高校1年生の春、地区大会。
春の地区大会。
神郷学園と東神田高校は南北に分かれており、まず神郷学園と戦うには県大会まで勝ち進む必要がある。
高1の出場登録は出来ない為、私はマネージャーとして試合会場に同行した。
この試合勝ち抜かないと3年生の先輩方の引退が決まる。
ベスト8。
それが県大会出場のギリギリライン。
それには1勝すれば良い。
たかが1勝。
それが今の東神田には遠い。
会場に着くと見慣れない顔がほとんどだった。
道場の試合会場とは違うことを感じる。
現地集合にされたから、先輩達を見つけられるか分からない。
「……えっと、あ」
運良く近くに東神田の制服を見つけた。
私は駆け寄って声をかける。
「お疲れ様です」
「え?……は!?」
「……あれ?」
振り向いた方は3年生の先輩ではなかった。
鼻筋の通った色白で綺麗な顔立ち。
この人はもしかして……。
「ぬぁぁぁんで!?本田さんが!!??」
「え、あ……東神田高校空手部に入部させて頂き……」
「部長が言ってたのはあんたかぁぁ!!」
「うっ」
私の言葉を断ち切る白川さんと瓜二つの声量。
何なんだ、この人。
「とうとう来たか!ワシらが生け贄にならずにすむ日が!!!」
「え、あ……」
「今日は出場するんか!?」
「い、いえ。高1なので出場登録出来てなくて……」
「はぁ!?ふざけんな!特例制度はないんか!!」
「い……いや」
私に言われたって困るんだけど。
そして、その声量もう少し抑えて欲しいし、情緒忙しすぎませんか。
「くそぉ!でもまさかあの中学3年間で県内負け無し人間が東神田に来るなんて!」
「あ、え?」
「ワシ、平野先生の道場出身!!」
「……えええ!?」
平野先生とは、私の道場の先生ととても仲良くしていた先生。
平野先生には中学に入ってからよく声をかけて頂いていた。
「平野先生って、まじっすか」
「いやワシのが驚いてるわ!」
平野先生と言えば型に重きを置く道場。
でも今日は確か組手競技しか出場登録してないけど。
「え、先輩。型は出ないんですか?」
「型は去年出てたけど、からっきし勝てんから止めた!」
「潔すぎて……」
「東神田なんてよわっちい公立やからな」
「……ですよね」
「あ、でも」
「?」
「本田さん来たら強くなるんか」
「え、いえいえ……それは」
「知っとるよ」
「え?」
「ワシ聞いた。神郷の勧誘ぶった切っとるとこ」
「……あ」
結局去年夏のあの大会の後、道場の先生に正式に神郷学園から推薦が届いた。
何度も先生に確認されたが、私は神郷の推薦を断り続けた。
そう言えば、神郷以外から推薦来なかった気がする。
私の道場の流派じゃその程度なのかもしれない。
高校の空手は今までの道場と別流派になる。
多分この先輩も型試合で苦労されたはず。
流派が違えば型も異なる。
異なる型でも一応戦えるが、型を理解している審判がまずいない。
元居た流派で型を勝ち切るのは難しすぎる。
「あ、あの」
「なんじゃ!」
「先輩、お名前伺っても」
「あー!ワシは松野里奈」
「松野さん、ですね」
2年生の松野先輩。
あともう1人は成田先輩というそうだ。
「なー本田さん」
「はい?」
「全国行きたいんやろ?」
「え、あ……まぁ」
「ワシも連れてってよ」
「え?」
「ワシと成田はずっと団体組手で強い相手に当てられて、捨てゴマやらされとるんや」
「……」
「でも本田ちゃんなら強いやつに勝てるやん?」
「あ、いや……まだそれは」
「でも可能性はある!」
「……」
「おもろそうやん!無名の公立が全国とか!」
松野先輩は思考がぶっ飛んでる。
面白いくらいに。
「面白そうですか?」
「絶対私立の連中ビビるぞ!」
「地区大会も突破出来てないのにですか」
「今年の3年は私立にえらく強いの集めとるんやけど、2年は少し層が薄いんよ」
松野先輩が鞄をあさり始める。
「そう決まったんやから」
「?」
「ほい、マスク」
「え?」
「目立ったらいかんって。びっくりさせんと」
「……あぁ」
松野先輩が私に渡したのは真っ白なマスク。
東神田に私がいることを、試合のその日まで隠しておくって訳か。
なるほど。
「いや、名前でバレません?対戦表で」
「そんな皆見とらんて」
「……」
……いや、見ますって。
普通に確認しますよ、松野先輩。
今回出場しない私でも見てますもん。
心の中で何度も呟いたが、それが松野先輩に届くことはなかった。




