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第59話 やだ、かっこいい

 リゼの店でのアルバイトが終り、夕闇が王都を包み込み始める。重厚な騎馬に跨る夜警隊がオイルランタンの灯りを順に点していく。月日に晒され、角を削られた石畳が柔らかにランタンの灯りを滲ませる。

 それは歴史の滲みであり重みだ。


 子供たちの声がこの時間になってもまだ聞こえる。その声もやがて遠くなる。昼とは違う妖艶な賑わいもまた王都の魅力だ。モルガナは周囲の目が届いていないのを確認して、星たちが降ってくるような夜空の下、夕暮れの塔の前に立つ。


「開きなさい」

 彼女しか開けることのできない魔法の施錠が外れ、触れもしていないのに扉が開く。姿形が変わろうと、塔は主を忘れていない。


 最上階の自室は星が良く見える。いつもこうして自室の真ん中を占有する古い大きな椅子に腰かけ、物思いに耽っていたのだ。

 ふふ……

 不思議だ。かつての習慣が今は本当に久しぶりなのだ。


 そのことに日々の充実を改めて自覚する。10年前のことを考えたり、50年前のことを思い出したり、100年近く前の記憶に旅をすることさえあった。知らずに頬が涙に濡れていたことも。


 ジゼル。彼女は魔物だ。正確には魔物だったものだ。感情を操る魔物がいる。それに近い。その特徴は人の能力にはなく、状況から魔法でもない。なぜ人の姿形をしているのか。それは分からない。

 彼女が因縁を持っている場所が特定できれば……。

 そうすればもう少し彼女のことが分かるだろう。それはエミリオがアガニケに聞いてくれるという。まずはそれを聞いてからだが、その上でもう一つの確認方法があった。


「ベリアス。着いたのね。トラップは止めたつもりだけど、作動するかもしれないから、余計なものに触ったりせずに上がってきて」

 椅子の前のテーブルの水晶に向かって話しかける。水晶には塔の前に立つベリアスの姿があった。

「これが魔女の塔の内部ですか。初めて見ましたが、なかなか不気味ですな」

「不気味じゃないよ。アンティークは長い時間をかけて育つものだから最初から生み出すことはできない。その成長と費やした歳月を感じ取れないのはさみしい感性だよ、ベリアス」

「ふふふ、まるで人間の様なことをおっしゃいますなあ」

「え、人間ですけど……」

「ははは」

「ホ、ホホホ……」

 何故笑われたのか分からないので適当に微笑みで返しておいた。


「ま、それはさておき、ソウルイーターの居場所でしたな?10年以上前に討伐されて今はいないはずですが、当時巣食っていた場所なら案内できます。今から行きますか?」

「そりゃ、あたしは飛べるからいいけど、あんたを背負って飛べるほどではないよ?」

「なら日を改めて馬で行きましょう」

 背負われるつもりだったのかよ……


「やあアガニケ」

 エミリオが不意にやってきてアガニケは驚いた。王立図書館の中だ。エミリオは既に図書館の受付とは顔見知りだから、その信用で入れてもらえたのだ。

「な、なによ」

「いやあ、ハンターフェスの優勝おめでとう。当日言いそびれたんでわざわざ言いに来たんだよ」

「あ、そうなんだ、ありがとう」


 実際のところ、優勝したとはいうが、アガニケにとってはそれほどいい思い出でもない。

 なによりベリアスは必要なことはすべて一人でやってしまったのだ。だからパーティらしい活動をした結果の、その結果で優勝したとはいえない。


 魔法の援護も必要ない感じだったし、本当に援護が必要となった場面ではアガニケは腰を抜かしてしまったのだ。

 突然の大揺れと、その直後、床が爆ぜた瞬間躍り出てきた巨大なドラゴンゾンビ。ヘナヘナとへたり込んだアガニケを庇うように彼女の前に立ち塞がり、剣一本携え、視界を覆い尽くす巨大なモンスターに戦いを挑んだベリアスの後ろ姿。サイドベンツのコートの裾が、飛竜の怒気に翻る。砂塵が舞いあがる。一方、その男。男の背中にたじろぐ気配はない。

 やだ、かっこいい……

 つい思い出してしまって、首を左右にぶんぶん振った。

「どうしたの?アガニケ」

「はあ?だれがあんな野蛮なヤツ……」

「???」


 優勝祝いにランチをおごるよ。

 そう言われれば、断るのも角が立つ。なにしろ普段は同じ冒険者パーティなのだ。店はなんとリゼの店だという。無難の中のもっとも無難。ここまで条件面で外堀を埋められると断る方が不自然だ。あまりにも巧みに日常の一コマに組み込まれ過ぎている。


 万が一ベリアスに見られ、勘違いされたらどうしよう

 いや、別にベリアスに限ったことではないが。

 アガニケはまた首をぶんぶん振って言った。

「ありがとう、お受けするわ」

 それも強がるような口調で。


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