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第60話 魔物

 ベリアスの言う場所までは馬で一泊2日の行程だ。1頭の馬に二人。

「ねえ、キノコとってきて。食べれるやつね」

 杜撰すぎる指示にもベリアスは文句ひとつ言わない。先ほど自生する葉っぱや茎、根菜などを採取したが、キノコは無かった。


 それで探してきてというのだ。キノコはその種類だけでも膨大だ。数千種類はある。時代が下り、高度にオートメーション化した時代になっても、キノコの知識を人類は殆ど獲得できていない。毒の有無が判明しているキノコだって全体の1割にも満たない。あとの9割以上は文字通り未知なのだ。


 この時代は言わずもがな。それでもベリアスはキノコを採ってきた。大量に。

「これは……、なかなか食欲をそそる匂いですな」

 モルガナは持ってきた鍋を火にくべ、カットした野菜の端材で煮汁を煮出している。そこに持ってきた塩と砂糖を入れて掌の上で大胆にカットした根菜や大量のキノコ、そして燻製肉を入れて煮ていく。モルガナはキノコが好きなのだ。魔女と毒キノコはセットだと思っているモルガナだから。


 余談だがモルガナは強力なアンチ・ポイズンのパッシブスキル、というか毒無効という超レアスキルを備えているので毒キノコは普通に食べれる。しかし、人間を巻き込まないよう、普段から身の回りから遠ざけているのだ。ベリアスがいま採ってきたのは、人間でも食べれるキノコだ。


 そして好きな食材だからその特徴を活かす料理方法をいくつも知っていて多彩。多彩なうえに味の出し方も絶妙だ。ベリアスは瞠目した。モルガナの掌の上のキノコ、その包丁の切れ味にだ。掌の上で根菜が簡単に真っ二つになっていく。魔力を包丁の刃にエンチャントしているのだ。


 やがて料理が仕上がった。乾パンと野菜と燻製肉のスープが今晩の食事だ。

「むう、これは……」

「どう?おいしい?」

 焚火の柔らかな灯がモルガナの表情を照らす。

 口元に笑みをたたえた幼さの残る笑顔に、底知れぬ経験の深さが宿る知性の瞳が炎を写している。


 陽が沈めば王都は大分涼しくなったが、この辺の今日はいつもより暖かい。汗ばんだ肌に炎の灯りが柔らかく滲む。

「は、感動しました。この味、一生忘れません。一生の忠誠。そうお受け取りください」

「きしょ」


 明日は目的地だ。ソルベンガムという森林の豊かな場所にはその地域にしかない民間魔法もあるという。豊かな森林が王都や大都市との往来を阻み、文化的には他の地方ほど成熟していないが、複数の異なる民族が狭い地域に共存しており、多くの民族を抱える王国の未来や繁栄を占う土地でもある。


「ところでこれなんだか分かる?」

「乾いた葉っぱと種ですな」

「そりゃそうだけど。何に使うのか聞いているの」

 しかしベリアスはその用途を知らなかった。モルガナも旅支度の時に、わざわざこれを探して鞄に詰め込んだのであって、それを鮮明に記憶している。

 なのに何のために用意したのか、その意識が全くないのだ。首をひねるが全く分からなかった。


「モルガナはお休み?」

「そう。ベリアスと一緒にどっかに行っちゃったよ」

「ベリアスと?そう言えばあの二人、どういう関係なの?」

「キミだって聞いただろ?モルガナはどっかの貴族で、ベリアスはその従者らしいって」

 リゼの店でそんなやり取りをしているのはエミリオとアガニケだ。


「どっかって、どこよ?」

「いや~……。ヴェロニカなら知ってるんじゃない?」

 そう。改めて考えるとあの二人は全くもって謎だ。その関係性は主従にしか見えない。モルガナは高度な宮廷作法の教育を受けており、貴族でも大身の貴族に違いないと思われたが、今回のハンターフェスではベリアスと別々にパーティを組んでいる。戦力としてはやはりゼロだったが、優勝の一歩手前まで肉薄し、その上で怪我一つしなかった。それもまた事実だ。


 その事実もさることながら、より大きな問題はベリアスのほうだ。巨大なドラゴンゾンビと切り結んで一歩も引かなかった。

 その上、彼は別の迷宮でエインシェントゴーレムを単独で撃破したことがあるという。そのゴーレムを膝下においたというが、ドラゴンゾンビとの戦闘で使役しているのを目の前で見たから疑う余地がない。


「それはともかく、アガニケ。ジゼルのことを教えてほしんだ。キミは気づいたか?ジゼルが救護班として参加していたんだよ。今回のフェスに」

「別に救護班としての参加は不自然じゃないでしょ?私たちに比べたらよっぽど自然。それよりどうしてジゼルのことが気になるの?救護班がどうこうじゃないよね?」


「気になるよ。キミたち二人、初めてボクと会ったとき、何をしていた?」

「え」

 その問いに、アガニケが狼狽した気配。


「どうしたの?二人で迷宮に入ったんだよね?」

「うん……。それは違うの」

 エミリオが予想した答えだ。


「つまり二人は別々に入り、そこで知り合った?」

 頷くアガニケ。

「そうだよね、気になる点はそこだったんだよ。一番付き合いが長くて、ジゼルのことを一番知ってそうなキミでさえ良く知らない。不思議だ」

「ソルベンガム出身だって言ってたわ。けど確かにそれ以外のことはよく知らない」


 ソルベンガムね……。

 10年と少し前、災害級モンスターの存在が確認された土地だ。しかし、そのモンスターの存在が多民族の共存関係をより強固にしていたのだ。

 つまり、それは信仰の対象であった。とあるモンスターが信仰対象になっていた。それがあの地域において、民族間の争いが少ない理由の一つだ。


 王国はそもモンスターの存在を知ると同時に対処に苦慮した。公に処理すれば王国への不満になるのは目に見えている。しかし放置は出来ない。

 エミリオはもちろん当時からそう言う事情を知っていたわけではない。ニンジャになる、その過程で歴史を学んだのだ。


 そして歴史ではその後にモンスターがどうなったかは記録されていない。不都合なことは記録されないのが常だ。ということは、多分だが知られては不都合なことをしたのだろう。

 ともかくも情報は得た。それ以上はアガニケも知らない様子だ。


 しかしこのことは、あの柔らかな表情を崩すことの無い優しいプリーステスが、思っていた以上に不気味な存在だという事実を浮き上らせる。


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