中学3年生の夏、地区ブロック大会決勝後。
あっという間だった。
決勝戦と言うには短すぎる25秒での決着。
歯応えも何もない選手。
弱かった訳じゃない。
でも強くはなかったし、何より自分は相手に勝てないという雰囲気しか感じなかった。
体育館外階段でいつものように気を緩める。
ここで試合をするのも最後か。
来年からは高校生。
「本田さん」
「?」
天を仰いでいる時に呼ばれた。
2年前のあの時と同じ声。
ハッとして下を向く。
「……」
「お久しぶりです」
「……」
下にいたのは中井さん。
そして複数の黒い集団。
見間違えることのない、神郷学園の空手部。
急に嫌悪感が頂点に達した。
「初めまして。神郷学園女子空手部主将、瀧です」
中井さんのすぐそばにいた短髪がハキハキとした声で挨拶をする。
ニコニコした笑顔でとても気持ち悪い。
「どうも、本田です」
「先ほどの決勝戦を拝見しました。見事な試合でした。高校の進学先は決まっていらっしゃいますか?もし決まってなかっ……」
「あ、無理っす」
話を遮って私は答えを吐き捨てた。
空気がビリッと焼けつくのを感じる。
瀧さんの後ろからの視線が主だろう。
ただ私の答えに誰よりも驚いていたのは中井さんだった。
明らかに表情が変わっている。
瀧さんは笑顔を崩さなかったが、雰囲気で分かった。
私の答えに一瞬イラッとしていたはず。
「差し支えなければどちらの高校に?」
「決まってないですけど」
「では1度是非うちの高校に見学に」
「だから、無理ですって」
「……」
瀧さんの言葉が止まる。
その様子を見て焦ったように中井さんが口を開いた。
「ほ、本田さんなら絶対にすぐに全国行けます!強くなれます!」
「……」
「一緒に強くなりましょう!本田さん!」
「勝手に強くなれば?」
「……え?」
「中井さん、強くなったら良いじゃん。そこで」
「え、あ……あの」
「私より強くなってよ。ただし……高校の名前使って勝つとか言う、めちゃくちゃダサいことは無しで」
私はゆっくり立ち上がった。
神郷学園空手部を見下ろす形になる。
私は瀧さんに笑顔を向ける。
「私、必ず神郷学園さんに勝つんで。その為には違う高校行かないと戦えないんですよ」
「……勿体ないです」
「逆にこっちこそ勿体ないと思いますよ」
「はい?」
瀧さんの笑顔が消えた。
「高校名のせいで本当の実力が見えなくなるなんて……勿体ないですよ」
「ほ、本田さん!!」
「中井さん……あんた、まじでだるい」
「……」
私は階段を下りて黒の集団を避けて体育館に向かった。
本当に胸くそ悪い。
こんなに気分が悪いのは久しぶりかもしれない。
「あ、本田さん!ちょっと!」
「中井」
「は、はい。主将」
「どうにかして引っ張れないのか、あれを」
「……は、い、行ってきます」
会話は丸聞こえで、中井さんが私を追ってくることが分かった。
それでも私は歩みを止めない。
「本田さん、本田さん!」
「……」
「神郷学園の監督さんが、本田さんのことをかってるんです。私と本田さん、中1の時からずっと見てくださってて」
「……」
「本田さん、一緒に強く」
「あんさ……」
私は振り返って中井さんを見た。
さっきまで中井さんは神郷学園に染まったような顔をしていた。
でも今は2年前のあの時。
私に手を出したあの時の中井さんがいた。
一瞬だけ、呼吸が止まる。
ほんの数秒。
お互いに向かい合う時間があった。
ああ。
どうしてその姿であの時、私の目の前に立ってくれなかったのか。
約束した場所に。
「あんたなんで今年出とらんの、試合」
「え?」
「試合、出とらんやったやん」
「あ……私もう高校に練習に行ってて」
「……」
「本田さんは今年で3連覇ですね」
「……」
「是非私が」
「だるっ」
「え……」
一気に熱が冷めた。
深い溜め息を吐く。
「良かったやん。引き抜きしてもらって」
「え、いや……私は」
「来年は中井さんには勝てんね、私は」
「……」
「高校の名前負けするから。でも、最後は名前ごと私が勝つけど」
「あ、あの」
「絶対に私が勝つけど、神郷学園に」
「……」
冷たい視線を中井さんに向けた後、私はまた体育館へ歩き出した。
何か中井さんが叫んでいた気がする。
でももう私の興味の外。
「あーあ……疲れたな……」
私の高校は、決まっている。
神郷学園“以外”。




