうど良かった。
(……傀儡も、たまには役に立つな。)
そんなことを考えていると、扉の奥から傀儡の声がした。
「おーい、ヴェイン湯加減はどうだ?熱くないか?」
「悪くない、俺好みだ。」
「あぁ、そりゃよかったよ。」
湯をバシャバシャと音を立て自分の顔にかけた。髪から雫がしたたり落ちる。
「なぁ、ヴェイン。オレはお前と一緒にルークを殺すつもりだったが野暮用ができて行けなくなった。
お前一人で大丈夫かって、…いらない心配だな。」
傀儡は自分で言って笑っていた。
馬鹿な奴め。
「貴様の心配など不要だ。俺は王だぞ。すでに結果は見えている。」
手で湯をすくい水鉄砲のようにとばす。
なぜか胸の奥がざわつく。それを払うように湯の中へと潜った。
鏡を見ながら身なりを整える。
胸元に、淡く光る王印が浮かんでいる。
その模様は小さな王冠を中心に、鋭く交差する二本の剣が放射状に伸び、まるで太陽の光線のように広がっていた。
王としての覚悟と威厳を刻んだ証、
それが俺の王印――生まれながらの王の証明だ。
俺は深い紫のジャケットに袖を通した。肩と襟には濃黒の毛皮があしらわれ、動くたびに重厚さと威圧感を漂わせる
黒いベルトや手首の装飾も無駄にはしていない。紫と金の対比が、この俺が生まれながらにして王であることを強調している。
(ふん、この服を身に纏った俺を見た者は、心底ひれ伏すだろう。いや、そうあるべきだ。)
胸を張り、肩で空気を押しのけるように立つ。動くたびに軽く揺れる毛皮すら、俺の王としての存在感を際立たせる演出にしか見えない。
辺りがすっかり暗くなった頃俺は外に出た。冷えた夜気が肌に触れる。
濡れた前髪が額にまとわりつく。
(ふむ…この感じも悪くない。王たる者、どんな姿も絵になるものだ。)
指で前髪を軽くかき上げ、耳の後ろに流す。
傀儡の話だと、ルークは南の小さな酒場にいるらしい。
カウンターの角席で静かに酒を傾けているそうだ。
(ここまで目立った行動をしているんだ。他の候補者が来ていても何らおかしくない。あの未熟な歩兵や鍵もいるかもしれん。)
街頭がチカチカと点滅している。
路地裏から黒猫が飛び出し横切った。
――後ろから気配がした。
「――誰だ。」
振り向くが何もいない。
夜風に吹かれ体がブルリと震えた。
転移魔法で剣を出す。威嚇で一発、投げつけてやった。
しかし、何も反応はない。気のせいではない、王の勘がそう告げている。
だがこちらに敵意もないようだ。なら、気にするだけ無駄だ。俺は再び酒場へと歩き出した。
酒場は想像よりも汚かった。床にはこぼれた酒の跡が点々とし、壁の飾り棚は埃まみれで、カウンターの木もところどころ削れて黒ずんでいた。
その様子に思わず顔を歪めた。
(…想像以上だな。)
傍にあった席に座り辺りを見回す。
暖かい灯りの下、木のカウンターには数人の客が腰を下ろし、静かに酒を傾けている。
ジョッキの泡が光に揺れ、かすかな笑い声が耳をくすぐった。
カウンターの一番端はルークの特等席らしい。だが、角席には誰もいない。ルークらしき人物は何処にも見当たらなかった。
(今日は来ていないのか…?)
すると、さっきまで仲間と酒を浴びるように飲み下品な笑い声を上げていた女がこちらに近づいてきた。
「ちょっとお兄さん、何一人で酒も飲まずに座ってるの?私たちと一緒に飲みましょうよ〜。」
顔を真っ赤にし、呂律が回らず足元のおぼつかない女が俺の腕に縋り付いてきた。
(知能の欠片もないクソ女が、王である俺の腕に触れるなど万死に値する。
…だが、ここで騒ぎを起こすとルークに警戒される。我慢だ。)
「…悪いが、俺は今忙しい。人を探している。いつもはあの角席で飲んでいるはずだが今日に限っていない。何か知らないか?」
「え〜、私がいるってのに他の女の話をするの?ひっど〜い。そんな悪い男は……えいっ!」
そう言うと女は持っていたジョッキを俺の口に
流し込んだ。
「……むぐっ!!」
突然のことで噎せてしまった。生理的に涙が出る。ゴホゴホと咳き込むと女は「ギャハハ」と笑い出した。
(このクソ女、あとで覚えておけ…。)
そんな恨み言を考えていると奥から叫び声と爆発音がした。客は突然のことにパニックになり、慌ただしく店の外へと逃げていく。女もいつの間にか消えていた。
俺は客の流れに逆らうように奥へと進んでいった。
だが、胃の奥で少し重い感覚が走った。
……酒が、思ったよりも効いているようだ。
戦いまでには抜けるだろうが、少しは注意が必要だ。
そう考えながら俺は駆け出した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回はナイト、ヴェイン視点で書いてみました。
ヴェインのセリフは考えるのが楽しくて、つい好き勝手喋らせちゃいました。
傀儡が王の扱いに手慣れているところも、個人的お気に入りポイントです。
次回はいよいよルークとの本格的な対決が始まります。この爆発音を聞いて、他の候補者も現れるかもしれませんね。
次も良ければ読んでみてください。




