第62話 薬
真っ暗な洞穴の先、そこにそのモンスターはいた。
見るものによって見える姿が違うと言われ、それ故に具体的な見た目が何であるかは分からないという謎の魔物、ソウルイーター。
どうしてそんなものが地域の信仰の対象になったか。それには理由がある。
この地域に流行り病が蔓延し、大勢の人が死んだことがあった。その時、この魔物は残された遺族の悲しみを癒したというのだ。
人間の精神を貪る化け物。一方で白い魔女ウィステリアの認識はその程度でしかない。
知性ある者の感情の揺らぎがモンスターの栄養源なのだ。その当時のソウルイーターにあって、流行り病が生んだ悲しみさえ、実のところただの養分に過ぎなかったのかもしれない。けれど、魔物に取り除かれて取り込まれ、その悲しみは癒された。
ソウルイーターは人間の感情だけを食らい、しかし感情を運んでくる人間を害することは無かった。ここに共生が成立し、定期的に流行する病の年月を重ねれば、それはいつか信仰に発展した。
そしてここが重要なのだが、ソウルイーターの捕食対象は人間だ。知性ある生物でもっとも感情が揺れるのが人間だったため、進化の過程で対人間専用に能力を特化させていったのだ。知性ある魔物から摂取することは出来ないので、自然と大抵人間の居住域近くに生息する。そして本来は発見次第即処分。それが鉄則だ。
ウィステリアの見たソウルイーターは巨大な脳みその触手を生やしたような姿をしていた。もしかしたらそれが正しい姿なのではなく、見たものの感性や感情だとかでそう見えるだけ、そう見做される姿なのかもしれない。
それはともかく。ソウルイーターと思われる魔物はウィステリアの姿を認めるや否や、直ちにソウルドレインを仕掛けてきたのだった。不意打ちに反応が一瞬遅れ、攻撃を受けるウィステリア。その口角が歪む。哄笑に吊り上る。
「御目覚め?」
どの程度寝ていたのか。後ろ手のロープは解かれ、布団を掛けられていた。
「まさか、青夏熱が感染したのかと、心配したけど大丈夫のようね」
「ああ、今も流行っているんですか?」
「もうずいぶん長い間収まっていたのですが、最近急に……」
「蜂蜜あれば頂きたいのですが」
「え?ええ……」
モルガナは鞄から乾燥した葉を取り出し、竈を借りると貰った蜂蜜を煮詰めながら、乾燥した葉を粉末にしていく。
やがて煮詰めた蜂蜜に粉末を混ぜ、冷めてから指でこねて丸薬を作ったのだった。
「オルネドア様、これを青夏熱の患者に呑ませてください。もちろん危険なものではありません」
そう言って丸薬の一つを呑みこんだのだった。
「ありがとう。でもその前にお話を聞きたいのだけど」
オルネドアはモルガナが知っていることを聞きたいようだ。
「ウィステリアは王国の依頼でソウルイーターの討伐に来た。王国としてはウィステリアに罪をなすりつけるつもりだったのです。それを知っていたウィステリアはあなたに交渉を持ちかけた。青夏熱はソウルイーターが蔓延させたのだと進行している者たちに説明し、討伐に協力して。その代わり、この丸薬を与える。そうですよね?」
オルネドアが頷く。
目の前の丸薬こそ、ウィステリアが用意したものだ。
同じ匂いがする。
「ウィステリアはソウルイーターを始末し、そして傍にいた幼体を連れ帰った。35年ほど前のことです」
「確か私が60代の時でしたから、そうなると確かに35年くらい前になります。ウィステリア様はその時、黒い魔女として必要なことなのだと言っていました」
オルネドアはウィステリアのことを黒い魔女として、と言った。この点はモルガナの認識と食い違う。
「え?」
モルガナは村に入った時、ビジョンで見たのだ。白い魔女は洞穴に向かい、そこでソウルイーターと対峙し、そしてソウルドレインを受けた。
精神攻撃魔法無効。耐性の中でも最も強力なパッシブスキルを持つ白い魔女にソウルドレインは効果が無かった。
あとは一方的な殺戮。
そして傍にいたソウルイーターの幼体を回収し、オルネドアに口裏を合わせるように言って帰ったのだ。
「あの……、白い魔女ですよ?」
「白い魔女……。聞いたことはあります。ですが、ウィステリア様は全身黒づくめで、黒い魔女と名乗っていました」
「そうですか。まあ、そう名乗ったのかもしれませんね。そして一旦は根絶した青夏熱がまた流行り出した……。でも今は丸薬も無い」
「はい。そうです」
「ここに種もあります。日陰になる場所で生育してください」
「やはり、あなた様はウィステリア様では……?」
ここに来たのが黒い魔女ならイエスだが……。
「いえ、違います」
「なら、あの魔物の幼体は?」
ああ、それね。言うべきか?でも、既に丸薬の話もした以上、隠すのも違う。
「人間と一緒にそれなりに幸せに暮らしています」
つか、あいつ35歳とかなのか?とてもそうは見えん。20歳くらいにしか……。まあ、魔物だから成長曲線が人間とは違うのだろうが。
しかしオルネドアの言葉で我に返る。
「そんなことが……。信じられない」
「あたしだって信じたくありません」
もしかしたらここに来たのは本当に黒い魔女かもしれない。なぜならビジョンの中の「あたし」はその幼体を白い魔女に手渡したのだから。
もしかしたら、黒い魔女の記憶と、白い魔女の目線のビジョンが、混在、あるいは混線しているのかもしれない。
「よくやったわ。これで人間の死体と知性ある魔物の幼体の合成実験が出来るわよ」
魔女は笑っていた。あの哄笑が白い魔女のおぞましい本性なのではないか。
せり上げようとするものを必死に嚥下したモルガナの表情に、オルネドアは恐れを抱き、それ以上は聞いてこなかった。
ついでに言うと、ベリアスはその日のうちに牢から出された。




