第一章1 『王戦開幕前夜』
拝啓、母さん。私は今憧れの異世界にいます。
そして、王子様系イケメンに膝枕されています。
――時は遡り2時間前
学校からの帰り道、突如として謎の光に包まれた。
目を開けたらそこは、異世界だった。
中世ヨーロッパのような見た目の建物、
二本足で立って喋る獣たち、目の前では馬車が走っている。
これを異世界と言わず何と言うのか!
私は俗に言う異世界召喚を果たしてしまったのである。
結論から言おう、すごく楽しい。何もかもが新鮮で、どこを見ても面白い。なにより私は異世界というジャンルが大好きだった。
アニメや漫画、小説は片っ端から見漁ってきた。
だからわかる!
こういう世界で召喚された者の流れが!
試しに召喚者特典の能力がないかと呪文を唱えてみたり、手を前に突き出してみたりしたが現れたのは魔法ではなく、周りの人からの軽蔑の視線だった。
……あれ?おかしい、こんなはずじゃなかったのに。
軽く魔法を使っただけで無双しちゃう展開は!?
「あれ?私またなんかやっちゃいました?」って言う準備はできていたのに!
思わずその場で崩れ落ちた。
何処かで親子の会話が聞こえる。
「ママ、あの人何してるのー?」
「しっ!見ちゃいけません」
手元には学校用の鞄、財布、圏外と表示されているスマホ。
率直に言おう終わっている。
他に何かこの状況を救えるような、私のことを召喚した女神様とかが、特典としてくれたレアアイテムがないか鞄やポケットを漁る。
しかしそんなものはない、現実は無慈悲である。
そんなことをしていると何処からかコツンっと軽い音がした。音の方を見るとペンダントが落ちていた。どうやら鞄を漁っている拍子に落としたようだ。
そういえば、持ち歩いていたなとペンダントを拾う。これは母の形見であり、私の大切なものだ。
そのままペンダントを包むように握った。
しばらくペンダントを見つめていると突然、私の手の上から消えたのだ。
嘘だと思ったが何度見ても掌には何もない。
「…え!?」
困惑していると前にいた異世界らしい明るい青色の髪を二つに結んだ少女がこちらを振り返り、
いたずらっ子のような笑顔を浮かべ
「いただきましたわ!
これで、王の座は妾のもの。」
と言ったのだ。
汗が滝のように流れ出た。
まずい、まずい!
大切なものと言ってまだ1分も経っていないのにフラグ回収が早すぎる。
慌てて追いかけるが私は運動が大の苦手なのだ。
体力は数分も持たずすぐに尽きてしまった。
膝をついてはぁ、はぁと不規則な呼吸をする。
足が速すぎる。もう少女の姿は見えなくなっていた。異世界の盗賊少女と現代の運動不足JK、
勝負は始まる前から決まっていただろう。
喪失感に襲われた。
そして後悔が頭をよぎる。
なんで注意してなかったのか、もっと強く握っておけばよかったとか、首にかけておけばよかったとか色々出てくるが全て後の祭りだ。
どれだけ後悔してもペンダントは返ってこない。
その事実が私を更に責め立てる。
すると奥から軽快な音が聞こえた。地面を蹴り上げコッコッと靴の音がした。その音は段々と大きくなってこちらに向かってくる。
まるでさっきの少女のような……。
あれ?明るい青髪、それに揺れるツインテール…!さっきの盗賊少女だ!
私は今度は逃がすまいと少女の細い体を抱きしめて動きを止めた。すると、少女は体をジタバタと動かし抵抗する。なんだかとても焦っているようだ。
「うわわ!
こっちにはアンタがいたのか…! 離せよ!!
こんなことやってる場合じゃねぇんだ!
……アイツが来ちまうだろ!」
初めて会った時のお嬢様言葉が嘘のような話し方だった。男口調で話すものだから男性と話しているような気分になった。
まぁ、男口調の盗賊少女なんて、テンプレもいいところだが…。
「私に返すものがあるでしょ!
返して!大事なものなの!」
「……うー!わかった、わかったから!
ペンダントも返す!!だからもう離してくれ、俺は今すぐ逃げないと殺――」
少女は言葉を全て紡げなかった。なんせ、少女の横から剣が突如として表れ少女の細い体を貫いたからだ。
私は思わずその場に力なく座り込んだ。
さっきまで腕の中にいた少女は壁にもたれ掛かり血を流している。
まだ、息は微かにあった。
死んでいない。そのことが唯一の救いであった。
何処からかコツ、コツと足音が近づいてくる。
ゆっくりと、だけど確実にこちらに向かってきていた。私は固まった体に鞭を打ち、音の方を見た。
けれどそこには誰もいない。
恐怖で後退ると盗賊少女の足元にペンダントが落ちていた。そのペンダントを拾い首に掛け、震える足を無理やり立たせる。
助けを呼ばなくては、そうじゃないとこの少女は死んでしまう。
辺りを見回すが誰もいない。
どうやら少女を追いかけているうちに街の外れに来てしまったようだ。
息が荒くなる。すると真横に青白い光が表れた。
見覚えのあるそれは、盗賊の少女を刺した魔法である。
死ぬ、そう反射的に思いペンダントを強く握りしめ、目を閉じた刹那、体が宙に浮いた。
「間一髪だったが、間に合ってよかった。」
頭上から声がする。
ゆっくりと目を開ける。
目の前には金髪青目の国宝級イケメンの顔があった。左肩から青いマントを掛けている王子のような美青年だ。
正統派イケメンが私をお姫様抱っこしている。
その事実にさっきまでの恐怖が少し吹っ飛んだ。
「大丈夫かい?」
緊張からか声が出ない。
その緊張はさっきまで死にそうだったからか、
はたまた目の前のイケメンのせいなのか私には分からなかった。
あまりにも私が話さないからかイケメンはこちらを覗き込み眉を下げ少し微笑む。
「震えている。怖かっただろう、可哀想に。
でも、もう大丈夫だ!」
歯を見せ眩しい太陽のような笑顔をこちらに向けてきた。思わず頬が赤くなる。
かっこいい…。
まるで自分が乙女ゲームの主人公になったようだ。
「敵は去ったようだな」
その一言にハッとする。
すぐに辺りを見回すが盗賊少女の姿は何処にもなかった。ただ、彼女がいたはずの場所には血がべったりと壁についていた。
「……いない。」
思わずそう呟くと彼が不思議そうな顔でこちらを見つめてきた。
暫くしてまた体が震えだした。
死の恐怖を思い出し、震えが再び姿を現す。
すると、そんな私の様子に気がついたのか彼が地面に正座をしその膝に私の頭を乗せたのだ。
驚きで体が跳ねるが彼は私の頭に手を置き優しく宥めるように撫でる。
「大丈夫、大丈夫だ。」
その温かい言葉と体温に安心し震えが徐々に収まる。なんだかとても眠たくなってきた。
「俺はアルト。君の名前を教えてくれないか?」
襲いくる睡魔になんとか抗い言葉を紡ぐ。
「……私は、シグレ…。」
「そうか、シグレ…。いい名前だ。」
フフッと軽い笑い声が聞こえてくる。
その鈴のような声でさらに眠くなる。
だからこそ聞こえなかったのだ。
アルトの意味深な一言が。
「……一緒に来てもらうよ、シグレ。この王選を共に戦ってもらう。」
読んでいただき、ありがとうございました。
シグレが歩む道は決して平坦ではありません。
これからも彼女は、王選という運命に立ち向かい、仲間や王候補者たちと共に成長していきます。
次回もどうぞ、彼女の選択と運命の行方を見守ってください。




