中学1年生の夏、地区ブロック大会個人戦決勝。
「美鈴ちゃん、決勝行けるなんて凄い!」
「え?そうでもないよ」
「でも全学年混合なのに、中1で決勝来てるじゃん!」
個人組手決勝前。
私は同じ道場の加藤めいと軽くアップをしていた。
「まぁそうやけど、相手もそうだよ」
「え?嘘!」
「うちより背低かったし、対戦表見て確認した。隣の県の子やん」
「え?じゃあ今年は中1対決?」
「みたいやね」
「おー!」
私はコートの向こう側に視線をやった。
私より頭半分ほど小さいであろう決勝戦の相手は、コーチと思われる人と体を動かしていた。
「美鈴ちゃん、どう?」
「ん?どうって……中段カウンターやけんね。普通に考えたら相性悪いよね」
彼女は準決勝で、うちの県の中学2年生の部で県代表選手になった人を破っていた。
実力は間違いなくある。
「え?珍しい。美鈴ちゃんのそんな発言」
「ん?そう?」
「いっつも、勝つ!しか言わないじゃん」
「あーうん」
別に今日負けるとは思っていない。
常に勝負事は勝つ気しかない。
そうやって自分を鼓舞して戦ってきた。
今日だってそれは変わらない。
「中井……貴江さん、ね」
目を細めて中井さんを見る。
私と同じ中1で上の学年を破って勝ち上がってきた。
確かにその中段突きのスピードは目を見張る物がある。
私の得意技である刻み突きにはカウンターの中段突きが1番効果的だろう。
普通に考えたら分が悪い。
「女子組手、決勝始めます!」
審判団がコートに集まった。
私はめいの肩に手を置く。
「行ってくる」
「うん!頑張って!美鈴ちゃん!」
めいがピョンピョンとその場で飛んだ。
同い年なのにめいはいつも私を慕ってくれているが、そうなると常にめいは2番手だけど、良いのだろうか。
たまに疑問に思ったりする。
「本田選手」
「はい」
「それと……中井選手」
「はい」
コートの中で名前の確認を行う。
近距離で向かい合った中井さんはやっぱり小さく感じた。
私が既に160㎝に近付いているから、多分中井さんは150あるかないかくらいだと思われる。
私と中井さんそれぞれ審判から防具の確認をされて、それぞれコートの端々に別れた。
マウスピースを口に押し込み、私はコートの向こうにいる中井さんに視線を向けた。
「……勝つのは私」
小さな声で自らに言い聞かせる。
試合前のルーティーン。
中井さんの中段突きと私の刻み突き。
同時に出した時にどちらの旗が上がるかを静かに想像する。
「選手、前に」
主審の声がかかる。
私は静かにコートの中に入った。
中井さんもコートに入る。
向かい合って感じるのは覇気よりもその線の細さ。
やっぱり小さいな、彼女。
主審の両手が上がった。
「勝負一本、はじめ!」
「しゃーっ!」
「やぁーっ!」
私と中井さんの声が混じった。
カウンター型の中井さん。
私は先手先手の攻撃型。
距離をなるべく遠くにとりたい中井さんに、私はじりじりと迫る。
まだカウンター優勢の圏内。
中井さんが少しずつカウンターの為に意識を集中させ始める。
そこを狙った。
「うらぁぁ!」
「!?」
ノーモーションで左腕を飛ばす。
中井さんの反応が遅れた。
苦し紛れか、カウンターを出さんと中井さんも中段突きの動きに入った。
が、既に遅い。
ダンッという足の大きな音と共に、私の左拳が先に中井さんの頬に届いた。
「っしゃああ!!」
ーピーッ!
雄叫びと同時に副審の旗が全て上がった。
完璧な刻み突き。
1ポイント先取。
所定位置に戻る間に周りのざわついた声が聞こえた。
「今の見た?」
「見た。準決勝は手抜いてたわけ?」
「だよな。明らかにさっきの試合より速かったよな」
「中1であんなのやばいじゃん。ていうか、ほんとに中学生なん?あれ」
ざわつきが止まらない中で、私は次の手を想像する。
向かいの中井さんは後ろのコーチに指示を仰いでいた。
「「美鈴ちゃーん!!」」
「?」
背後から数人の声がした。
振り返ると同じ道場の後輩が並んで立っていた。
見に来たのか。
私は手を上げて声援に答える。
「選手、位置に!」
主審が私と中井さんを声で戻す。
私も中井さんも再び向かい合った。
スコアボード1対0。
2点先取りで勝ちが決まる。
私は既に王手がかかっている。
「落ち着け……」
そう呟くのはもちろん自分に対してであり、中井さんに対してもだった。
中井さんの瞳と右足には確実に焦りが見えていた。
小刻みに揺れる右足は、今か今かと主審の合図を待っている。
カウンターを待っていたのにも関わらず先手をとられたのだ。
焦らない訳がない。
「続けて、はじめ!」
主審の合図が聞こえた瞬間。
中井さんが大きく前に出た。
逆に私は右足を後ろに引いていた。
「っ!」
中井さんの先手の中段突き。
全体重を乗せてスピードに全賭けした攻撃。
小さい身長だからこそ的を更に小さく、攻撃されないように頭を低く屈めて突っ込んだ。
「おらぁぁ!」
「っ!?」
その攻撃に対して、私は下げた右足を思い切り振り回すように蹴りを繰り出した。
既にスピードに乗った中井さんの体はもう止まらない。
私も足を止める気はない。
―ゴフッ。
鈍い音を鳴らして、私の右足が中井さんの腹に刺さった。
「っぐぅ!!」
「……あ」
「ゲホッ……ゲホッ」
中井さんが目の前で崩れ落ちた。
ちょっとやりすぎたか。
「や、やめ!」
主審の止めの合図を確認して、私は足元に沈んだ中井さんの背中をさすった。
「すみません……大丈夫っすか」
「だ、ゲホッ……だいじょ……大丈夫、です」
中井さんの右脇に手を差し込んで抱え上げた。
細い見た目の通り、すんなりと中井さんは持ち上がった。
中井さんのコーチが駆け寄ってくる。
「貴江、大丈夫?」
「うん」
コーチ……か。
やっぱ強いとこはコーチとかしっかりしてるよな。
私はコーチに中井さんを渡して定位置に戻った。
またざわつきが耳に入る。
「今のわざと?」
「えー嘘。迷わず蹴ったよね」
「怖……サイコパスじゃない?」
私はマウスピースを外して首を左右に倒した。
ポキッ、ポキッっと骨の音を鳴らす。
「……甘ったる」
声のする観客席を見上げた。
どこぞの保護者だろうか。
勝負事に情けなんて要らないのが分からないんだろうか。
チラッと向かいに目をやると、中井さんはコーチに背中を強めに叩かれていた。
檄入れだろう。
顔つきを確認する。
あんだけ蹴られてもまだ戦う意志があるみたいだ。
「……そうこないと、ね」
口角が自然と上がった。
もう1度私の前に立った中井さんの瞳は、変わらずに闘志を燃やしていた。
主審が中井さんの前に立ち、確認をしてから。
「赤、忠告」
「……」
私の足元を指差した。
忠告は足元、その次の警告は腰付近を指差される。
それから先はやられたことはないが、最後は退場になるらしい。
私は中井さんに深々とお辞儀をした。
主審の両手が上がる。
「続けて、はじめ!」
結果として力の差はあった。
それでも食らい付いてきた中井さんの強さに、私は試合後もひどく心が沸き立っていた。




