第57話 後始末しなさいよ
爆ぜるゼキエル。まずい、このままでは気絶しているアベルを巻き込んでしまう。
その瞬間、上から飛び降りてきて、モルガナの楯になったのがエインシェントゴーレムだ。爆発の腐敗が周囲を吹き飛ばすも、ゴーレムのおかげでモルガナとアベルは直撃から守られた。それでも腐敗ガスが周囲に広がっていく。
私は、白い魔女の魔法を使えるの……?
毒中和魔法の詠唱。腐敗ガスにも効果があった。ただすでにガスの直撃を全身で受け止めていたゴーレムはその場で泥のように崩れ落ち、土に帰った。
「ああッ、イワオ……」
イワオだと!?モルガナ様、あんなものに名前をお与えに!?
ベリアスだけがそれを聞きとった。その表情は戦闘中だったさっきよりもさらに闘志に満ちている。その表情を見ただけで、歯ぎしりの音が聞こえてくるよう。
砂塵の中に取り残されたクリスタル。瑞々しい緑色の光を放っていたクリスタルは、くすんだ黄土色の石に変わっていて、そしてパキリと、触れもしていないのに割れてしまったのだった。割れて、そして戻りはしないのだ。かけらを集め、立ち上がってモルガナは涙を拭う。
さて……。
問題はエミリオだ。瓦礫と巻き上がる砂煙の第10階層。かつての小部屋の壁が崩れ、そこに誰かの気配がある。そこへ行くと三人の男女がいた。エミリオだ、気を失っているようだ。そして真っ青になってガタガタ震えている女。その横で倒れている別の男。女は怯えようが尋常ではない。失禁までしているようだ。
仕方ない。アベルのズボンを借りよう。救出されて上まで引き上げられて意識を取り戻した時、アベルはパンツ一丁だったという。
フェスはこの時点で継続不可能の判定がなされた。
優勝はベリアスとアガニケのインプログレス。ベリアスの奮闘とゴーレムを召喚してドラゴンゾンビと相打ちにさせた力量が評価されたのだ。
あんた、ちゃんとやりなさいよ。
モルガナにそう言われてベリアスは仰々しく返事をした。
御意。
何が御意なのかと言えば、ベリアスはモルガナの言いつけどおり、アベルを持ち上げた。
ドラゴンゾンビの意識を逸らしたのがアベルだった。アベルがいなければ全員死んでいた。そう証言したのだ。
まあウソだが。
これでアベルは優勝こそ逃したが、義理の妹に面子を保つことが出来ただろう。
本人はベリアスの言ったことが何のことか全く理解できていなかったが、褒められると機嫌よさそうに同調していたから、多分これでいいのだ。
当初の計画通り、優勝したアガニケももちろん称賛された。しかしいくら褒められても苦笑いで歯切れが悪かったという。彼女は目の前に出現したドラゴンゾンビに腰を抜かし、終始立つことさえ出来なかったのだから。
余談だが、キングスケルトンは砕けた姿で発見された。暴れるゼキエルにどこかの時点で巻き込まれたものと思われた。彼の四本の腕の一本は、この迷宮で死んだジェイガンの愛剣を握っていた。
全てが上手く行ったわけではない。想定していなかった事態も起きた。まず今年も死亡者が出た。これは例年のことなので、まあ想定内だが、こんな茶番にはもう参加したくない。それでもとりあえず、当初の目的の一部は回収できたとも言える。
モルガナがそう思って自身の重い足取りを励ましながら部屋の近くまで来ると、エミリオが正座して待っていた。
そう。こいつのけじめがまだだ。こいつさえ余計なことをしなければ、もっと軽やかな足取りで帰宅できたのだ。
意識を取り戻したあとも、ずっと暗い表情のまま、すいませんしか言わなかったエミリオだが、憑き物が落ちたかのようなすっきりした表情をしている。
嫌な感じだ。
短時間でのこの変化、おそらくだが良くない兆候だ。
モルガナはそれを経験上知っている。人がこういう顔付きをしているとき、大抵ロクなことが起こらない。
「此度は大変ご迷惑をお掛けし……」
こたび?
「大罪を謝するに、一死をもって償わん」
なにやらナイフのようなものを膝の前においている。よく見るとエミリオの奴は、全身白で統一しており、ナイフのグリップも白の木製。
オリエンタルブレードを短くしたようなナイフだ。
「いざ、さらば」
「やめろやあッ」
いきなりそのナイフを逆手に持って自身の腹目がけて構えたエミリオの顔面を靴の裏で思いっきり蹴り飛ばした。
「ぶべらっ」
派手に吹っ飛ぶエミリオ。
「その三文芝居、誰が得するっちゅうねん」
「け、けど……」
「いいよ。分かってるよ」
そう、こいつは第9階層の入り口を他のパーティに漏らした。その上でこいつには勝算があった。第10階層存在の確信。そして命を掛けてそれを探り当てようとした。単独で。
プラン通りにいっていたなら、総取りの勝利だったのだ。
しかし失敗した。
その失敗を挽回するため命を掛けて第10階層の発見で償おうとした。それは事実だ。
彼としてはそれを一人でやらなければならない。そう固く信じたのだ。それで初めて償いとして成立するからだ。
「あのね。今のとか、ホント迷惑。別に迷宮でのことは気にしていないよ。考えてみりゃ、あたしは別に優勝したかったわけじゃない。アベル、というかアベルの彼女さんに喜んでほしかっただけ。そんなもん、そもそもいなかったしね。結果論だけど」
「で、でも」
「そういうのも迷惑。キモすぎ」
「何の罰の受けずに普通になんて……」
「だる……。じゃあ、あんた、しばらくの間、あたしの言うことには絶対服従。それでいい?」
「ぎょ、御意」
なんだそれ。
とはいえ、一つ目途が立った。そもそもエミリオのことをとやかく言える立場ではない。モルガナのそれだって、知識の悪用というズルに立脚した優勝プランだったのだ。問題が一つ解決したならもうそれでいい。今のモルガナの偽らざる気持ちだ。
「じゃあ、明日の朝、遅刻しないよう迎えに来て。じゃあね」
明日の朝を約束する。決して寝坊しそうだからではないのだが。
問題は一つクリア。そして一つクリアだがまだ残っている。
こっちはもう少し深刻。エミリオを迷宮で気絶せしめた相手のことだ。
マグダ・レガリナの、ジゼル。




