第58話 ジゼルを追え
「おはようございます」
そういったエミリオのお尻にガツッと蹴りが入る。
「普通にしてよ」
そう言うのは約束通り迎えに来てもらったモルガナだ。エミリオのお尻を蹴ったのももちろん彼女。
「それでさ、あんたどうして気を失ってたの?」
怯えて硬直したまま震える失禁のジゼル、そして気を失っていたエミリオとジゼルの同僚ヘーゲル。それが第10階層にいた彼ら三人の様子だった。
「うん……。途中までは覚えているけど……」
歯切れが悪い。それもそのはず、エミリオの記憶は途中で途切れている。
迷宮の第9階層。エミリオの愛刀であるタマユラが敵の気配を訴えるその先。
そこにいたのはジゼルとヘーゲルだった。彼らは今回のフェスで運営側の用意した救護班と警備班の人員だ。
そしてエミリオにとってジゼルは旧知の相手。普段活動している同じパーティのメンバーだ。
抱きしめたら折れてしまいそうな細い身体。いつも困ったようなハの字の眉。絶やすことの無い柔らかな笑顔。王国随一のプリーステスらしい落ち着いた物腰。
その彼女に対して愛刀が反応している。敵と認識している。
「妖怪は、アガニケじゃなく、キミだったか?」
油断なく愛刀を構えたエミリオに対し、剣を抜いたのがヘーゲルだ。
「冒険者風情が。お前など、ここで死んだところで、誰も見向きもしまい」
ヘーゲルはエミリオをせせら笑った。
笑ってはいるがかえって隠しきれない焦燥。その余裕の乏しい態度にエミリオは違和感を覚える。
「やめなさい、ヘーゲルさん。相手が悪いわ」
そう言って制止するジゼルにヘーゲルが聞き返した。
「そうは言っても向こうは戦う気ですよ。こいつ、強いんですか?」
「王国唯一のSクラスパーティのナンバー2。弱いはずがないでしょ?」
「ジゼル、キミはここに何をしに来た?」
二人のやり取りに割って入るエミリオ。この二人は救護でも警備でもない別の目的でここにいる。その推測は確信に変わりつつある。
「ほおほお。それでジゼルの案内で奥に進んだと?ということはジゼルは迷宮の構造に詳しいわけね?」
話を聞いてモルガナがエミリオに念を押す。
「いつその場所を知ったかまでは知らない。でも彼女はその場所を知っていた。事前に知った可能性も、前から知っていた可能性も、両方あるよ」
モルガナの問いにエミリオはそう答えた。
ここで主観を排する思考は、彼のジョブクラスに関係するのだろう。それだけに昨日の三文芝居が可笑しくて仕方ない。
「え、と……。笑うようなこと言ったかな?」
「言ってないけど。存在自体が笑えるだけだから」
「……」
絶対服従。そこはたがえない。ニンジャとは主あってこそ輝く。そして主への忠誠の純度が高ければ高いほど、それはニンジャにとっての誉れなのだ。だって普段、裏切る世界の住人だから。その世界がニンジャの故郷だから。
「で、何があったの?」
「魔力が淀んで澱になったような、そんな場所だよ。彼女はその魔力の澱を再利用すると言っていた」
「再利用?具体的に何をするの?」
「分からない。その質問に前に戦闘になっていたから」
「ほお。それであっさり負けた、と?」
「いや、あっさりというか……。背後から不意打ちで襲ってきたヘーゲルはやっつけたよ。それこそあっさりと。瞬きするまもなく。両目を見開いていたとしても見逃す速度で」
「なんか形容詞が多いね……」
「モルガナには難しかったかもしれないけど、まあ、あっさりやっつけた。そう言う意味だよ」
「ふうん、白目剥いて伸びてたように見えたけど?」
モルガナが冷静に突っ込む。
「そう。やったのはジゼルだよ。ボクは相手の攻撃なら物理でも魔法でもその気配を察知できる。つまり不意打ちには僕には通じない」
「ふむ、それが?」
通じたからやられたんだろ。そうじゃねえのか?
「ヤツは精神攻撃をしてきた。それもバフを使って」
「どういうこと?」
「感情強化だよ。彼女が使ったのは恐怖の感情増加。ボクはこれを攻撃と認識できない」
喜怒哀楽。感情という意味において、生きるためにどれもが必要な要素であり心の働きなのだ。どれか一つでも欠落すれば、それは生きづらさにつながり、生きづらさは不幸につながる。だからこれらの心の働きを増やす魔法を、肉体は本能的にバフとして認識するのだという。
ジゼルは背後からエミリオにその魔法をかけ、エミリオは攻撃じゃないと認識して防御反応と反射が働かなかったのだという。その結果があれだ。
「はあん。ビビッて気を失った?」
「笑うとこじゃない。ボクは死を前にしても決してビビらない。その僕が気を失うくらいの恐怖だ」
「そうだね、そこは、分かるかも」
確かにエミリオなら簡単に怖気づかないだろう。恐怖で気を失うという恥ずかしいエピソードを堂々と語れるのは、彼にいまだ確固たる矜持が保たれている証拠だ。
そしてモルガナは少しずつジゼルの正体が見えてきていた。
「エミリオ。あたしがその場に行ったとき、魔力の澱にようなものには気づかなかったよ?」
「ごめん、ボクが知るのはそこまで。そこまでの話にウソはないし、そこから先は本当に分からない。つまりその時それは間違いなく存在した。その後に消えたとしても」




